日銀総裁の人事・・・
いろいろあるのでしょうけど、ボク自身がそうだからかも知れませんが、
多くの人が「誰がなるのか?」には、あまり興味がないと思うんですよね。
政治的な駆け引きはいけない云々と、マスコミも大きく扱っていますけど、
こうして大きく扱うことが、政治にとっては一番の駆け引きの場になることは、
これはマスコミが一番分かっていることではないでしょうか。
大事な政策であればある程、
マスコミは、国会で議論になる前段階での報道や意見は大きく出して、
国会で議論が始まった後は、極力、事実関係だけを粛々と報道すべきだと思うんですよね。
意見が合わないことをなんだかんだと、いろいろと報道するよりも、
今朝の日経には「何のための党首か」と論説が載っていましたけど、
こういう報道で良いと思うんですよね。
こういう大切な人事もまとめられない議員のみなさんの実態だけを報道して、
「何のための国会議員か」と、それだけを報道してほしいと思います。
それにしても、「まずは反対」の野党にも脱力ですが、
「否定する理由というほどのものがない」と、
『反対の反対』的なコメントしか出せない日本のリーダーには、もっと脱力です。
人事には、それ相応の意図があるはずなんですよ。
中立的に選ぶなんて、人を選ぶのにそんなデジタルな方法なんてありえません。
「能力」で選ぶにしても、いろいろな能力がありますし、
その判断基準も様々です。
こうこうこういう意図があって、こういう選考基準を設け選考し、
この人が適任であった、
いろいろとありますから、なかなか説明できないのでしょうけど、
出来る範囲で上手く説明してほしいものです。
みなさん、ハローです。ホディです。
仕事でも「反対の反対」を主張する人は多いですよね。
もちろん、否定そのものは悪くないんですけど、
「反対の反対」は「反対意見」がスタートになって、
そもそもの議論の目的からズレてしまうんですよね。
そうしていくうちに、「反対の反対の反対」、そのまた反対と、
あらぬ方向へ議論が進みます。
勘弁してほしいです。
賛成か、反対か、
肝心なのは、それだけではないんですよね。
今回の日銀総裁人事をめぐる混乱には、本当にうんざりしています。
阿川弘之さんも著書のなかで「静かに何かを語りかける質実な番組が少ない」と書いていらっしゃいました。報道の商業化、番組の低俗化、報道マンのサラリーマン化は本当に忌忌しき問題だと私も感じています。
ご無沙汰しています。
報道マンのサラリーマン化など・・・
itchyさんの持論で、飲みながら等よく聞きますけど、
この流れは止まりそうにありませんね~
ボクも、いわゆる大衆に媚びて、表面的な報道が増えていると感じています。