hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

明星と篝火(かがりび)

2014年09月05日 | 絵画について

Salvador Dali サルバドール・ダリ Pharos ファロスの灯台

紀元前280年頃 世界の結び目として 繁栄を極めていた 古代エジプトの首都
アレクサンドリアに 大理石の灯台 が あった という  アレクサンドリアは
アレクサンドロス大王によって 地中海沿岸 ナイルの河口に 紀元前332年 建設された
港の入口にあった ファロス島に 土手道をかけ 大理石の大灯台は 建造 された
全高 約134m 三層構造の巨大な塔で 後のイスラムのミナレットにも影響を残した とされる
内部の螺旋階段で昇る 天辺に 巨大な鏡を置き 昼は 陽光を 夜は 運び入れた薪で
篝火(かがりび)を焚き 反射させた  56~140㎞ 離れた洋上から 確認された記録が残る
1225年頃に書かれた 中国 南宋の『諸蕃志』によれば その頃までに どこからか
外国人が やって来て 近くに住みつき 灯台の周りの清掃に勤(いそ)しんだので
誰も疑いを抱かぬようになった ある時 隙をついて 反射鏡を盗み 海へ投げ捨てた という
大灯台の建物 そのものは 796年の地震で半壊したものの 14世紀まで保たれていたが
その後 間もなく 二度の地震により 倒壊してしまった という
1990年代になり 本格的な遺構の調査と保護が進んだ

アレクサンドリアの灯台よりも 70年程前に 地中海対岸 アナトリア半島の
古代ペルシャの都市 ハリカルナッソス に マウソロスの大霊廟 が建造されている
ハリカルナッソスは 修辞学の祖 ディオニュシウスや 歴史学の父 ヘロドトスを
輩出しているが 太守マウソロスも また ギリシャに学び 文武に優れた統治者だった
一族の繁栄を守るため 妹と結婚するのが習わしだったことから 妹アルテミシアを妻とし
子は持たなかった とされる  紀元前353年に亡くなると 生前から計画された とおりに
ギリシャから優れた建築家 彫刻家を招いて 壮麗な霊廟の建造が開始された

が 太守逝去の報に ロードス島が反旗を翻し 攻め寄せて来た
アルテミシアは 港の奥に船団を隠し ロードス軍の上陸開始を待って 急襲させ
見事 撃破したばかりか 敵方の船に 味方を乗せて ロードスへ取って返させ
戦勝して帰還した と思わせて 同地を奪還した
マウソロスの死から2年後 アルテミシアも亡くなり 二人の遺灰は
未完の霊廟に納められたが 霊廟の建造は遺棄されず 一年後に完成された

天辺で 主のいない馬車が 二人の魂を天上へと運ぶ 壮麗な彫刻群は
東西南北の各壁を それぞれギリシャの名匠が担当した
随一とされた スコパス は 哲学者 ヘラクレイトスを輩出した エフェソスの
アルテミス 神殿 再建を 手掛けたことでも知られる  この年に亡くなる前に
壮年のスコパスが 東壁に 浮彫彫刻で描いたのは アマゾーネスとの戦い だった


アルテミス は 太陽神アポローンと双子の 女狩人の女神であり
古代の地母神で 月の女神でもある
アマゾーネス は 黒海沿岸に暮らす 母系の勇猛果敢な騎馬民族で
必要に応じて他部族と交わり 女児のみを育て 多くが 弓を射る際に 傷ついたり
壊死したりした結果か 予(あらかじ)め 片乳房を削ぎ落としていた ことから
乳房を否む 意の アマゾーネス と呼ばれた
アルテミス像の胸に刻まれた 多くの乳房様の物は
この女神を敬い 奉げられた アマゾーネスの心を 思わせる


アルテミス は また アルテミス・イーピゲネイア(強い子孫を生み出す)
アルテミス・カリストー(最も美しい) などの名を持ち
それぞれに因んだ姿の 分身のような人間の 巫女の物語も生まれた
古代の地母神 キュベレー だったとも云われ 子孫を残す 女性の営みに関わる 三女神の
一人で 受胎を 司り 出産 に 際しては その苦しみを 死を以て終わらせる 役目も担う
神に 三体あり と云われ 特に 地母神である女神は 三相 とされる

アポローンも アルテミスも 遠矢を射る という尊称を持つが その矢は 光に他ならない
アポローンの光は その激情たる 核融合から放出されるのみだが
アルテミスの光は 反射に拠るもので 自らへ受け入れ それから放つという営みがある
反射を経た光は それ以前と同じではない

個々の存在は 光の反射と吸収を以て 視覚的に認知される 聴覚も 仕組みは似る
吸収されず 反射された光の波長が その存在の 固有色となる
色は 三原色に分かれ 三つが一つになることで 光の無色に戻る
強い力に 関わる カラー も また そのようなもの
三つ というのが 最もバランスよく 釣り合うからだろうか
たった一つだけ というのは 何事も あり得ない

自然界に遍在する フィボナッチ 数 も 初めに 1が あるところへ
もう一つ 1が来て その螺旋は始まる  おそらく 二つ という のは
惹かれ合い ぶつかり 相争い 分裂する  三つとは 唯一のものから
真っ二つ の あまりにも似て非なる極性へと 相剋しよう と するものを
一つに 持ち堪(こた)え続けるため いずれからも等しく 間近で 離れた視点から
客観的 かつ 補完的に 公平に捉えつつ すべてを受け入れ
一つに纏(まと)まった 自己として実現しようと バランスを取ること かも知れぬ


物事に 序破急 が ある  人は 生まれ 育ち 死ぬ  生まれることは 死ぬこと
だが 間に 営みが ある  極性にも 間が ある  揺らぎ ともいうべき ものが
おそらく 始まりに あり それを受け 繰り返し 高め 変容し やがて 終わりを齎(もたら)し
終わることで 新たな始まりへと 連なってゆく  何かが起こる 生まれる ということは
持ち堪(こた)えること バランスを取ること でもあろう  波を 造り その波に 乗り 超え 飛ぶ
力の続く限り 静止しようとする のではなく 常に 揺らぎ 持ち堪(こた)え 踏み出し 退き
還(かえ)ってくる  そのために また 離れゆく  それは 舞い のようなもの
アテネ近郊の アルテミス神殿 には 女熊 と呼ばれた
淡黄色の衣を纏(まと)い 儀式で舞う 幼い巫女たち が いた という


アイスランドの シガー・ロス のミュージック・ヴィデオに
遭難者 もしくは 幼くして逝った魂が 精霊のごとく 難所の頂に顕れて
瞬く光を掲げ 昏い霧や嵐の中を 航行する船へ向けて 警告を発しつつ 招くものが ある
これも また 幻の灯台        Sigur Rós - Varúð