ユア・ハイハート、自らの神聖さと共に。

心や魂のこと。生きる勇気と希望。
世界はいつも儚く光に溢れてる。誰もが強くて優しい。No worries, 大丈夫。

蒼の海

2011-01-25 17:02:40 | 
すべてを生み、
すべてが帰るその蒼は、
太陽の光を金に変え、星屑がこらえた涙さえ受け止める。

毎夜。毎日。明けの明星が傾く時間も。

絶え間なく打ち返す波は、
背中を包むあなたの羽のように、私の足裏の砂を掬い続けた。

砂に混じる波音は、
粗目(ざらめ)のように、私の心を洗い続けてくれた。


どうして、そんなにも。
あなたは、それでいいのですか。


空が巡り、星座の舞台は
季節ごとに主役が変わり、

荒れ狂う高波の夜も、
閉ざされた凍える明け方も、
あたなたは、唯一人の観客だった。

届かない賛辞を、空に向けて腕を広げる。

天空に生き、天空で愛を歌う
切ないヒーローとヒロイン達へと。
せめてもの、そして心からの、はなむけとして。


いつか私が帰るのは、蒼の都。
名前を持たず、言葉がなくても私でいられた
あなたのひと滴へと。

いつか私が生まれるのは、蒼の海。
この世のどんな小さな輝きも、この指に抱きかかえられるように
これからも、私は、あなたから生まれる。


+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

下手の横好きで、前のブログでも思いついた時に詩を書いていましてが、何故か最近、また書きたくて仕方なくなっていました。詩が持つ「イマジネーションを導く力と」いうものをあらためて感じたからです。イマジネーション=想像力=創造力と結んでも良いとのではないかと私は思っていますが、何の脈絡がない言葉の繋ぎからぱっと花が咲いたようにイマジネーションが広がる詩もあるし、とことん削いだシンプルな一言に腹を蹴飛ばされるような衝撃を受けることもあります。

そしてそれが創造力まで導かれるということは、その過程にあるのは「集中力」であり「思考」だと思ったのです。

イマジネーション=想像って、勘とかインスピレーションとか、時間にすれば一瞬かもしれません。そして集中力、思考となると、時間を要するもの、という観念があると思います。ですから両者は両極にあるようで、実は違う。そのように思いました。

そして、これらの力によって明確になる様々なものが即ち自分の隠れていた側面であり、それが、自分自身に対する更なる深い認識を助けるものではないでしょうか。詩はその媒体になり得るものです。

読むにあたっても、今まで「詩」は範疇外でしたが、いろいろと読んでいきたいと思うようになりました。



今日も最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました☆

今日も皆さん一人ひとりの心からの願いが叶っていく、そんな一日でありますように。