好きな人物ランキング、織田信長が1位、坂本龍馬は4位です。龍馬意外と人気ない。「歴史秘話ヒストリア」調べです。2位が秀吉、3位が家康、5位は西郷です。
龍馬は最近ドラマ化されていません。西郷どんの坂本龍馬、小栗旬も「ちょっと出てきた」感じでした。
薩長同盟の評価も随分と低い方へ変わりました。ウィキペディア(怪しい面も多い辞書ですが)などにも、「幕府による長州藩処分問題に関して、長州藩の状況が悪くなっても薩摩藩は長州藩を支援するという内容であり、共に倒幕へ向けて積極的に動き出そうとするものではない。 」とか書かれています。
歴史番組などでも最近は「過大評価だった」とするものが多いように思います。
薩長同盟運動は最初は失敗します。西郷が「ドタキャン」したせいです。桂小五郎は「激怒」します。長州は西郷が「大嫌い」でした。
そこで龍馬や薩摩藩は「幕府の命で外国から兵器が買えない長州、に代わって島津の名で武器を長州に調達」したのです。
当時長州の軍事担当だった村田蔵六(大村益次郎)は、元込め式回転弾の「ミニエー銃 」を購入したかったのですが、非常に「難儀」していました。
以下はドラマですが、そこに龍馬が現れ、「一か月もあればなんとかなるじゃろ」と言ったので大村は驚きます。さらに龍馬は言います。
「そもそも、あれだけ憎みあっている薩長が、簡単に手を結ぶと考えたのが失敗じゃった。まずはモノの交流で薩摩が誠意をみせれば、長州の感情も少しはやわらぐじゃろ」
大村は心でこう考えます。
「この男、世を動かすのは思想ではなく、経済だと言っている」
むろんドラマです。当時は思想とか経済という言葉もなかったはずです。しかしモノの交流はドラマではなく、史実です。ただし龍馬の海援隊が「一手に担ったかどうか」はまだ調べていません。
さて薩長同盟。締結段階において桂小五郎ら(他に品川弥二郎、三好重臣など)は、「長州から頭を下げる」ことはしません。それは薩摩側も同じでした。
遅れて京都に来た龍馬はこの薩長の態度に激怒します。ドラマでは「薩摩がなんだ。長州がどうした。武士なんぞ滅ぶべくして滅びるぞ。そんなものにこだわっているようでは、所詮、おまんらは、日本人じゃない」となります。
これに対し桂は、同盟がならねば長州は滅びるが、「悔いはない」と言い、
「たとえ長州が滅びても、薩摩が日本のために尽くしてくれるならば、天下の為に幸である」 と言います。
これを聞いた龍馬は薩摩藩邸に走り、
「いつまで見栄の遊びをしているのだ。長州が、長州がかわいそうじゃないか」
これは「竜馬がゆく」の最も大切なシーンでもあります。「長州がかわいそうじゃないか」という言葉を書くためだけにこの小説を書いた、と確か小説内でも述べています。
薩摩人は「かわいそう」に弱いのです。「弱い者いじめ」は私の子供の頃でも、「最も卑怯な行為」とされていました。
西郷は威儀を正し「坂本さーの言う通りごわす」と応じます。
最後の方はむろん、小説、ドラマの話です。どこまで史実かをちょっと調べましたが、分かりませんでした。わたしは西郷も龍馬も大好きというわけではなく、龍馬などはちょっとかっこよく描かれすぎかなと思っている人間です。それでも、これが史実に近いならば、それぞれの人物に大きな魅力を感じます。
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