よりみち散歩。

日々の暮らしのなかで心に浮かぶよしなしごとを、こじんまりとつぶやいています。お役立ち情報はありません。

深川不動尊で写仏体験(納めの不動)

2019年12月28日 | 神社仏閣
12月28日は納めの不動。昨日、高幡不動尊に参詣したので、今日は予定どおり
深川不動堂で写仏体験をしてきた。

写経はいろいろな寺社で経験しているが、写仏は初体験。
13:30に本堂地下1階で受付を済ませる。今年最後の縁日なので、通常より参加者が多いらしい。
予定の会場に入りきらなかったため、係の方が別室を準備していたくらいだ。
(私は早目に受付を済ませたので、最初の会場に入室できた)

まず、塗香を掌にとり、合掌して両手を浄め、そのまま手の甲をこする。
お不動様をイメージしつつ、手を交差した状態で両肩をなでて、身体を浄める。

(私は西新井大師の写経会で教わったやり方で、塗香を扱ってしまった。
 西新井大師では両掌を胸の前にもっていき、横に引くように胸、腹、腰と
 香をなすったように記憶している)

そして法話、般若心経、光明真言、不動真言を唱和した後、
下絵をもとに不動明王をなぞっていく。

意外に難しい。どこから描き始めてもいい、ただしお不動様の目は最後に描いてくださいという
説明があったので、迦楼羅炎から着手したのだが、細かすぎてまるで迷路を描いているような
気分になってくる。迷いを消滅させるお不動様を描きつつ、何故私は迷走しているのだろう、と疑問を感じる。

普段、筆を持たないので、扱いが難しい。線も太すぎたり、細すぎたり、かすれたりする。
墨の量もよくわからない。いつの間にか、マラソンのような心境になる。
いつになったら、ゴールが見えるのだろう。写経の時も、そういう気分になる。

ひとりの人が、軽やかに描き終えたお不動様を奉納していく。まだ開始から20分しか経過していないのに!
私は完成率30%くらいだ。どうしてそんなに早く描けるのだろう。
別に競争しているわけでもないのに焦る。時間制限もないのに、気がはやる。
だんだん、提出していく人たちが増える。なんだか課題を終えないと帰れない学生のような心地になった。



ようやく、尊顔までなぞることができる。ああ、なんて長い道のり。
完成までおよそ1時間。半分くらいのひとは残っている。よかった、ビリじゃなくて。
だんだん、当初の目的と目指す方向が違っているのがわかるのだが、しかたない。
いつも雑念まみれになってしまうのだ。

それでも、それなりの出来栄えになった。要は心なので巧拙は関係ないと思うが、形になるとうれしい。
添える願意を考える。最初「母の供養」と思ったが、何しろ戒名が長すぎる。
戒名は漢字9文字。願意はせいぜい6文字しか入らないので、私の個人的な願いにした。

(長い戒名を細かい字で書く気力が残っていないというのが、本当かもしれない)

「供養」護摩木もあるので、母のことはそちらでお願いした。

写経も写仏も本当に苦行なのだが、何故か終わってみると清々しい。
また機会があったらやってみたいなという気になる。


納めの不動、しかも土曜ということで、護摩修行の場にも参詣客があふれかえり
異様な熱気に満ちていた。以前は混雑を避けていたが、最近活気がある場所も
いいものだと、やや宗旨替えをしつつある。あまり混むのはいやだけれども。


クリスタルの不動像がたくさん納められているお部屋(一方通行・撮影不可)を通る。
とても美しい場所だ。
右手に巨大数珠が手すりのようにたくさん並んでいるので、それを撫でつつ、進む。
お坊さんが金襴に包まれた警策で、両肩を軽く叩いてくれたので、今年の厄祓いは終了!

深川不動堂は、いつも賽銭箱前で失礼していたが、中も結構見どころがある。
今回は行かなかったが、天井絵やお砂踏みの場所もあるらしい。
次回、新年の人波が引いた頃に、参詣しようと思う。

三箇日は押すな押すなの混雑になるので、逆に参詣は避ける。
これだけ年末にお参りしたのだから、ちょっと遅れてご挨拶しても容認してもらえると思っている。

※28日は、小網神社徳大寺摩利支天不忍池辨天堂に参拝してから
深川不動堂に参詣しています。


神様、仏様、ありがとうございます♪2020年もよろしく