ダンナの同僚の家に招待され、家族で遊びに行ってきた。同僚と言っても、今は別の工場で働いており、
彼はLyon(リヨン)の近くにある工場なので、家までも150kmほどある
彼の家は“Crémieu(クレミュー)”という町にある。Crémieuは中世から残る古い町で、フランス人の
観光客も沢山訪れていた。
ダンナの同僚は、前にダンナと同じ茨城の工場で働いていたこともあり、ダンナとはその頃からの知り合い。
フランス人の彼は家族も一緒に1年ほど日本に滞在していた。家族は奥さんと当時7歳と5歳の娘が居て、
子供たちをフランス人学校に通わせるため、東京にアパートを借りて、旦那さんは毎日東京から茨城まで
通勤していたそうだ。
自分たちも外国生活をしていたため、私たちのこともとても心配してくれ、日本人と連絡をとって、
フランス語を教えてもらってはどうかとか、Lyonにとてもおいしい日本料理店があるので、住所を教えて
くれるなどと言ってくれた。
気持ちはとても嬉しかったのだが、私はどうせフランス語を習うなら日本人からではなく、フランス人から
習いたいし、滅多に訪れないLyonに行ったら、日本料理ではなく、Lyonの物を食べたいと思う。子供たちも
せっかくフランスに来てまで日本人学校に入れようとは思わない。同じ外国生活をしても、考え方が
違うなぁ、と感じた。
そして、奥さんはフランスで学校の先生をしているのだが、自分の学校に通ってくる外国人の子供たちが
フランス語が上手に話せないと言って、彼らに家でもフランス語で会話をするようにと指導していると
話していた。私たちにも、是非家でもフランス語を話すようにと勧められた。
しかし、私たちの子供たちはフランス語だけ覚えれば良い訳でもないので、家では日本語とハンガリー語も
使っている。奥さんの学校に来ている外国人の子供たちも母国語を忘れないためにも、家でフランス語以外の
言葉で話すことが必要なのだと思う。それに、子供たちはフランス語を覚えるためにフランスの地元の学校に
通っているのだから、同じ年のフランス人の子供と比べて、フランス語が下手だと言われても、それは
ちょっと酷と言うものではないだろうか。
そして、自分たちは日本に行ったとき、フランス人学校に子供を入れたので、言葉が通じない学校に通っている
外国人の大変さを経験していない。そして、実際、彼らは1年間日本に住んでいたが、日本語が全く話せない。
フランス人学校に行ったら行ったで、大変なこともあっただろうし、どちらが正しいとか、間違っていると
言う問題ではないのだが、そういう人にもらったアドバイスは、ちっとも心に響かないなぁ、と感じざるを
得なかった。
まぁ、その話はともかく、昼食をごちそうになり、古い街並みを見に町の中心に連れて行ってもらった。
昔は丘の上にあり城壁に囲まれていた町も、17世紀には現在の丘の下の場所に移ったらしい。そして、
昔は村があったと言うその丘に登ることができた。
登ったのは家の屋根の向こうに見える丘↓
丘からの町の眺望↓
面白い石畳があった↓
天気も最高↓
友達の家に行くとだけ聞かされてついて行ったのだが、きれいな町も見ることができ、ちょっとした観光
気分も味わえて良い一日だった。
彼はLyon(リヨン)の近くにある工場なので、家までも150kmほどある
彼の家は“Crémieu(クレミュー)”という町にある。Crémieuは中世から残る古い町で、フランス人の
観光客も沢山訪れていた。
ダンナの同僚は、前にダンナと同じ茨城の工場で働いていたこともあり、ダンナとはその頃からの知り合い。
フランス人の彼は家族も一緒に1年ほど日本に滞在していた。家族は奥さんと当時7歳と5歳の娘が居て、
子供たちをフランス人学校に通わせるため、東京にアパートを借りて、旦那さんは毎日東京から茨城まで
通勤していたそうだ。
自分たちも外国生活をしていたため、私たちのこともとても心配してくれ、日本人と連絡をとって、
フランス語を教えてもらってはどうかとか、Lyonにとてもおいしい日本料理店があるので、住所を教えて
くれるなどと言ってくれた。
気持ちはとても嬉しかったのだが、私はどうせフランス語を習うなら日本人からではなく、フランス人から
習いたいし、滅多に訪れないLyonに行ったら、日本料理ではなく、Lyonの物を食べたいと思う。子供たちも
せっかくフランスに来てまで日本人学校に入れようとは思わない。同じ外国生活をしても、考え方が
違うなぁ、と感じた。
そして、奥さんはフランスで学校の先生をしているのだが、自分の学校に通ってくる外国人の子供たちが
フランス語が上手に話せないと言って、彼らに家でもフランス語で会話をするようにと指導していると
話していた。私たちにも、是非家でもフランス語を話すようにと勧められた。
しかし、私たちの子供たちはフランス語だけ覚えれば良い訳でもないので、家では日本語とハンガリー語も
使っている。奥さんの学校に来ている外国人の子供たちも母国語を忘れないためにも、家でフランス語以外の
言葉で話すことが必要なのだと思う。それに、子供たちはフランス語を覚えるためにフランスの地元の学校に
通っているのだから、同じ年のフランス人の子供と比べて、フランス語が下手だと言われても、それは
ちょっと酷と言うものではないだろうか。
そして、自分たちは日本に行ったとき、フランス人学校に子供を入れたので、言葉が通じない学校に通っている
外国人の大変さを経験していない。そして、実際、彼らは1年間日本に住んでいたが、日本語が全く話せない。
フランス人学校に行ったら行ったで、大変なこともあっただろうし、どちらが正しいとか、間違っていると
言う問題ではないのだが、そういう人にもらったアドバイスは、ちっとも心に響かないなぁ、と感じざるを
得なかった。
まぁ、その話はともかく、昼食をごちそうになり、古い街並みを見に町の中心に連れて行ってもらった。
昔は丘の上にあり城壁に囲まれていた町も、17世紀には現在の丘の下の場所に移ったらしい。そして、
昔は村があったと言うその丘に登ることができた。
登ったのは家の屋根の向こうに見える丘↓
丘からの町の眺望↓
面白い石畳があった↓
天気も最高↓
友達の家に行くとだけ聞かされてついて行ったのだが、きれいな町も見ることができ、ちょっとした観光
気分も味わえて良い一日だった。