katydid's blog

ハネナガキリギリスが住んでいるところに生息しています。

「めっすん」第7章

2009-12-26 16:08:49 | 奇跡的に出会えたキリギリス
彼女は私に気付いても、もはや自力で歩くことはできません。
私は手の上にのせるために初めて身体を掴みました。
涙が止まらなくて何度拭っても溢れ出てきます。
横たわる彼女を見守りながら
私は出会ってから今までの思いを話しかけるようになりました。

君みたいなキリギリスがいるなんて思わなかった。
毎日君を手にのせるのが楽しみでさ。
一緒に楽しんでいた瞬間があったように思えてならないのだけど
でもこんなプラスチックのケースで過ごすよりも
草原で生きた方が幸せだったね。

ごめんね。

君との毎日が楽しくて仕方なくて
どうしても草原に帰してあげることができなかった。
帰した後に自分から背中を向け離れていくなんて寂しくて耐えられなかった。

何よりも大事に思って大切にしてきたつもりだけど
全然足りなかったように思えてくる。
せめてもっと手の上にのせてあげられたら良かった。
もう遅いかも知れないけど、これからずっとこうしていよう。



手にのせてから6時間後
彼女は身体に電気が走ったかのように立ち上がり
普段の構えに身体を戻しました。
しかし動いたのはその一瞬だけでした。
ゆっくりと静かにすべての足を折りたたみ

彼女の身体は軽くなりました。



季節が変わった今でも
眩しい日差しに手をかざしながら
この恵みがあれば君はあと一日でも長く生きられたのだろうか
そんなことを思います。



彼女が産んだ子供達は故郷の草原と私の家にいます。
来春、或いは何年後かでも
彼女の奇跡を受け継ぐ子供達の誕生を心待ちにしていると同時に
元気に育ってくれることを願っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「めっすん」第6章

2009-12-20 01:21:03 | 奇跡的に出会えたキリギリス
あれから彼女は2度私の手の上で水を吐きました。
もう私の手にのる時だけしか動きません。
無駄な動きをせず、体力の消耗を抑えているようでした。
せめて、長い時間ゆっくりと一緒にいられる、あと2~3日の間は元気でいてほしい
こんなに手の中で静養するのが好きなら
何としても、この手の中で眠るように最後を迎えさせてあげたい
そう願っていました。



そして、やっと明日が休みとなる夕方になりました。
私は帰宅した直ぐに「元気でいるかい?」と話しかけ彼女を見ました。

仰向けに倒れていました。

ああ、しまった。何てことだ。
胸に針が刺さったような感覚を覚えましたが
そっと触れると足が僅かに動きました。

まだ時間は残されている。

それはまるで、彼女が私と思いを同じくして
手の中でゆっくりしていられるこの日この時まで
何とか生き続けようと待っていてくれたかのようでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「めっすん」第5章

2009-12-16 17:16:19 | 奇跡的に出会えたキリギリス
キリギリスは顎が強く、噛まれたらとても痛いです。
ほんの2~3回でしたが、彼女も私を噛みました。
手にのせていると急に私の下唇に飛び移りいきなりカリッ
あとはミールワームを手の甲であげた時に間違って皮をギュウウウ
あ、違った、みたいにバツ悪そうにしていたのを笑っていたのですが
今となっては懐かしく思えてしまいます。
あれだけ強靱な顎を持っていたのに、次第に固いものは食べられなくなっていきました。
人参を擂って食べさせる、ブドウを毎日あげる
思いつくあらゆることを施しました。
勝てはしない「老い」との競り合い。
たとえそうでも最善を尽くすさ、どんなことでも厭わない
そんな気概で望んでいました。



しかし

その後、食も細くなっていきました。
喜んで食べていたミールワームも一度は噛みつきますが
食べようとせずに向きを変えて寝てしまいます。
数日続き、あることがきっかけで、全てが分かりました。
手の上で水を吐きました。
弧を描くように回りながら、吐いてしまう自分に動揺しているようでした。
もう食べ物を消化出来ない身体になっていたのです。
いつもと変わらないお腹の膨らみは
生きようとする彼女が飲み込めるだけ飲み込んだ水でつくられたものでした。

それでも手の上で寝るのを楽しみにしていて横になりたがります。

生きるために必要な何もかもを奪われて
唯一望めるのが手の上で静養することだけなんて
こんな可哀相な、切ないことがあって良いのか。

私は愛しくて悲しくて、でも他にもう何もしてあげられない無念さに
押し潰されそうでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「めっすん」第4章

2009-12-14 22:33:31 | 奇跡的に出会えたキリギリス
産卵はとても神秘的で尊い行動です。
懸命に、身を削りながら
あの小さな身体で一度に30分も費やします。
手にのせていると、ただならぬ疲労をもたらすことが分かります。



産卵を初めて見たときには喜び感動もしましたが
何度も何度も繰り返される産卵と疲労に
私は胸を詰まらせていました。
♂に近寄られて逃げる姿も多く目にするようになった気がして
普段は♂と別居させて半日だけ同居させてみたり
私なりに工夫を試みました。

でもこの世に性を分かち生まれてきた使命を
彼女は忘れたりしませんでした。
疲労が幾分か解けると、いつも大人しい彼女が何をしても止まらずに歩き続けます。
これが子孫を残すためにパートナーを探している行動であることは
何となく気付きました気付きましたが

命を縮める。

相当に思い悩むような葛藤がありましたが
彼女が望む通りにしました。
彼女が望む以上、人為的な延命は愚かに思えたのです。

当然のことながら私や彼女には容赦ない現実が待っています。
産卵を終えた後、身体を見てみるとお腹に薄く汚れが付いています。
土でも付着したのかと思いましたが、次の日も取れていませんでした。

見誤っていました。

長く生きてきたことと度重なる産卵により
彼女の身体の色は、くすみ始めていました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「めっすん」第3章

2009-12-14 00:39:33 | 奇跡的に出会えたキリギリス
人間の寿命が80年として、キリギリスのそれを半年としたら
私が手にのせている1時間は「めっすん」にとって6日くらいです。
次に手の温もりを感じるのは160日後に相当します。
デタラメな計算と承知の上で書きますが
こう考えると離れている時間は長く、会えている時間はとても貴重に思えます。
でも「めっすん」は待っていてくれたように思います。

晴れの日には何度か散歩に連れて行きました。
逃げたらどうするの?と家族に心配されましたが
私はそんなことにはならないと分かっていました。
手にのせて近所のたんぽぽが咲いているところで降ろすと
花びらを2~3枚食べて暫くすると歩き出すのですが
手を近づけると直ぐに登ってきて安堵したかのように静かにしています。

手の上で食事を楽しみにして待つ、気持ち良さそうにいつまでも動かずに寝る、
散歩ではしたいことを終えると手に戻りたがる、
ちょっと他のキリギリスと違うね、どうなっているんだろう
と家族も思い始めました。
刷り込み教育(そうかも)、えこひいき(確かに)、家族に色々言われましたが
環境に対応して生きていく賢さだけで捉えても
私には「めっすん」が群を抜いていて、奇跡的な存在に思えます。



このように彼女を可愛がったり心配してみたり、毎日共に暮らしていくうちに
いつしか私は家族が増えたような感覚になっていました。
それはもう感動や驚きが盛り沢山の幸せな毎日でした。

「めっすん」は今も大切な家族です。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする