hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

淋しい場所で、よく知っている誰かが三輪車に乗っている

2014年01月15日 | 本について
彫刻家のスティーヴン・グレゴリーの作品は、どれもちょっと怖いが、
それは幼い頃、暗がりや、丸めた紙が開こうとして
屑籠の中で幽かな音を立てて動くのが、途轍もなく怖かった …
そういう、何処か心の奥の片隅で封印され、忘れ去られてしまった …
でも確かに無くなってはいない、記憶の古い箱に
触れられるような、怖さなのだ …

  Steven Gregory  One of us on a tricycle



初めて見た時、強烈に、こいつの話を聞いたことがある …
と思い、暫くしてから、その小説を想い出した

  オーガスト・ダーレス 『淋しい場所』 表題作 (1948)
 (国書刊行会 森広 雅子 訳 アーカム・ハウス叢書)

振り返った本棚の下の端に入れてあって、すぐに見つかったが、
短いのに、問題の箇所を探すのに時間がかかり、
結局、後ろから途中から最初から、全部読んでしまった
終りのほうに、こんな記述がある …

  … こいつは長いしっぽを引きずり、鱗に被われ、爪の生えた
   大きな足をした何かの仕業だ ―― しかもそいつには顔がない。

それから、最初のほうに、

  「何か見たかい?」 ジョニーがたずねる。
  「ううん、だけど音は聞いたよ」 わたしが答える。
  「ぼく、あいつにさわっちゃった」 思いつめた声でジョニーはささやく。
  「平たくてでっかい、爪の生えた足をしてた。
   いちばんいやらしい足ってなんの足だか知ってる?」
  「もちろんさ。臭くて黄色いスッポンの足だろ?」
  「そうだ。そいつだよ。 すごくいやらしくて、ぶよぶよしてて、
   とがった爪が生えてたっけ! 横目でちらっと見たんだけどさ」
  「顔は見たかい?」
  「顔なんてないんだよ。 嘘じゃない。 だから、よけいこわいんじゃないか!」
    ああ、そのおぞましい生き物ときたら ―― やつは動物でもなければ
   人間でもなく、淋しい場所に潜んで、餌を求めて夜な夜なうろつき、
   わたしたちが通りかかるのを待っている ―― 。
   こんなふうに、そいつはわたしたち二人の経験を糧に育っていった。
   そいつには、竜のような鱗と、長く太いしっぽがあることがわかった。
   どこからか火のように熱い息を吐くのだが、顔も口もなく、
   のどにはただ恐ろしい穴がぽっかり開いているばかり。
   大きさは象ほどもあったが、象みたいに人なつっこくはなかった。
   そいつは淋しい場所からよそへ行くことはなかった。
   そこがそいつの住処で、餌がやってくるのをそこでじっと待っている ――
   夜、淋しい場所を通りかかるうかつな子供たちを。

この淋しい場所に潜むものを、象のように人なつっこくして、
何か他のものを餌にして、暮らしていけるようにしたのが
one of us なのかもしれない …
たとえば、そのような恐怖を共感しつつ励まし合える友人や、
馬鹿にしたり叱りつけたりせずに耳を傾け、守ってくれる親や兄弟、
少し大きくなった若者たち、近所の大人やお年寄りの善意と見守る眼
などにくるまれた恐怖は、彼らを元の象の姿に戻し、それでも、
警告するような、その顔のない、ぽっかりと開いた喉の孔は
密かに忍び寄る音や、声なき恐怖の叫びに、耳を傾け、
吸い込んで消し去りながら、そのような恐怖は決して無くなることはないし、
見かけはもっと普通の姿をしていても、今も淋しい場所に潜んでいることを
拡声器のように … だが無音で … 発信しているのかもしれない …



one of us には、子どももいるようで、それでも葉の落ちた林の中、
陽の落ちた後で会うのは怖い …


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