#Mステ には #TAIJI も登場してたんだね。泣けるわ。。。。深い意味はないのかもしれないけど、ぼくはそうじゃないと考える。直接言えないから、映像で伝えたんじゃないかなと。TAIJIをこんなにメディアに登場させたのは、#YOSHIKI が何かを伝えたかったんだと信じたい。
X時代のTAIJIしか知らない人はぜひこのバンドの曲も聴いてほしい。去年の今頃発売されたアルバムはTAIJIのベースが収録されてるしこのアルバムの
特典ディスクは貴重な演奏も聴ける!
でももう特典付く店ないかな?
youtube.com/watch?v=-QKnzG…
昨日は不思議な日。株式会社フェニックスの看板を見つけ、同僚に手帳に挟んでたTAIJIさんの切り抜きを見つけられてしばしのX談義。夜はMステ(見れなかったけど)。
このまま君だけを奪い去りたい 【DEEN】 konomama kimidakewo ubaisaritai: youtu.be/cAwVMAj_bfk @youtubeさんから
自信とは自分を飾ることじゃないからな。そのために付けようとした自信は過信となり、飾りが落ちることを怖れ続ける。人生、常に挑戦。実績こそ捨てる。
自分では何ともならないこと(例え、それが改善されるべき、糾弾されるべきことであっても)に吠えるより、一見、関連がないようなことでも、自分に出来ることにエネルギー注いでみよう。思いがけず、何ともならないと嘆いた扉も開くものだ。即効性はないかもしれないけれど。
資本主義、消費社会、男性社会と、その背中合わせに存在する女性社会。そういったものへの反骨、憎悪。それが私の体調を随分悪くしていた。
孤立無援、四面楚歌。目を覆い、耳を塞ぎたくなる壮絶なバイオレンス。私が自分を出す(表現する)ことで、これらを引き起こすという、何十年来持ち続けた幻想。ここから踏み出すのは恐ろしい。それでも、自分の表現を自分に許そう。
何がしたいか、何を求めているのか、それを実現するために生きる。良きも悪きも引き受ける。自分の人生だから。。誰が引き受けてくれるんだろう。気付いていないところで、「良き」ことを拒んでいる場合もある。「悪き」の中にも、道は必ず存在する。
初めに言葉があった。言葉は神のもとにあった。言葉は一柱の神であった。言葉は最初に、神のもとにあった。そこで全てが発生した。言葉を通さずには、何も発生しなかった。言葉の中に命があった。そして命は人間の光であった。
自分の望むままに生きてるとは、何でもかんでも手に入れてる状態じゃないのだろな。そのとき、ものすごく絞ってると思うし、場合によっては、殆どを捨てたとも言える状態かもしれない。
平山郁夫展。シルクロードか。この道を通って、極東の日出る国にやって来た人々がいるんだな。