モロシになりそう。
~靴
靴がきつい。ちょっと。ちょっとだけど。冬が来るから、下駄箱から出した。古い靴だ。もう何年も、十何年も前から、冬に履いている。これまできつく感じたことはなかった。なかったと思う。思うんだけど。
靴下が厚すぎるのか。いつも薄い靴下を履いていたのか。そんなはずはない。冬だから。
靴が縮んだ? まさか、足が膨らんだ?
この靴は、私の靴ではないのか? 見つめるうちに、何だか、見たことがないように思えてくる。似てはいる。だから、どこかで間違って履いて来たのかもしれない。そうだとしも、そのときに違和感が……
いや、あったのかもしれない。思い出せないが、あったような気がしないでもない。
どこで?
自宅以外で靴を脱ぐ場所といったら、数か所しかない。あそこか。あそこか。あそこか。
靴を間違えられた人は、どう思ったろう。嫌な感じがしたか。間違えた私を呪ったか。その人は、私の靴をどうしたろう。仕方がないから履いて帰ったか。帰ってから捨てたか。どこに捨てた? 溝か。川か。ごみ袋か。
捨てるなよ、人の物を。
さて、私はどうしよう、この靴を。捨てるか。気を変えて、自分の靴だと思うことにして、とぼけたふりして履き続けるか。でも、気持ちが悪いな。水虫か何かがうつりそう。
この靴の本当の持ち主と、あそこか、あそこで、出会って、「ああ。それ」と、咎められたら、どうしよう。泥棒呼ばわりされたら、さあ、どうしよう。ぺこぺこ。そして、「私の靴はどうしましたか」と聞くか。すると、相手もぺこぺこ……
誰かが私の家に来て、間違えて帰ったか。
同じ靴が二足並んでいたら、よく確かめるはずだから、二足並んでいなかったわけだ。彼も私と同じような靴を持っているが、その日は別の靴を履いて来たのに、私の靴を見て自分の靴だと勘違いして……
彼は、なぜ、自分の靴を履いて来なかったのだろう。まだ冬ではなかったからか。
彼は、誰だろう。
彼は何をしに来たのか。私に何の用があったのか。何を話して帰ったのか。何も話さなかったのか。話すとしたら……
もう一度、靴に足を入れてみた。するりと納まった。
思った通りだ。
(終)