古い記憶の欠片が堆積してモスグリーンの湿地帯となり、そこに棲むあらゆる生物たちはどこかしら駄目だ、あるものは上手く見ることが出来ないか、もしくは完全に目が潰れているか、機能として存在していた痕跡すら無い、あるものは鼻が駄目で、あるものは耳が駄目だ、あるものは口が使い物にならなくて、手がお飾りみたいに短くて指すら無かったり、あるいは脚がそうだったり、また見た目にはまともに見えても脳味噌が駄目だったり、肺のどちらかが駄目だったり、心臓がポンコツだったりした、胃や腸がろくに機能しなかったり…要するに欠損を宿命づけられた連中の溜り場で、そういう連中しか生まれてこないようになっていた、閉じ込められたまま捨てられも浄化されることも無い記憶というものは果てしなくそういうものを生み出し続けていくのだ、そしてそいつらが生まれてくる間隔というのは非常に短い、次から次へと、次から次へと、誕生を急くように生まれてくる、次から次へと、誕生を急くように、意味を成さない言葉の羅列のように場所という名のディスプレイの中に無意味とも思われるほどの速度で次から次へと産み落とされる、彼らは不完全な肉体をあちらこちらへ振り回す、空腹を満たすためだったり、自尊心を満たすためであったり、睡眠欲を満たすためであったり、性欲を満たすためであったり、そうして食い、眠り、生殖し、減り、増え、減り、増える、一見すると同じ景色が繰り返されているだけのように見える、実際ほぼそれは同じことの繰り返しなのだが、パラレルワールドを微々たる目盛に従って移動しているかのように、ほんの僅かどこかが違っている、それは例えば頭骨の形であったり、水晶体や網膜のバランスだったり、鼓膜の形状であったり、額関節の稼働領域であったり…数え上げたらキリが無いが、とにかくそんな風にほんの少しだけの違いを持って生まれてくる、それがどんな理由によるものかは判らない、こんな風に話すと、彼らがある種の整合性を求めてそんな増減を繰り返しているという印象を持つかもしれないが、そこには進化という名が似合うようなベクトルというものも存在しない、あくまで進化を基準として語るのであれば、それは進化であったり退化であったりするし、またそのどちらとも関係が無かったりする、ほんの少し色が違うだけだったり、ほんの少し捻じれているだけだったり、まるで意味の無いマイナーチェンジだったりするのだ、あるとき俺はそいつらの中のいくつかを摘みあげて細かく調べてみた、大半の連中は醜い声で鳴いたし、じめついた目つきでこちらを睨んだりした、でも俺はそれがどういう理由によるものかをある程度理解しているので、大して気にせずに思いのままにひっくり返したりかっさばいたりぶっ潰したりした、そうした状態からでも彼らは再生することが出来た、そういう状態から再生されたものたちは再生される前よりもずっと醜い姿で生まれ変わってきた、つまりそいつらの変化は状況によるものなのだ、この場所の空気が問題なのだ、その理由も俺はあらかた理解していた、だけどそれはそうしておくしかない代物だったし、それ以上どうするつもりもなかった、だから俺はある程度の調査を終えるとやつらを再び放りだした、たまに覗いてみると調査する前よりもいびつで混乱したものに変わっているような気がした、いつくかの新しいやつらが実に気に障る不快な鳴声で鳴いた、そいつらの声はこれまでに聞いたことが無いくらい大きなものだった、ともすれば俺の鼓膜を直接震わせているのではないかと思えることもあった、そいつらは一日中一晩中鳴き続けていた、そいつらが何かを考えているのか、あるいは本能のままに鳴いているのかそれは判らなかったが、そいつらの声には確実に悪意というものがあった、そのことだけははっきりと判った、あらゆる瞬間に彼らの声が脳内に滑り込んできた、日常は彼らの声に脅かされつつあった、駆除する必要があった、これからも世界に生存していくつもりなら…なにか強力な武器が必要だった、一瞬で彼らを駆除することが出来るなにか効果的なものが…俺は再び彼らを採取してあらゆる可能性を試してみたがなにひとつ絶対的なものは無かった、ある程度試したところで俺は腹をくくった、こいつらが居ることを認めながら生きていくしかない、それは一方的な同盟のようなものだった、はっきり言っちまえば、俺が彼らに屈したようなものだ、だけど俺には彼らの存在理由というものがある程度理解出来たし、そういう状態である以上それは仕方のないことだった、彼らは相変わらずほとんど変化の無い人生を生きていたが、認識された瞬間からどこかぼんやりしているように見えた、俺は今日もパーソナルコンピューターを起動させ、ワードの中に彼らの記憶を書き込む、彼らの記憶はほんの少しだけ色を変え、ほんの少しだけ理由を変えてディスプレイの中に存在している。
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