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「昭和の日」をめぐる新聞記事比較

2005年05月15日 11時13分01秒 | 時事放談: マスコミ編
日本に帰ってきたら、「みどりの日」という訳の分からない祝日が出来ていて、こりゃなんじゃ!と思ったら、(昭和)天皇誕生日がこういう風に変わったというではないですか。昭和から平成への変わり目も、大葬の礼の仰々しさも直接知らずに、アメリカでのうのうと哲学を勉強していたわけですから、もう浦島太郎です。

その上、社会党政権はできているは、ナンジャコリャのオンパレードだったわけです。

それにしても、イタリアではあるまいし、「みどりの日」はないのではないか、と当時の国会議員のセンスのなさに口をあんぐりとしていました。いまでも、勉強不足のゴウ先生はそういうネーミングになった理由を知りません。知りたくもありませんが・・・。

その醜いまでの言語統制の時代を超えてやっと真っ当な感覚で言葉を使える時代が来たわけです。昭和天皇の誕生日を祝日としてきたのに、ある日突然「みどりの日」というのは、あまりに戦後の歴史を無視したありようですから。

そこでこのことに関する各新聞記事を読み比べてみました。すると、立場の違いがはっきり読み取れて面白いのです。今日はゴウ先生の解釈つきで読んでみてください。

まずは一番中立的な書き方をしている読売新聞から、どうぞ。

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4月29日は「昭和の日」に、改正祝日法が成立 (読売新聞) - goo ニュース

2005年05月13日(金)

 4月29日の「みどりの日」を「昭和の日」に、5月4日の「国民の休日」を「みどりの日」にそれぞれ改める改正祝日法が13日の参院本会議で自民、公明、民主3党などの賛成多数で可決、成立した。

 2007年から施行される。共産、社民両党は反対した。祝日の新設は、1996年の「海の日」以来。

 昭和天皇の誕生日である「昭和の日」は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」ことを目的としている。「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」目的の「みどりの日」は、5月4日に移される。

 「国民の休日」は、祝日と祝日にはさまれた日を休日とする祝日法の規定に基づく休日だが、2007年から正式に祝日となる。祝日数は1日増えて15日となるが、祝休日の総数は変わらない。

 改正祝日法は2000年3月、自民党などが議員提案で参院に提出したが、同年6月の衆院解散で廃案となった。02年7月に自民、旧保守両党が衆院に提出したが、03年10月の衆院解散で再び廃案となった。今回は昨年3月、自民、公明両党が衆院に提出した。

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日本の祝日の総数はあまりに多すぎるというのがゴウ先生の持論なのですが、(ゴウ先生が見る限り)読売だけがこの改正で祝日の総数が変わらないことを指摘しています。些細なことですが、客観的なものの見方というものを教えてくれる好例です。もちろん、全体のトーンも右にも左にも傾いてはいません。

それに対してやっぱり左よりの記事を載せるのが朝日新聞です。

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4月29日は「昭和の日」に 改正祝日法が成立 (朝日新聞) - goo ニュース

2005年05月13日(金)

 4月29日の「みどりの日」を「昭和の日」に、5月4日の「国民の休日」を「みどりの日」に07年から変える改正祝日法が13日午前、参院本会議で自民、公明、民主3党などの賛成多数で可決、成立した。

 4月29日は昭和天皇の「天皇誕生日」で、89年の昭和天皇死去後に「みどりの日」になった。今回の改正祝日法は、昭和の日に変える意義を「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と説明。同法に対し、共産党は「先の天皇の誕生日を祝日にすることは憲法の平和的民主的原則を踏みにじる」、社民党は「侵略戦争の犠牲となったアジア諸国からどう見えるか考えるべきだ」として反対した。

 同法は4月5日に衆院本会議で可決して参院に送られたが、中国での反日デモを受け、自民党が対中関係に配慮して参院での審議を1カ月以上遅らせていた。

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最後の2段落に朝日らしさが全開していることが容易に見て取れます。共産党と社民党の反対意見がこの要約で十分に語られているかどうかは別にして、これで反論になっていると判断している朝日がゴウ先生には怖いです。

まず共産党の反論ですが、「みどりの日」だとはいえ、いまも祝日とされている4月29日がもともと天皇誕生日であったことは、少し日本を研究したことがある人間ならば分かることでしょう。それとも共産党は、4月29日を祝日にするなと言っているのでしょうか。どちらもこの記事からは分かりません。つまらぬ味方を共産党は持ったものです。

社民党の反論もうんざりですね。こういうことを言うのならば、あちらの国々の抗日記念日だとか開放記念日だとかはどうするのでしょうか。日本のことにも配慮してもらわないと、対等外交だとは言えないではないですか。

最後の段落については、なるほどこういう解釈もあるのかと思わずにはいられません。ゴウ先生の判断では、国会審議日程上後回しになっただけのような気もするのですが。だって郵政民営化法案などの重要法案の議論が目白押しだったでしょう。ムムムムムと唸るだけです。

そして、元気の良い産経新聞です。

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改正祝日法成立 4月29日…「昭和の日」/5月4日…「みどりの日」 (産経新聞) - goo ニュース

2005年05月14日(土)

平成19年から

 昭和天皇の誕生日である四月二十九日の「みどりの日」を「昭和の日」に、五月四日の「国民の休日」を「みどりの日」にそれぞれ改める改正祝日法が十三日の参院本会議で、自民、民主、公明三党などの賛成多数で可決、成立した。平成十九年の大型連休から施行される。

 改正法は「昭和の日」の意義について「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」としている。過去二回、国会に提出されたが、そのときどきの政治情勢に翻弄(ほんろう)されて廃案となった。「三度目の正直」でようやく日の目を見たが、政府や国会の長い“迷走”を経て、昭和六十四年一月七日の昭和天皇の崩御から十六年以上が経過した。

 国会では平成十年四月に超党派の「昭和の日」推進議連が発足し、会員数は約四百人を数えたが、民主党がこれに多数の議員を出していながら法改正への姿勢が賛成、反対と揺れた経緯もあった。十三日の参院本会議には党として賛成の方針で臨んだが、松岡徹、広中和歌子、広野ただし、那谷屋正義の四氏が採決のボタンを押さず棄権した。

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まあ右よりの新聞としてはおとなしい書き方ですね。最後の段落で旧社会党系の議員の造反を責めただけです。これでは産経らしくありません。

そこで社説だと一挙にトーンが右に傾いた読売新聞を紹介します。

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5月14日付・読売社説(1) (読売新聞) - goo ニュース

 [『昭和の日』成立]「歴史を語り継ぐ日としたい」
 2007年から、4月29日が「昭和の日」となる。

 「みどりの日」を、「昭和の日」に改める改正祝日法が、参院本会議で、自民、公明、民主3党などの賛成多数で可決し、成立した。

 昭和という時代の重みを踏まえた、新しい祝日の制定である。

 法成立への道のりは長かった。2000年と02年の過去2回、法改正案が国会に提出されたが、いずれも審議未了のまま廃案になった。

 民主党は、03年の通常国会審議から賛成に転じた。特に今国会では、民主党が法成立に積極的に協力する姿勢を示したことが、円滑な審議につながった。責任ある政党としての態度と言える。

 改正祝日法では、「昭和の日」を「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日と位置づけた。

 戦争、終戦、復興、高度成長と続いた「昭和」は、日本の歴史上、節目となる特別な時代であった。この時代を顧み、日本の将来の教訓にしようという点に、「昭和の日」の大きな意義がある。

 「みどりの日」は、連休の谷間の5月4日に移される。

 もともと現在の「みどりの日」は、昭和の「天皇誕生日」だった。1989年に昭和天皇が亡くなると、政府はこの日を「みどりの日」とする祝日法改正案を国会に提出し、成立させた。

 歴史的意味を考えるならば、当初から「昭和の日」とすることこそ、理にかなっていたはずだ。社会党など野党から反対意見が出るのを懸念し、「昭和の日」とするのを避けたものだった。

 その後、「昭和の日」の制定を求める国民運動が活発化し、祝日法改正案が国会に提出された。

 歴史的な祝日と言えば、かつては11月3日の「明治節」があった。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の占領下、「文化の日」に改められたが、本来は明治天皇の誕生日だった。

 明治時代には「天長節」として祝ったが、大正時代に祝日から外された。しかし、多くの国民の声を背景に、昭和初期の1927年、祝日に制定された。その経緯は、「昭和の日」制定と共通する面もある。

 ともあれ、国民が様々な思いを抱く激動の「昭和」も、戦後世代がこれから次々と還暦を迎えようとする中で、歴史の一つの時代として遠ざかりつつある。

 「昭和の日」には、その意義と教訓を思い起こし、次の世代に語り継いで行きたいものだ。

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文化の日と名前を変えた天長節ですが、この日に昭和憲法の公布が行われたのはマッカーサーによる指示だと言われています。明治天皇の権威を剥奪することで、旧い日本の体質を変えようとしたのでしょう。為政者の狡さを感じますね。

でも、マッカーサーの思い通り、確かに変わりました。われわれは、まともな歴史教育を受ける権利を失い、独り善がりの生き方を個性と履き違えて育ってしまったのです。その結果、周りの人に気遣いをする美徳を失い、我儘で醜い生き方を自由と主張する時代が来てしまったのです。

祝日の呼び名の変更ぐらいでこうしたよろしくない流れが断ち切られるとは思いませんが、少なくとも他の独立国と同じく大きな声で「お国のために(For my nation)」と言える時代が来たのかもしれません。

昭和という時代を忘れることなく、あの大東亜戦争の惨劇を繰り返さないように、自国の文化を愛することこそが、これからのわれわれの使命なのでしょう。

そのためにもメディア・リテラシーを高める必要があることを今日も繰り返しておきます。
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3 コメント

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社説比較、参考になります。 (Yob)
2005-05-16 03:32:59
>昭和という時代を忘れることなく、あの大東亜戦争の惨劇を繰り返さないように、自国の文化を愛することこそが、これからのわれわれの使命



ゴウ先生、質問です。「戦争の惨劇を繰り返さない」ことと「自国の文化を愛すること」のつながりがピンときません。

あと、前々から感じていたのですが、ゴウ先生は『左翼と売国』、『右翼と愛国』とを混同していると思います。左翼的ではあっても愛国的行為というのは充分に可能です。

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勉強になります (プリンス)
2005-05-21 22:18:48
物事を判断する際に多角的な情報収集の必要性を感じました。ありがとうございます。



日経新聞ばかり読んでいる私としては、入ってくる情報が非常に偏っていると感じますので、他社の新聞やインターネットを通じて多くの情報を掴み取りたいと思います。



私としては朝日新聞の論調に対しては共感出来ません。ただ、そういった見方があるという事を認識した上で自分の立場を決める事が重要なのだと感じますので、先生のおっしゃるとおりメディア・リタラシーを高めようと思います。
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書き方によって変わる (M)
2005-05-26 22:43:34
事実が書き方、見方によって変化する例を

提示していただき、なるほどと思いながら読みました。

一つの媒体だけにつかっているといつのまにか洗脳されて

しまう気がします。
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