因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『屋上庭園/動員挿話』

2005-11-08 | 舞台

*作 岸田國士 演出 『屋上庭園』宮田慶子 『動員挿話』深津篤史 新国立劇場小劇場
二十年近く前に『動員挿話』を劇団東京小劇場の公演で見たことがある。馬丁の妻が取った行動に驚くというより、あっけにとられた。馬丁友吉とその妻数代以外の登場人物はまったく覚えていないのだが、今回の上演では、将校夫人鈴子を演じた神野三鈴に引きつけられた。



終幕、夫の出征をついに納得したのか、数代(七瀬なつみ)は「奥様のところに行ってくる」と部屋を出る。友吉(小林隆)がほっとして、慌ただしく出発の着替えを始めたところに鈴子夫人が現れる。まるで音もなく。うつろな目に憂いを含んだ表情に「この人はもう知っているのかしら?」と思った。しかし夫人は数代を探してきたのだという。奥様のところに行ったのでは?と答える友吉に「さっき来たけど、また出て行った」と返す。そこに女中の悲鳴が。数代は井戸に身投げしていたのである。そこで特に驚かず、しかし言いようのない悲しい表情で、夫人は奥へ行く。



一度夫人のところにいった数代は何か言ったのだろうか?
もし死にます宣言をしたのなら、夫人は止めるはずである。数代はそこまでは言わなかった。しかし夫人は数代から何かを感じ取ったのだ。だから身投げのことを知っても驚きの反応をみせなかったのではないか?



少し前の場で、隊に赴く将校である夫(山路和弘)を見送る夫人の様子を数代がつぶさにみていたという会話がある。夫人は軍人の妻ゆえに涙も見せず、ひたすら夫に従う女である。言いたいことを何でも夫にぶちまける数代に、夫人は嫉妬していたかもしれない。



舞台うしろの板にチョークで書かれた日章旗を、夫人が手のひらで次々と消していく場面がある。
すぐ脇では数代と女中の会話が行われており、夫人の行動はこの人の心象をイメージとしてみせたことがわかる。赤いチョークで汚れた手を手ぬぐいでごしごしこするところはマクベス夫人の手洗いの場を思わせる。


数代に多くの見せ場があり、実際演じた七瀬なつみはよかったが、それは神野三鈴の声なき表情、たたずまいもあって、より活かされていることがわかった。



チョークで書かれた日章旗をめぐる場面は、演出の勝利であろう。だがここで欲が出る。
暗示的なもの一切なしで、ベタな作りの『動員挿話』を見てみたいのだ。
俳優はどこまで表現ができるか、観客はどこまで感じ取ることができるかを知りたいのである。



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1 コメント

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因幡屋さま、 (butler)
2005-11-25 12:44:57
因幡屋さま、
TB&コメント、どうもありがとうございます。
手を洗っても落ちない戦争で流す血と、日の丸の赤の連想はありきたりかもしれませんが、神野三鈴はまるでマクベス夫人のように鬼気迫っていましたね。
これからも宜しくお願いします。
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