勉強不足です。知りませんでした。歌舞伎ファンの貧乏英語塾長、見に行かないといけません。
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歌舞伎「心」で撮って半世紀 福田さん、集大成の写真展
朝日新聞 2015年11月20日16時17分
昭和、平成を彩った歌舞伎役者をファインダー越しに見つめて半世紀。両脚を失っても、視力が弱っても撮り続けてきた、舞台写真家の福田尚武さん(71)。集大成の写真展を23日まで、東京都豊島区の区民センターで開いている。
十七代目中村勘三郎の長ばかまの裾がたなびく「勧進帳」、昭和の名優がそろう「寿曽我対面」――。ひと公演500枚、これまで撮った30万枚近い写真の中から半年かけて自ら選んだ100点を展示している。
歌舞伎出身の俳優が銀幕で活躍した昭和30年代。「原点」を見たいと歌舞伎の舞台に通ううち、生身の役者の魅力にはまった。歌舞伎愛好者の会に入り役者の写真を撮り始めたのは大学生だった18歳。十七代目勘三郎の目にとまり、撮影依頼が来るようになった。
52歳の秋、両脚が紫色になり、動けなくなった。糖尿病に肝硬変。両脚を切断し、合併症で入院生活は1年に及んだ。「車いすでも写真は撮れる」。カメラを手に劇場に戻ったが、愕然(がくぜん)とした。40代から患う糖尿病からの網膜症が悪化し、被写体が見えなかった。
暗い舞台だと青一色で、白い顔や着物がちらりと動くだけ。「これで写真が撮れるのか」。絶望しかけたが、見えないはずの役者の動きが「見えた」。10代から見続けた歌舞伎。役者の位置や所作は頭に入っており、音楽やせりふを聞けば次の動きが分かった。以来、「心の目」でシャッターを切り続けた。
大切にしている言葉がある。30代半ば、坂東玉三郎さんに「あんた、狙ってばっかいるでしょ」と問われた。戸惑っていると、玉三郎さんが続けた。「自分の思う通り撮ってごらん」
錦絵のような名場面、役者の決め顔……。それまでは「写真を評価する第三者の目と共にファインダーを覗(のぞ)いてた」。玉三郎さんの言葉で、邪念を捨て「自分の目」を信じてシャッターを切った。すると、定番の舞台写真にはない生き生きとした役者の表情や姿が撮れた。楽屋で写真を見た役者たちは「おれ、こんな顔するんだねえ」と驚き、喜んだ。
昨年、目を手術した。暗い舞台も少しだけ見えるようになったが、「かえってシャッターのタイミングを外すようになった」と笑う。「心の目」は肉眼を超えるまでに研ぎ澄まされていたのか。「人生は過酷だが僕からカメラだけは奪えなかった。もう、見えても見えなくても撮る自信はある。命尽きるまで、撮り続けますよ」(西本ゆか)
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「福田尚武 歌舞伎写真展 ~歌舞伎に魅せられて半世紀~」は、11月11日に開催されていたんです。この記事を読んだおかげで、何とか見られそうです。何せ豊島区民センターは、自転車で15分、歩いて30分弱というところにありますから。
公式サイト:https://www.toshima-mirai.jp/center/a_kumin/pr.html#kabuki151111
明日21日は、大好きな元NHKアナウンサーで歌舞伎評論家の山川静夫さんが福田さんと対談なさるのだとか。応募が締め切られていて、お話を聞くことはできなくて、とても残念です。情報は常に鵜の目鷹の目で集めておかないといけません。
なお、福田さんとはお話をしたことはありませんが、歌舞伎座の3階席の上手や下手の入り口わきで車椅子に乗って撮影されているのは、何度も拝見しております。まさか両脚を切断されておられ、視力もほとんどない状態で撮影されていたとは存じ上げませんでした。写真には、そんな状態で撮影されたとはとても思えない活き活きとしたものばかりであるからです。立派です。頭が下がります。
とにかく、池袋へ急がねば。
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