よう、あんた誰だい
俺のことを知りたいのかい、たとえば俺がどんなやつで
どんなことをして暮らしているか知りたいのかい
俺は皮剥ぎさ
毎日人間の皮をはいで暮らしている
このナイフでさ、おっとっと、身構えるなよ
おまえに危害を加えるつもりなんかないぜ
俺が剥いでるのは自分自身の皮さ
その下に何があるのか知りたくてな
こうして、顎の下から刃物を入れてな、ゆっくりと下へ剥いでいくんだ…
どうだ、手慣れたもんだろう?今じゃ服を脱がなくても全部剥げるようになった、ほら、子供の時、水泳の授業の時さ、服を着たまま下着を脱いだりしたじゃないか、あんな要領でさ、こうやって剥いでいくんだ、靴下履いてたって何の問題もないぜ…ほら…こうして背中は剥いでいくんだ、ティッシュ・ペーパーの箱みたいな感じさ…このナイフみたいにな、ギリギリ届くか届かないかのヤツでやるのが面白いんだよ…最後は、シャツを脱ぐみたいに、こうさ…どうだ、するりと抜けただろう?
シャツだけ脱いでやろうか、ほら、どうだい
この俺の筋肉と神経組織の成り立ちは?そんなことして死んでしまわないのかって?こんなに血が出て、死んでしまわないのかって…?
毎日、やってるって、言ったはずだぜ?こんなもの、毎日やってたら身体が慣れてしまうものなのさ…毎日毒を少しずつ飲んでいると、毒を盛られても利かなくなるっていうの、あるだろう?あれと同じようなことさ…納得がいかない?まあそれも判るけどさ―でもこうしてげんに俺は生きているんだし…二時間もすれば皮だって新しく出来てくるよ…不思議だと思わないか、剥ぐときいろんな順番で剥いでみたんだけど、生えてくるときは必ず爪先からなんだよ…爪先がむずむずしてきたと思ったら、そこから皮が生えてくるんだ…まったく人間の身体ってやつは不思議だよね、触ってもかまわないぜ、ただし、そっとな…
俺が何をしてるか知りたいんだって?ふうん、そうかい…俺は肉屋みたいなもんさ
こういう肉切り包丁でさ、毎日人間を捌いて暮らしてるんだ、ああ、驚かなくていい、あんたに危害を加えるつもりは全くない
俺が捌いているのは自分の身体だから
ほら、こうして、肩たたきをするときみたいに、首の付け根から切り落としていくんだ…首を切り落とさないように気をつけなくちゃいけない…さすがにそれはまずい気がするからね…もっともそういう気がするだけで、もしかしたら意外となんでもないことなのかもしれないけれど、まあいまのところまだ、それを試してみる気にはならないということさ…皮剥ぎ?あいつの話を訊いたの?そいつは大変だったな、あいつは必要以上に他人を驚かそうとしたがるから…まあ、あいつはなんだかんだで凄く苦労してあそこまで技術を磨きあげた男だから、多少ショウ・アップしたくなる気持ちも判らんではないけどね…だけどあいつみたいな苦労を俺はしたいとは思わないな…あんなの気が滅入るばかりで爽快感がないってもんだよ、ほら、この通り、だん、だん、だん、で、だいだいぶつ切りで転がしとけばそれでいい…人間の断面ってけっこういろんな色があるだろ?赤色ぐらいしかないような気がしてたんじゃないか?黄色だって白だってちゃんとあるんだぜ…
ああ?俺か?俺は骨を磨いているのさ、肉屋のやつがあらかた肉を剥いぢまうだろ?そのあと骨をきれいにするのさ、こうしてな、清潔な布を水に浸して…汚れたものを使っちゃ駄目だぜ、骨はすぐに他の色をつけちまうからな…こうして少し拭いたら、すぐに洗う、拭く、洗う、拭く…三度目はもう布を変えないと駄目だ、それ以上はいくらきれいな布でも余計なものがついちまう…こうして、同じように浸して、それから拭く…薬品なんか使ったりしないよ、薬品なんか使ったらもうその時点でそれはヒトの骨じゃなくなっちまう…ヒトの骨じゃなくなるとヒトへの再生は不可能になってしまうんだ、だから薬品だけは絶対に使用しちゃいけない、判るね…?
骨を拭くのは一番神経を使う作業なんだ、皮剥ぎだって大変には違いないけれど、あいつの場合は半分趣味だからね…皮なんかむしっちまってもだれも文句なんか言わないんだ、だけど、あいつはそういうのシャクに思う性格だからさ、ああいう、ま、芸術的とでもいうような要素を追求したんだろうね…リンゴの皮むきと同じようなもんさ、何も考えずに向いてると途中で切れてボロボロこぼしちまう、注意して、集中して剥いていると意外と最後までちぎれずに剥けるものだ…布かい?そうだな、数えたことはないんだけど50枚近くは使うんじゃないかな?もっと多いか…100枚まではいかないけどね、たぶん…そら、出来たよ、たいしたもんだろう…
俺?俺はこうして肉体が生まれてくるのを待つんだよ…ただ待ってるだけじゃいけない、生まれてくることを信じて待ってみるんだ、少なくとも失ったものに見合うだけのものが生まれてくることをね…人間というのはおかしなもので、一度失くしたものはもう返ってこないなんて考えがちだ…だけどそいつはちゃんと返ってくるのさ、息を落ちつけてじっと空気を感じていればね…今日は話しながらだから少し時間がかかっているけど、いつもならこの半分くらいで内臓とかが生まれてくるよ…うんそう、骨に沿ったところから生まれてくるのがセオリーさ…どうだ?ちょっと気持ちの悪い代物だろう?俺だって最初は慣れなかったさ、なんでこんなことやってんだろうって不思議に思いながらやってた、だけどなんどかやっていくうちに、そんな疑問はなくなっていったんだけどね…家だって必要に応じてリフォームするだろ?それと同じようなもんさ…ごめん、心臓が出てくるときだけはきちんと集中しないと…そう、心臓の時だけは静かにしていないとね、さっきみたいにきれいには出てこないんだ、試したことはないけれど、それは、判るんだ…きっと、集中しないままやってたら、動かない心臓とか、そういうものが出来あがるさ、きっとね…さあ、これが出来たら、あとはしっかりと仕上がるのを待つだけさ―どれくらいで出来るのかって?そうだな、だいたい全部で一時間から二時間だね、それ以上かかるのはよほどの時だけさ…こうして外側が出来てきたらね、少しずつ動いて、散らばってる肉や皮なんかをある一定の法則で持って床に並べていくんだ、順番とか気にしなくていいから…やってみる?そりゃそうだな、ごめんね…こうして、適当にさ…皮なんてきれいにそろえずにこうして投げ出してみてもいい、外したネクタイみたいにしてさ…肉はなるだけ中央に集める、やっぱり高さがある程度あるからね、そうした方が見栄えが良い…こんなふうにね、どう、ちょっとステーキみたいに見えたりするんじゃないか?…どれ、身体が出来たようだから、あとは一気に仕上げてしまおう…
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