タツノヒノエ

神仏への道-神社仏閣巡りから、古代の神々との出会い

前世・・・

2022-02-24 20:30:10 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

前世・・・過去世はあるのか無いのか・・・

「ある」に決まっている。前世、過去世がなければ、世界中全員同じカオであるはず。同じ身分能力寿命であるはず。

前世、過去世があるから・・・

全ての生物に「生まれの違いが」ある。

人間だけで言えば、

生まれながらに、「貧乏」と「中流」と「金持」があり、

「美男」「ふつう」「不美男」がある。(見た目も違う)

「頭のでき」も、生まれそれぞれ。「頭が良くても勉強できないのも」いるし、「勉強できても、非道徳で道理を知らない」のもいる。

「長生き」「短命」「ふつう」。

「人種の違い」「生まれた国の宗教の違い」。

これらはすべて、過去世の産物 (因縁) なのである。

様々な事象が複雑に絡み合い、「因」が「縁」を呼び、「果 (結果) 」となる。死んだからと言って終わりではない。生前の善悪の業により、来世の生まれ変わる先が決定する。

お釈迦様は、悟りを開かれたとき、自身のすべての過去世を思い出した。今の宇宙期、前の宇宙期、その前の宇宙期まで遡っても、「始まりは無い」。だから、仏教 (真理) では、「無始の昔 (始まりが無い昔) 」と言う。

天眼通を開いたお釈迦様は、ご自身だけでなく、他人の過去世も全て見えた。また、他の生物の過去世も全て見えた。宇宙の誕生、宇宙の破壊 (終焉) 、宇宙の成立破壊も全て見えた。宇宙も転生するのである。

音楽家などはわかりやすい。よく、幼くしてピアノや音楽に天才的な人が歴史上多く出ているが、そういう天才も、前世、前前世と、音楽に没頭していた結果なのである。「ローマは一日にして成らず」である。

曹洞宗開祖「道元禅師」の、「今生に発心せずんば、いずれの時をか待ってか行道すべきや」である。

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きりもみ不動尊・・・

2022-02-24 17:43:36 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

和歌山県岩出市「新義真言宗 総本山・根来寺」不動堂の「きりもみ不動明王」。

真言宗中興の祖と言われ、新義真言宗の祖、興教大師・覚鑁 (かくばん) の守護仏である。

ひじょうに優秀だった覚鑁上人は、「内観の聖者」とも言われ、

学・行ともに優れていた。

高野山・金剛峯寺座主となった上人は、色々とねたまれ、暴徒に襲われた。その時上人は、密厳院不動堂にいたのであるが、難を逃れるため咄嗟に不動明王を念じた。

暴徒が乱入した時、一体しかないはずの不動明王像が二体並んでいる。

「いずれが覚鑁か、矢じりで突いてみればわかる」と二体の不動明王像のヒザを突いてみると、二体とも血を噴いた。

覚鑁上人が不動明王に守られていることを悟った暴徒たちは、恐ろしくなり、その場から逃げ出していった。

「矢じりで、きりもみ」突いたところから、「きりもみ不動明王」と言う。

「三国一の、きりもみ不動尊」、御開帳の折、二度くらい拝んだが、「どっしり」とした重量感を感じた。

御護摩は何度か拝したが、「炎のエネルギー」が強い御護摩である。

以前、特別護摩 (御開帳無し) を申し込んだとき、不動堂の尼僧さんの飼い猫と思われる、かわいいオスの子猫が寄って来て、私は嬉しかったのだが、尼僧さんが気を使って、「これこれ、粗相しちゃダメよ」と、私になついてくる子猫を叱り、役僧さんに頼んで綱でくくっていた。

(ああ・・・お猫ともっと遊びたかったのに・・・)

まあ、根来寺近辺は、よく猫が事故で亡くなるので、綱でくくるのは、あながち反対ではないが、頼もしい「きりもみ不動尊」に、(どうぞ、あの子猫をお守りください) と念じた。

帰りに見ると、くくられていた所からはいなくなっていた。

「きりもみ不動尊」は、「身代り不動尊」とも言う。

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成田山・福井別院「九頭竜寺」・・・

2022-02-24 17:43:07 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

126社寺目です。

三国成田山・・・成田山新勝寺、福井別院「九頭竜寺 (くずりゅうじ) 」。

平成10年7月18日御朱印いただいております。

朝6時半~7時くらいに到着しました。

まだ誰もいない境内は、朝日が射して、神々しい雰囲気でした。

道路挟んで向かいのお店でパンとコーヒーを購入すると、店主が、「これも食べろ」と、スナック菓子を1つくれ、確か、「これもいいぞ、食べろ」と、もう一つスナック菓子をくれた記憶があります。

店主にお礼を言って、職員たちが来るまで腹ごしらえをしました。

空気がきれいだったです。

職員たちが到着して、少しずつ境内があわただしくなりました。

私は、御護摩と、本堂階下の御堂に貼り付ける「懸仏 (かけぶつ) 」の「不動明王さん」を何体か申し込みました。

本尊・不動明王と四大明王で、「五大明王」ご宝前での護摩。

読経・真言の流れは、成田山大阪別院と同じです。

御護摩が終わり、確か、五大明王を拝ませていただき、階下の御堂に案内されたと記憶しています。

「太陽さんさん」と輝き、空気がすごくきれいでした。

〒913-0048

福井県坂井市三国町緑ヶ丘4-9-10

TEL : 0776-82-5111

受付時間 : 8:30~17:00

伽藍画像は「三国 成田山」hpより、

ではまた。

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社寺での功徳の積み方・・・

2022-02-24 17:42:03 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

神社・仏閣での功徳の積み方。

功徳と言うものは、望んで得られるものではない。

ただ、心がけ次第では、誰でも積める。

神仏の功徳と言うものは、神仏の守護力で包み込まれるようなものである。

簡単なことでは、神社にお参りに行った際、タバコの吸い殻やゴミが落ちてたら拾う。(私が言う神社とは、古代の神々をお祀りする神社。東照宮は古代では無いが、東照神君なのでOK)

逆を言えば、ゴミを捨てれば「悪業」になる。

または、社務所で「初穂料です」と、千円でも二千円でも、金額にかかわらず、寄進すれば功徳になる。神社だから、「神の徳」を積むことになるのだ。

お寺では、大きめの霊場に行けば、「本堂修復銅板寄進2千円 お願いします」「檜皮一枚〇千円 お願いします」とか、勧進されていれば、寄進する。

お寺だから「仏の徳」を積むわけだ。

ここ20年は、神社でも寺院でも、「マナーが悪い」のは増え続け、功徳は積まんが、「ゴミは捨てて、悪業を積んで帰る者」は増えているとか。(ゴミは、社寺じゃなくても捨てれば悪業になる)

神社も寺院も、「自分自身の来世のための功徳を積むところ」と自覚してお参りすれば、また見えてくる世界も変わってくる・・・。

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