水族館を後にした我々はしばらくの間、いわき周辺の海岸をドライブした。
最初は軽口などして楽しんでいたのだが、
徐々にその様相は変わり、最後は無口になった。
デジカメを手に持ってはいたが、その惨劇を目にすると面白半分で、
その状況をカメラに収めようとは思わなかった。
いや思ってはいけないと思った。
テレビや新聞などの報道で目にしていた光景が未だそこにある。
がれきの山、津波にのみ込まれた家屋、傾いた家々。
それが軒並み続く海岸線
異様な光景だった。
所々交通止めや交通規制がかかる。
震災の状況を見ると云うのも今回の旅の目的の一つであったのだが、
そんな考えが大きな過ちだと云う事を認識した。
必死に暮らす人々、後輩を含め
冷やかしで行くものではないものだと諭された気分だった。
風評被害、放射能汚染や現地ならではの話を聴く限り明るい話題など一つもない。
大変申し訳ない気持ちになった。
でも彼らは一様にみんな明るかった。
いつもと変わらぬ笑顔を私に見せてくれた。
それが自分にはとても有難かった。
何もして上げれない己の無力さを悔やみつつ
彼らの今後の活躍を願うばかりだ。
きっと彼らは今後も強く生きていくのだろう。
“がんばれ東北!”
この言葉を心に刻んだ東北旅行だった。
後日寺田先生から葉書を頂いた。
彼らしい文章で気持ちの良い内容だった。
頑張ってな
そのうちまた遊びに行くから、その時もよろしく。
最初は軽口などして楽しんでいたのだが、
徐々にその様相は変わり、最後は無口になった。
デジカメを手に持ってはいたが、その惨劇を目にすると面白半分で、
その状況をカメラに収めようとは思わなかった。
いや思ってはいけないと思った。
テレビや新聞などの報道で目にしていた光景が未だそこにある。
がれきの山、津波にのみ込まれた家屋、傾いた家々。
それが軒並み続く海岸線
異様な光景だった。
所々交通止めや交通規制がかかる。
震災の状況を見ると云うのも今回の旅の目的の一つであったのだが、
そんな考えが大きな過ちだと云う事を認識した。
必死に暮らす人々、後輩を含め
冷やかしで行くものではないものだと諭された気分だった。
風評被害、放射能汚染や現地ならではの話を聴く限り明るい話題など一つもない。
大変申し訳ない気持ちになった。
でも彼らは一様にみんな明るかった。
いつもと変わらぬ笑顔を私に見せてくれた。
それが自分にはとても有難かった。
何もして上げれない己の無力さを悔やみつつ
彼らの今後の活躍を願うばかりだ。
きっと彼らは今後も強く生きていくのだろう。
“がんばれ東北!”
この言葉を心に刻んだ東北旅行だった。
後日寺田先生から葉書を頂いた。
彼らしい文章で気持ちの良い内容だった。
頑張ってな
そのうちまた遊びに行くから、その時もよろしく。