イタリアのトリノで、国際労働機関(ILO)の国際研修センターに勤務していた頃、私が担当していた教育テーマの1つに「非正規雇用の問題」がありました。
ILOが、非正規部門労働(インフォーマルセクター)の存在を認識したのは、1970年代のこと。アフリカで行われた労働市場調査の結果を受けてのことでした。しかし当初、ILOはこの非正規雇用を「正規雇用への移行段階にある暫定的なもの」として、むしろ正規雇用の創出を促すものとして歓迎、奨励する立場をとったのです。
今にして見れば「ILOがなんてことを!」と思うのですが、1970年代のアフリカという事情を考えれば、そういう考えが支配的になったのも仕方のない話かも知れません。しかし間もなく、ILOは立場を変えました。非正規雇用が、労働者のためにも、その国の経済・社会のためにもならないことが分かってきたからです。
問題は、主に下記の3点に集約できます。
第一に、非正規雇用は、労働者を「非正規」という何ら雇用上の保障のない働き方に固定化してしまい、貧困を永続化してしまいます。ILOでは、雇用における「7つの保障(seven securities =下記参照)」という指標を使って雇用の安心・安全の程度を測っていますが、多くの場合この保障の全てが欠けているのが非正規雇用なのです。
この7つの保障とは(1)労働市場保障(十分な雇用と選択肢)、(2)雇用保障(安定性・安全性)、(3)職業保障(社会的な認識・受容)、(4)労働保障(労働安全衛生)、(5)技能保障、(6)所得保障、(7)被代表保障(労働組合)、です。
第二に、非正規雇用は、使用者側にとって都合のいい雇用形態であることから、正規雇用に量と質の両面から切り下げ圧力をかけ、どんどん増殖してしまいます。結果、正規雇用が量的に減少するわけですから、これが非正規の固定化にますます拍車をかけてしまいます。
第三に、非正規雇用の増大は、税収の低下、社会保障への収入の低下、生産性とスキルレベルの低下、国内需要の低下を引き起こし、国の経済・社会システムを破壊させます。需要の減退が企業業績を悪くさせ、それがさらに非正規化を促進させるという悪循環に陥ることになるわけです。
こういう理由から、ILOは非正規雇用の問題に組織を挙げて取り組むこととして、全ての労働者に上記の7つの保障が提供され、ディーセントワークが確保されることを目標に、世界各地で技術協力活動を続けているわけです。私が主張する「つながってささえあう社会」の基本も、この考えを受け継いでいます。
今、そのことを改めて思い起こしてみたのも、昨日の夜から丸一日かけて読了した下記の3冊の影響でした:
- ワーキングプア~いくら働いても報われない時代が来る、門倉貴史、2006年
- 貧困大国ニッポン~2割の日本人が年収200万円以下、門倉貴史、2009年
- 富裕層が日本をダメにした!~「金持ちの嘘」に騙されるな、和田秀樹、2009年
これらの本の結論は、貧困、ワーキングプア、失業、格差の固定化こそが、今の日本社会の閉塞感と、さまざまな社会問題の原因だ、という点で一致しています。そしてその処方箋としては、税制改革(累進制の強化)、雇用改革(特に最賃の大幅アップ)、社会保障制度改革、教育改革、地域改革を実行して、ワーキングプアと格差を解消し、国内消費を拡大して景気浮揚をせよ、と主張しています。概ね、私の考えと一致する方向性ですね。
中でも大変面白いと思ったのが、「労働者は消費者であり、賃金を上げてレベルの高い消費者を育てることで、日本の商品が育ち、世界市場でも勝てる」(「富裕層が日本をダメにした!」より)という主張です。つまり、労働者の賃金を上げて購買力を高めれば、国内需要が高まって生産量が増大し、それが製品価格を押し下げるとともに製品の魅力・価値を高めるので、国際競争力が強まる、ということなのです。
結局、私たちの課題は、構造的失業やワーキングプアの問題を可及的速やかに解決することです。すべての労働者に安心と安全(7つの保障が確保されたディーセントワーク)を提供して、経済社会の持続的成長を確保すること、それが政治に求められている役割なのですね。