不定形な文字が空を這う路地裏

生きてるノイズが屠るものは
















ラジオペンチで脳味噌をむしるような音が右耳の奥の方で聞こえている、少し湾曲していて、角度によってはまるで聞こえない耳の中で…たったひとつの音譜のスタッカートで塗り潰した楽譜の初見演奏のような旋律だ、いや、そもそもそれは、旋律と言えるのか?規律のない時計のように、生真面目に過ぎる雨垂れのように、右耳の奥でそいつは鳴り続ける―1、これは現実に鳴っている音だろうか?2、だとしたらそれはきちんとした前例のある現象だろうか?3、現実ではないとしたらどこで鳴っている音なのだろうか?4、どちらにせよ原因として考えられるのはなんだろうか?…側に捨てられていたレシートの裏にそんなふうに書き出してみた、ボールペンの滑り具合は上々だった、最近はあまり使うこともないのに…子供のころと比べるとインクの質は格段に良くなった、漏れることも、凝固することもない、そこに詰め込まれているほぼ全部をきちんと使い切ることが出来る…話が逸れた、そしてその音は続いている、その音には思考の流れなどまるで関係がないらしい、だから精神的などうこうではないと考えている、まあ、医者に診てもらえばなにかしらの病名をつけてくれるかもしれないが―薬を売りつけるための―現実的に、生活の中でその音を聞き続けることでなにかしらの障害が生じているかと言えば別にないのだ、だからそのために医者にかかることはなにか馬鹿げたことのように思えて病院に足を運ぶ気にならなかった、まあ、こんな時期でもあるしね…ただ少し困っているとは言えなくもない、使い込んだハードディスクが時々漏らすため息にも似たその音は、どこか迷子の子供の泣声のようにも聞こえるのだ、上手く説明は出来ないが、音量なのか、音質なのか…とにかくそこに潜んでいるなにかが、こちらにそういう印象を与えていた、迷子か―もしかしたら一番引っかかっているのはその印象なのかもしれない、世にも奇妙なナントカじゃないが、ともかくこの世は真剣に生きようとするものほど迷子になる傾向がある、そんな迷子を見て笑う連中の為に作られた世界だからだ、彼らは迷子になることはない、迷うような道に立ったことがないからだ―選択肢でいえばそれはたったひとつだけだ、その選択の先は徹底的に整備されていて見通しがよく、迷子になることなど有り得ない、正気ならまず、そっちを選ぼうなんて思わないはずのものだが、夜歩く死体のようにぼんやりとそちらへ歩いて行くやつらのなんと多いことか…また話が逸れた、迷子だ、迷子のような音だ、確かにその音は少しばかり俺を迷わせているかもしれない、なに、難しい話じゃない、些細なことには違いないさ、でもね、そんなことにこだわってしまうところが昔からあるんだ、年端も行かないころからさ…引っかかるものというのは脳に干渉するとだいたいの場合疑問符を大量に放出する、疑問符はだいたいの場合、歩いていれば足を止めさせるし、本を読んでいれば手を止めさせる、一時停止キーみたいなものだ、そのときの行動と密接にリンクしている時もあるし、まるで関係がない時もある、たとえば本を読んでいて、そこに書いてあるフレーズからまるで違うことを考え始めたりすることあるだろう?また逆に、その時していることとは何の関係もないイメージが突然湧いて来ることだってあるはずだ、兎にも角にもそいつは、なにかにつけて動作を止めさせるのさ…ねえ、こんなことあるだろう、疑問符をバッサリと切り捨てることが美徳だと考えている連中を見て、愚かだと感じるようなこと―疑問符とは出来る限り密接な関係を築くべきだ、それは切れ味のいい人生よりもずっとたくさんのことを与えてくれる、物事を簡単に片づけることは見栄えはいいが決しておすすめはしない、そういうのはクセになる、疑問符を前にすると自然にそれを片付けようとするようになってしまう、それが本当はどんなものなのか、なぜそいつが自分の手を止めさせたのか、そういうことを微塵も感じることもなく…さっき選択肢の話をしたよね?同じことだ、疑問符のほうへ足を突っ込んだらそこからにはいくつもの枝分かれがあるのを目にする、形状も路面も様々な道だ、そしてその道は往々にして、ほとんどすべてを歩いてみないと納得がいかなくなる、それは、こんなものをここまで読んでいるあんたにならきっと理解出来るはずだよ、思考のすべてはそこから始まる、そんな紆余曲折の繰り返しが、自分自身の真っ直ぐな道を作っていく、音は鳴り続ける、あるお坊さんがこんなこと言っていた、人間はどこか一ヶ所ぐらい壊れているぐらいがちょうどいいって―俺はその音に名前を付けた、生きてるノイズという名前だ、やつは満足したのか、ひととき甲高く鳴って、それから脳味噌の奥深くへと消えていった。

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