草庵の記

弓部大動脈、腹部大動脈、腸骨動脈、冠動脈にステント11本。
私の体はサイボーグ

考察

2019-05-15 18:56:46 | 心臓血管外科検査

「どうですか?」と問われると分ってメモ書き。
最近の様子を要約して喋るのがしんどいので
検査終了時に受付に廻って見える女性に症状の
印刷物を手渡しておいた。

診察に入った。
医師にとってはこれはやはりノイズなのか?
チラ見してさほど咀嚼しなかったと思われます。

そもそも患者が症状をパソコン入力すること自体
神経質と捉えられるようです。

つまり、医者は検査データ、カルテ、パソコン。
医者は患者を診るのですが、患者を見ない。

パソコン画面ばかりを見ながら電子カルテへの
入力をして、患者の目をまったく見ないまま
診察を終える。

外科は特にそういう風に患者に映ります。

つまりノイズである生身の患者と、患者が提出
したプリントなど本気で見ない?

で、患者の訴えは患者の精神的な思い込みの
範疇となる。


私の訴えを認めれば、手術時の難癖になる?
完ぺきな手術であったという医師の意思を
否定することにもなりかねない。

この訴えを外科医に伝えた私が愚かだったかも。

データには萎縮性胃炎、吐き気、潰瘍の痛みなど
本日の検査結果には出ていない。

頭痛も、眩暈も今日の外科医には目にも留まって
いないのだからここで訴えた私の間違いであった。

患者の目をパソコンと同時に診る循環器内科医に
訴えるべき内容であった。

次回、つまり来年、私が外科検査を受ける意志を
持ったときには絶対外科医にあれこれ問うのは
止めようと思う。

でも「最近どう?」なんて訊かないでいただけます?



しかも、今日の私ってすごく体調が良好だった
喜ぶべきか、悲しむべきか???


コメント (2)
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普通の呼吸をください…

2019-05-15 16:08:58 | 心臓血管外科検査

7:20過ぎに家を出ました。
到着ほぼ8時直前。
先に検査が入ります。

今日の検査はレントゲン、CT、採血、心電図。
今日は長く測定の後、踏み段歩き1分半で負荷を
課します。1分過ぎたころには息が上がります。

終わりました。もう一度心電図5分くらい。

それから待合で医師の診察を受けます。
この病院の速さは並のものではありません。
到着から2時間で終了です。
検査結果で診断するのに1時間強です。

医師が最近どう?
と訊いてくださるので「苦しいです、そこに
書いてあります」
先に最近の症状を印刷して渡してあります。

あまりしゃべりたくないのです。
医師は検査結果が全てですから、不要なことを話し
たくないのです。

苦しさについて語ってもこちら外科、動脈瘤が
専門の科ですから患者の細かい訴えはノイズですね。
医者は私の精神的なもので片付けたい。

この息苦しさが精神的なものであろうはずがない!
冠動脈が完全に塞がってしまっても心療内科へと
言われた経緯がありますしね。

まあ、外科の医師は動脈瘤の成長度合いを確認する
のがお仕事です。

足の動脈瘤の太さが2.8cm、タイムリミットは3cm。
腹部大動脈瘤は3cm、半年前と何ら変わりません。

「動脈瘤は治っていますよ」

治るわけないじゃんね。成長が止まってるだけじゃん。
まあ、良い。
手術の必要はないということで目出度いのです。

しかし、肝心の息苦しさ、鳩尾の不快感、痛み等、
この医師に救っていただけることはないのです。

破裂より恐ろしいのが毎日この息苦しさと闘うこと、
生きなければならないこと。
普通の呼吸をください!!!

たったそれだけを願っても精神的なもので片付ける。


循環器内科医はこの苦痛は右冠動脈の完全閉塞や
術後の内臓への負担ということで取り去ることは
難しいと受容してくださっています。

外科はまるで工場のようですね。
患者の声や姿はノイズでしかありません。
医師にとってはカルテこそが患者なのだそうです。
何となく分かります。

心電図は健康体の70%はあるわけですから、患者の
訴える苦痛であれば心電図に出ないはずがないと
仰います。

ですね。それは理解できます。


外科と内科の患者の許容は異なるようです。
諦めるにはつらすぎる今日の検査結果でした。

何だかもう外科に行きたくなくなりました。
来年から放置したいな。
ただただ辛い一日になりました。


コメント (3)
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