結局、「国難」とは何だったのか?
この一連の大騒ぎでわかったことは、選挙だけでは国難は解決しないこと、そして東京都民としての『都難』の予感。多分、寒いのは天候のせいだけではないだろう。
国は人で成り立ち、日本は”民”主主義の国である。したがって国難とは国の首相が言うべき言葉ではなく、自然と私たちから湧き上がってくる言葉だと思う。この点では、「お前が国難」という言葉は上品ではないが、「難」の一つであることには完全に同意したい。
明日の投票、私は小選挙区では立憲民主党の候補、比例区では日本共産党に投票することで決めた。台風も接近しているが、雨にも風にも負けず、投票には必ず行く。
私は竹下登、桜内義雄、青木幹雄などを輩出した保守王国、島根県出身であり、一時期、民主党に期待したこともあったが、基本は保守、自民党に近い考え方と自負している。今回、立憲民主党の演説は何度か聞いたが、政策的には実は同意できない部分もある。共産党に至っては残念ながら論外だ。
それでも立憲民主党、日本共産党に投票する理由は「真面目さ」だ。まっとうな政治を取り戻すという立憲民主党の枝野幸男代表の演説には我が意を得たりと納得させられ、国会では数の論理で傲慢な国会運営を行う自民党への共産党のチェックはかなり機能していたと思う。
表面的な言葉や政策案ではなく、今回は彼らに私の「信」を託したい。
特に立憲民主党には新しい政治の息吹を感じる。未来の国難を解決できるのはこういう政治姿勢なのではないか?と秋の長雨の中、一筋の光明を見た気がする。初心忘るべからず、立憲民主党の皆さんには民主党の二の舞とならず、草の根のど真ん中を堂々と歩んでもらいたい。20年後、歴史の目撃者の一人であったと自慢させて欲しい。
結果はともあれ、これから選ばれる議員のみなさんには右か左かで線を引いたり、「あんな人たち」と誰かを切り離すのではなく、いろいろな意見、多様な価値観に耳を傾け、真摯に日本の未来に向き合ってもらいたい。
本当に国難を解決できるのは、決して選挙ではなく、国会での適切な審議と採決であり、首相をはじめとした内閣による行政の舵取りだ。選ばれる議員にはこの責任があり、次は解散で曖昧にせず、自分たちで話し合って、知恵を出し合って解決して欲しい。繰り返すが、求められるのは、解散ではなく、解決だ。解決できないのならば、次は解散ではなく、辞任で責任を取る覚悟でお願いしたい。
一足早いが、頑張れ、次の議員の皆さん。
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