調律となると、私のはなしは尽きない。たとえば調律師の腕は、整体師の腕にも似ている。いや、世のチューンナップというものすべてが、そもそもそういうものなのかもしれない。元来不完全なものを、どこまで整えられるか。いや、不完全かどうかを問うのが目的なのではないから、つまり──「最適化」ということになるだろうか。
ピアノの弦は1音につき3本または2本(音の高さによる)で、ひとつのキーを叩くとその3本が一度に鳴るようになっている。ちなみに、このうち弦を減らして鳴らすのが、グランドピアノのシフトペダル(左にある)である。
この3つの響きが合わなくてはいけなくて、その音程が合わなくてはいけなくて、そういうものが88鍵もあるのである。ひとつのキーに3分かけても4時間以上かかる。このように考えると、調律というのはほぼ不可能であるように思えてくる。
ギターの弦が6本だから、だいたい15倍だと思うかもしれないが、ひとつのキーで2~3本の弦だからその2~3倍である。そのうえピアノは壮大な平均律である。
というそのうえに、新しいピアノであれば弦が伸びやすく、古い弦であればギギギギという感じで硬く、調律していない時間が長ければその狂った状態にピアノが落ち着いてしまっており、という具合にいろいろと諸問題がある。
このように考えていくと、調律というものは、ひとつひとつの音の高さを合わせていくという作業では「なく」、別の考え方をしないととうてい完成しないものだということがうっすらわかってくる。つまり最も大事なことは、このピアノの音、響きをどう「まとめるか」ということにかかっているのだろうと思われる。
従っておそらく調律師の作業というのは──実際、調律師の人に訊いたこともあるのだが──まずこのピアノでどれくらい調整できるか、なるべく高くて可能なゴールをイメージする。次にそれに要する時間を見積もる。そして、あとはやるだけだ。
信頼できる調律師は、このゴールのイメージが、まさに玉を磨くような、古いピアノの潜在的な可能性を引き出すような見事な手際なのだと思う。
グランドのシフトペダル(アップライトの左ペダルとは別ものです)について動画付きで解説しているヤマハのページ
http://www.yamaha.co.jp/product/pi/grand_piano/index.html
音量だけでなく、打弦の位置をずらすことで音色も微妙に変化させられる。