高齢者のひとりごと

 日常の出来事に自分の思いをつづっていくつもり

私の戦争追悼記(16)

2012-08-21 15:33:17 | Weblog

 8月21日  今日も暑い日だね。 Pmに外出したけど、熱風が吹いていたよ。 残暑だけど

日に日に暑くなっている感じがするよ。

 さて、戦争中、昨日の徴用と同様に使われていた言葉に勤労奉仕があったね。 意味は

今のボランティアに近いけど、強制力があったよ。 大半は村からの指示で道路の補修作業だった。

 これを道普請(みちぶしん)といったけど、地元のの区長(今の自治会長に相当するけど、

の家族構成を知る実力者)に何人出せと指令が来て区長がその割り振りをするんだよ。

 当たった人は勤労奉仕に狩り出されたというんだよ。 若い男は兵隊に徴用され、いるのは40歳

以上のようだったから自分の仕事もあるし、大変だったようだよ。 「 北風の 勤労奉仕に 身を丸め 」 

 戦後もこの制度はしばらく続いたようだけど、海外からの引揚者が多くなり、失業者が多くなったので、

失業対策事業になったよ。 これに従事する人を2こ4と呼んだよ。 何故かというと、1日6時間ぐらい

働いて、1日の賃金が100円硬貨2個と10円硬貨4個の240円だったからさ。 雨が降ると仕事はなかった。

 だからこんな狂歌があったよ。 「 2こ4殺すにゃ 刃物は要らぬ 雨が3日も 降ればいい 」

 当時の物価はだって? そうだね並みのラーメンが30~50円ぐらいだったと思うね。