響けブログ

音楽コドモから「音楽コドナ」へちょっと進化。ドラムとバイオリンと小鼓を弾く、ヒビキの音楽遍歴。

初収穫! 農園のサラダ

2010-05-18 | 農園2010
砂漠の植物!?


いいえ、小ねぎが芽を出してくれました。
細くて、頼りないです。しかし。
早く水やらなくちゃです。

蒔いた人のまっすぐな(!私です)性格がにじみ出ておりますな。


こちらはベビールッコラ。
そろそろ間引いたほうがよさそうです。

というわけで間引いたベビールッコラと、苗で買ったカールサラダみたいなレタスとで、初収穫サラダを作りました。泥を取り除くのが大変だったぜ。


タンドリー・チキンスープ

2010-05-17 | ファミリーバンド
ヒビキのファミリーバンド「ビッキーズ」にもそろそろオリジナル曲がなければいかん、ということで、いろいろ模索している昨今である。

どうせまだ何もできちゃいないのであるが、なぜだろう、音楽のこと、曲を作ることを考えると人が変わったように、

ソーマトーロー(走馬燈+灯籠)
とか、
ホーローミルクパン(放浪ミルクパン)
とか、
タンドリー・チキンスープ

のようなろくでもないことばかり思いつく。

これはどういうのかというと、たぶん、音楽のことを考える部位と、論理的に物事を考える部位とか正反対なところにあるのであろう(いい加減説)。

だけれども、最近はほんとにこういうダジャレのようなことは思いつかなかったのに、(語呂合わせと違って、ぜんぜん生産性のない、いわばミュージシャン冗談みたいなやつね)この曲を作ってみなければ、ということになったらとつぜん降って湧いたようにでてくるこの遊びの言葉たちはいったい何なのだろう。

そもそもはヒビキが、どんな曲にしようか、などという「家族の打合せ」のなかで、
「でもさ、シュークリームっていう曲あるよね」
と言ったあと、びみょーな間で、続けて
「エクレアって曲もあるよね」

あるかー、そんなん!
というので大爆笑したのがきっかけかもしれない。そのくらいはおもしろくないといけませんぜ、オトナたちくん。


というわけで「今日はピザね」と勝手に決められてしまった、宅配の夕食。

「きょうの料理」がウェブで。

2010-05-16 | コレクション
「みんなのきょうの料理」
http://www.kyounoryouri.jp/


きょうの料理というのは番組はあまり見たことがないのだが、テキストのほうはときどき本屋でみかけて、買うこともある。BOOK OFFなんぞでは100円ぐらいだったらいするから、ちょっと驚く。特集によっては、かなり長年にわたって役立つものも多いのに、100円かあ、と驚くわけである。

本は本で楽しいのだけれども、ウェブがあるとは知らなかった。今日たまたま、コールスローを作ろうと思ってググってみたら、この「みんなのきょうの料理」に遭遇したのであります。

役に立ったページはこちら↓
「みんなのきょうの料理」
コールスロー


キャベツと人参、私の場合はコーンではなくて干しぶどうで甘味を加えるのだが、で何で合えればいいのだっけ?というところで、参照したのであります。

このウェブページは広告もうまく活用していて、パナソニックのIH広告のなかには動画の料理コンテンツもある。

中華の第一人者シェフ、脇屋友詞さんのコンテンツも。
パナソニックIHでランクアップ!3シェフのおうちごはん
http://www.kyounoryouri.jp/happytable/ih/mov1.html

なぜ私は7度(シ)の三和音がへんだと思うのか? 2

2010-05-15 | ピアノ
そこではたときづいたのだが、私は例によって、属音(5音・ソ、ハ長調で言えばト)のところですっかり「解消」した気になってしまうから、に違いないのである。

ドレミファソ、ときたところで、2つ、長三度+完全五度の和音が現れる。

うーん、めんどいこと書いてすみませんねえ。つまり三和音の低い音から二つ目の音までに黒鍵が2つ、2つめから3つめの音までに黒鍵が1つ入るでしょ? これが長三度+完全五度。

思い出そう!
長三度+完全五度の三和音は、主音、下属音、属音の時だけ!
だったじゃないですか。

3つめの長三度+完全五度(属音のところ)が現れたところで、私は属音を主音と思い込む。
属音(ト)が主音だとすると、これはト長調で、すると変音記号はファの♯であります。

最初はハ長調の ドレミファソ ここでソ・シ・レの和音 ここからト長調で レミファ#ソ

こういうふうに思っちゃうのだ。

なぞが解けてみると、確かにほかの音階でも、同じようになっていることがわかる。しつこく言うと、同じようにシの和音を私は少々へんだと思うのであります。へんだと思えば、いくらでもヘンに響く。そこのところを解消しないと、ぜったい弾けまい、とこれは昔から思っていたので、これを機会にいろいろと解消してみようと思う次第であります。

逆にいえば、音階というのは、このように元々くるくると転調してくださいとばかりにできているものなのではないか? とも思うのでありますが。

実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために
中田 喜直
音楽之友社

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良書というものは、ためらわず買うべきであります。
というわけで、私は買いました。

栗コーダー・カルテットはマッサージではない。

2010-05-14 | ブラスと笛


癒し系と呼ばれては、いや違うんですと、律儀に答える栗コーダーのステージ・トークですが、私もそう思います。

何の話かといいますと、これは引き続き、ほぼ日刊イトイ新聞の音楽コンテンツの話題。いや違うんだった、音楽コンテンツではなくて、『あたまのなかにある公園。(糸井重里著)』という書籍のプロモーション動画(スライドショー)があって、この中に、栗コーダー・カルテットの音楽が流れているのです。

スライドショーを観ようと思って画面の三角じるしをクリックすると、ちょっとノイズのある、ピアニカだろうなあという鍵盤の音と、笛の音とがにぎやかに始まって、おやっと思います。

最近のウェブコンテンツって、ユーザに気持ちよく思ってもらおうというその効果が勝負のようになってきている(ように思われる)。が、この音楽は、そういうざっくり言って「癒し系」からははみ出た、もっといえば「角がある」とさえ言える何かを伝えてくる。

ことばも絵もたっぷりリッチに盛り込んだ中で、音楽は音楽で、寄り添いすぎずに流れてくる。

最後のクレジットで、栗コーダーなんだってことがわかります。そうなるともう、関島さんがいる、栗原さんがいる、というようにしか聞こえなくなります。

リコーダーなんていう、癒し系な楽器で、ここまで来ていたのか、と改めて足跡顧みるここちです。

栗コーダーを聴くには、こちら↓
ほぼ日『あたまのなかにある公園。』
の紹介ページ


メディアはマッサージである
マーシャル マクルーハン,クエンティン フィオーレ
河出書房新社

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なぜ私は7度(シ)の三和音がへんだと思うのか?

2010-05-14 | ピアノ
実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために
中田 喜直
音楽之友社

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教科書はこちら↑

この第一章 主要三和音 から
今日はふしぎな7度の和音のはなし。

主要三和音というのは、ドレミファソラシドのそれぞれに三度の和音をつけたものである。和音を作る時には、音階にある音を使う。というのはまあ、ピアノを習った方なら、それとなくわかると思う。ちょうちょ、を弾くときだって、校歌を弾く時だって、そうだったのだ。

ところが実際に音階順に三和音で弾いてみると、私にはどうも、その、ハ長調で言えばロ(七度・シ)のところの和音が、ヘンにきこえる。

何がへんなのかと考えると、その、シ・レ・ファの和音の一番高い音である「ファ」を、私はファ♯にしたいのである。

ファだとなんとなく半分フラットしているような、へんな、間違った和音に聞こえるのである。

理由は簡単でそこだけ完全五度ではないからである、もちろん。
じゃあなんでそんなものを音階ってことにして、みんなそのルールに則って、ややこしい作曲とかされているのか??? というのが疑問であります。
 
なんで? シっておかしいよ??
(つづく)

ほぼ日の音楽コンテンツ。これはうれしい!

2010-05-13 | 邦楽(伝統芸能)


私は高校の時、よく寄席や落語の独演会へ行っていたので、とても馴染みがある「出囃子」。出囃子というのは、つまり噺家さんが「出やすいように」演奏される、噺家さんのテーマソングなのであります。が、ミッキーとミニーというようにリミテッドなキャラではなくて、何々師匠といえば何々というふうに、「師匠の数だけ曲がある」うえに、その人の加齢、体調なんかが加わって、その場の呼吸で……なんてのは、寄席へ行けばわかります。

そんな出囃子の世界を──これは歌舞伎の黒御簾の裏とはまた違う世界なのだ──垣間見せてくれるのが、このコンテンツ!

出囃子を弾きたい。
http://www.1101.com/debayashi/2010-05-06.html


この先生のおけいさんが素晴らしく、長唄に入門したくなってしまいます。
また邦楽って、楽器の人もぜったい「合いの手」みたいなかけ声を気軽に入れるんだよね。「はあ」とか「いよ~っ」とか、気軽に言う。あれが、ま、すてきなんですよ。10年や20年では真似のできない奥深さであります。

またおけいさんのせりふにある養成の制度は、現在もあります。以前当響けブログでも紹介したよーな(たとえば「大学から狂言の道へ進んだ場合。」。←のコンテンツからリンクのある国立劇場のホームページでご確認を)。しかも養成後、実際の舞台で活躍している比率が最も高いのが、この寄席の出囃子の演奏者であります。歌舞伎役者さんとか、狂言役者さんとかは、なかなか世襲の人に押されて残れない状況の中、演芸の演奏者は、かなりの割合(なんと88%)を養成制度出身者が占めているのです。


というわけで、このコンテンツ、おけいさんのせりふの中には音楽と演奏のエッセンスがてんこもりであります。たとえば──

「楽器は胴で選ぶ」

なんぞは、ほんとにどんな楽器にも通じる話。ヒビキも1、2歳のころ、フォークギターの「穴」を指さして「すぴーか」と言ったのだったが、そんなことも思い出した。

一方、寄席へ行ったり、私の場合は関西へ行ったりすると、自分にとっての日本語の便利さのようなものを再発見というか実感することが多いのだが、この「胴」という表現もまさにそれ。「日本語は具体表現」と言われるが、そう言われたからってとかく「腑に落ちない」のが、楽器は「胴」などと言われると、じーんと来てしまう。

このセンスは、Hitomi先生の「たいやき理論」(東京の小学生/2010-04-08)で、胴には「餡(中身)」があるというのにも通じます。

なぜ私はドミソの和音と、その属音・下属音の和音をよく混同するのか?

2010-05-13 | ピアノ


中田 喜直著『実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために(音楽之友社)』をテキストに、今日は、主要三和音というハ長調(C-dur)の音階表のはなし。第一章 主要三和音から。

さて、ポピュラー音楽を聴きながら和音を考えるときに、私の場合、弾いているうちに、本来ある音階のファ(下属音)とソ(属音)のそれぞれの三和音を「ド」のように思い始めてしまう……ということがよくあった。

ストーンズではないが(なんの話かはこちらをご参照ください)、このファ・ラ・ドという下属音の和音と、ソ・シ・レという属音の和音というのは、要するに、「れっきとしている」のである。

つまりそこから、また新しい音階を始めればいいじゃん、という感じがしてしまうのである。

そして、その響きにつられて、アタマの中でいつしか、主音であるドを、勝手にファやソへ移して(転じて)しまう。

そういうことを長く感じていながら、しかも主要三和音というハ長調(C-dur)の音階表なんか何度も見ていて諳んじていながら、どうしてこういう当たり前のことに気がつかなかったのだろうというのが、これ↓

音階の持つ和音のなかで、四度(ファ)、五度(ソ)の三和音だけが、主音の三和音と同じ「長和音(ルート+長三度+完全五度)」。

そうなのだ、だから──つまり考えようによっては──確かにそこから新しい音階を始めてもよかったのだよ。

このことは第九章の「転調」で、どんな転調が自然かという話ともつながってくるので、覚えておきましょう。

というわけで、まず覚えておくべきことは
主音(ド)、四度(ファ)、五度(ソ)の三和音は特別な和音
ってこと。

いわずもがな、これらをトニック、サブドミナント、ドミナントなどと言い直してやると、ジャズうさぎ(夫のことです。夫のブログはこちら)なんかはすぐ「うん、うん」言うから、たがやす畑もそれぞれというわけであります。

実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために
中田 喜直
音楽之友社

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この本では、シンプルで文字数の少ない文章の合間に、「はっ」「はたっ」と気づくような記譜がされている。実に啓発的な、そしてイマジネーティブな教科書なのであります。このブログ記事連載はそのような「教科書」をたとえばこんなふうに味わいつくしてみました、という記録であります。

なぜ私はコード譜をうまくバンド演奏に活かせないのか? 2

2010-05-12 | ピアノ
(昨日のつづき)

現実の例で言うと、私がバンドで弾くのは、私たちのファミリーバンド「ビッキーズ」において、であります。そこで、私は、まずは弾く必要のない「うた」をやめて、左手で弾いていたコードを右手で弾くようにし、左手をベースにした。高音側へ、ひとつずつ繰り上げたわけである。……というのも、ふだん、このバンドの練習ではドラム、ギター、私の3人しかおらず、ベースがいない。ベースがいない限りでは、この方法は都合がよく、すると和声学通りの右手が和音、左手は低音(ベース)というように配置換えができたわけである。

ところが、ベースが入ると、音域もなにもかも左手と衝突してしまう。!!!

まあ、あたりまえだが、今度はそういう問題が起こったのであります。

するとキーボードというのは、あのちゃらちゃらしたソロのおかず以外に、何かやることがあるのだろうか? という、疑問がわく。ベース(左手)もメロ(右手)も要らないで、いったい何をすればいいのだろうか? さらに追い打ちを掛けるように、ポピュラー曲のほぼすべてにドラムだのギターだのベースは居るのに、必ずしもキーボードがいるわけではないではないか。そういうわけで「キーボードは必要なのか?」という、あっという間に存在理由があやしくなってくるのであります。

いや、だからこそ、コードを弾けばいい!

そうなのだ、
だから最初から、まずはキーボードはコードを弾け、と言われているのである。それだけのことがなぜ理解できないのかと言えば、これまでソロというピアノレッスンで培ってきた左手と右手の役割感覚のせいなんだろうと思うのである。

「歌舞伎見物のお供」という情報源

2010-05-11 | 邦楽(伝統芸能)
うむ、歌舞伎へ行くってときに、演目はわかっている、けどどんな話なの? ってことありますよね。そんな時に役立つウェブサイトを発見↓

歌舞伎見物のお供
http://blog.goo.ne.jp/yokikotokiku
歌舞伎の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。


いや、これは面白いです。とても参考になりまする。なぜかというと、「価値」がわかるように書いてあるからです。演技のみどころ、話のスジの変わってるところ、現在とは違うところ……等々。

ところで歌舞伎役者のせりふは、コドモにはやはり何言ってるかわからないようだが、オトナにだった半分くらいはゆうにわかりません。でも言い方がおもしろくて……「馬、貸せ」とかね。借りるのにそれだけ? みたいな。というわけで、観賞中は聞く・見るに集中したい。するとこのような「お伴」をアタマへ連れだっておいて見るのが、いちばんかもしれないのであります。

なぜ私はコード譜をうまくバンド演奏に活かせないのか?

2010-05-11 | ピアノ

今日は、右手と左手のはなし。

実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために
中田 喜直
音楽之友社

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普通の和声学 右手が和音、左手が低音
中田の和音学 右手がメロディ、左手が和音

──中田 喜直著『実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために(音楽之友社)』まえがき より

そうなのだ、
ピアノでは、よっぽどのことがないかぎり、譜面はメロディと伴奏でできていて、そのあわいに、和音が生じることになっている。そして、だいたいが右手がメロディ、左手が和音の伴奏を弾くことになっている。これはピアノがソロ楽器として学習・習得されるからである。ポピュラー曲の譜面を購入しようなどというときも──最近は音楽雑誌などでバンド譜が掲載されることも多くなったが──だいたいが、右手メロディ、左手伴奏の「ピアノソロ」譜である。

そういうわけでもっぱらひとりで弾くばかりのピアノは、アンサンブルといってもせいぜいバイオリンやフルートの伴奏であって、その時は、右も左も伴奏なのだが、うっかりすると、右手がメロディというアタマが残っていて、バイオリンの先生に、「(弱音記号の)ピアノぐらいで弾いて」と言われるのである。

ところがバンドで弾く時は、よっぽどのことがないかぎり、ピアノは基本的にはコードを弾け、と言われる。ところがこれが私にはよくわからないのだ。

私のように、ピアノをかつてレッスンしていた者には、コード譜を見ると(コードの記号を見ると)条件反射的に弾いてしまうのは、右手はうた、左手は三和音の四分音符4つ(または八分音符8つ、いずれも4/4拍子の場合)であって、それをアタマのなかで譜面にしてしまう……。

このことの問題性は、もちろん和音だけではない(ほとんどリズム感の問題だけとも言える)けれども、全体として言うと、要するにアンサンブル(バンドで弾くやり方)になっていないわけである。


ピアノを習っていた人がコードを学ぶ教科書

2010-05-10 | ピアノ
実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために
中田 喜直
音楽之友社

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この本は、すでに故人である中田喜直氏が1957年に出版(雑誌への連載はもっと以前)したもので、

実用とは、
「つまりあるメロディに対してどのような和音をつければよいか」
──中田 喜直著『実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために(音楽之友社)』まえがき より

という実践的な目的で稿を起こしたという、伝説の一冊の復刻版であります。

中田喜直といえば、超有名でしょう、音楽の教科書に毎学年登場する名前だよ!

と言っても、知らない人もいるかもしれない。しかしそんな人も
夏の思い出 ──はるかな尾瀬、遠いそら~
雪の降るまちを
めだかの学校
小さい秋みつけた

の作曲者といえば、これらの曲をひとつも知らないという日本人はめったにいないでしょう。
その中田氏曰く──

「ピアノは音楽の基本的な楽器である。」のに
「和声学はピアノのためのものではない」

ピアノにはピアノの弾き方があり、ピアノの響きがあるのだから、ピアノを使うなら和声学でなくて、和音学の方が必要なのである。

──中田 喜直著『実用和声学―旋律に美しい和音をつけるために(音楽之友社)』まえがき より

というわけで、コドモの時にピアノを習っていた人がコードを学ぶ教科書として、ばっちりの内容では? と思われるので、クラシックイタチ(私のことです)、さっそく読んでみることにいたしましたよ。
(不定期に続きます)

母の日のプレゼントは──ネコでした。

2010-05-09 | 東京の小学生&中高生


見てください、この子達の「瓜二つ」ぶり。
左はウチネコ、でもって右がこのたびヒビキがプレゼントしてくれたネコのクッションであります。似てる~う。



このそっくりぶりには、本人(ネコ)もたじたじで、クッションを寝かせておいたら、激怒りしてました。ふとんに寄りつきません。



しめしめ。

ヒビキくん、ありがとう。

学校へ行く道すがら。

2010-05-08 | 東京の小学生&中高生


やっと、暖かい日が続くようになりました。
花も草も伸び盛り、という感じで鮮やかに咲いているので、ちょっと写真をとってみました。
最近ほんとうにデジカメがよく撮れるし、このデジカメは、望遠にするときれいなボケも入れてくれるので(ピンが合っていないところが、きれいにボケる)、ほんと昨今、画像処理不要でございます。絵心も写真ゴコロも不要かどうかはわからないけど、かなりカメラまかせです。






桜といっても、これは桜エビ。

2010-05-07 | 粉もの屋コレクション


先般、とあるレストランで、メニューの撮影、すなわち料理を撮影したり、画像処理したりすることについて、大いに盛り上がったばかりなのであるが、ふと、浜松からいただきものの桜海老を天ぷらにして、そういえば、と撮ってみたのが、この写真。ちょいと寄りすぎ。料理というと、どうしてもディテールが撮りたくなるのだが、要するに、フィルム面が大きい必要があったということだろう。今は画素数がいかに大きくても、撮る時は同じ画面だから、ちょっとイメージしにくいかもねえ。

なんかすごくぶてっと写ってますが、もっとカリッと香ばしい天ぷらでしたよ。