行方不明となっている人々の、
一刻でも速い救出を。
避難生活を強いられている人々に、
1日でも早く日常を。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
今次の台風18号と秋雨前線による豪雨被害については、
気象の専門家が様々解説をしてくれていますし、
堤防の決壊についても、
事態が落ち着くにつれて調査が進み、
いずれ詳細な報告がなされることでしょう。
ところで、
昭和41年生まれの私は、
「堤防決壊」というと長良川水害を思い出します。
昭和51年(10歳)当時、
ニュース写真だったか、テレビ映像だったか、
水浸しとなった市街地の様子を覚えています。
(一般社団法人中部地域づくり協会:安八豪雨(9.12豪雨災害)
→http://www.ckk.or.jp/saigai/2011/an-05/an.html)
〈昭和51年9月12日午前10時28分、台風17号の接近に伴う集中豪雨で、安八郡安八町大森の長良川右岸堤防道路が決壊した。濁流は、安八町と隣接する同郡墨俣町全域を襲い、水防活動をしていた区長1人が死亡したのをはじめ、3,536世帯が床上浸水などの被害を受けた〉
(岐阜県ホームページ:9.12豪雨災害 (1976年 昭和51年)
→http://www.pref.gifu.lg.jp/bosai-bohan/bosai/bosai-oyakudachi-joho/saigai-siryo/9-12gou.html)
と、いう災害です。
後に、
近現代の治水工事によって、
役割が薄れつつあった中世以来の「輪中(わぢゅう)」が、
より大きな被害を防いでいた、
ということを知りました。
(岐阜県海津市立西江小学校のホームページ:9.12水害→http://school.city.kaizu.lg.jp/~nishie-sho/waju/suigai/912suigaizu.html)
集落ごとに堤防で囲い、被害を小さくするという、
面倒ではあっても、とても分かり易い知恵です。
東海3県(愛知、岐阜、三重)の人間にとって、
「輪中」の歴史は必須でした(たぶん)。
昔ながらの治水と言えば、
「輪中」とならんで「霞堤(かすみてい)」があります。
〈連続する堤ではなく、あらかじめ間に切れ目をいれた不連続の堤防が主。不連続点においては、上流側の堤防が下流側堤防の堤外(河川側)に入れ込んでいる。不連続部周辺の堤内(生活・営農区域)側は、予め浸水を予想されている遊水地で、それにより洪水時の増水による堤への一方的負荷を軽減し、決壊の危険性を少なくさせた〉
(Wikipedia:霞堤→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9E%E5%A0%A4)
と、いう治水方法です。
愛知県東部を流れる豊川水系には、
今でも霞堤が残っていて、時々実際に機能したりもします。
〈霞堤は堤防が不連続であり、 この不連続な箇所から一時的に洪水が溢れることで下流部の浸水被害を軽減してきました。これにより吉田の城下町は洪水から守られた反面、霞堤地区では洪水の度に浸水に悩まされ、その被害は甚大でした〉
矢印が、本来の流れ。写真中央が「遊水地」に入り込んだ水流。
(国土交通省 中部地方整備局 豊橋河川事務所:豊川の霞堤
→http://www.cbr.mlit.go.jp/toyohashi/pamph/pdf/toyogawa_kasumitei.pdf#search='%E9%9C%9E%E5%A0%A4'
*もっと詳しく知りたいという方は、こちらもどうぞ。
「霞堤と遊水地生態系保全のための調査研究」→http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h01-08/h02-no08.html)
さて、
輪中といい、霞堤といい、
「水害は防ぎきれない」
という前提に立っていることが重要だと思います。
相対的に小さな被害を甘受することで、
より大きな被害を防ぐ、という思想です。
今日、
多少の雨でも水浸しになるというような所は、
かなり減りました。
排水が滞りなくできるようになったということです。
ただ、その分、
河川の負担は大きくなっているわけですね。
しばしば指摘されていることですが、
住宅地での排水設備が整備されればされるほど、
河川が一気に増水する危険は増してしまいます。
ある程度土に染み込んだり、水溜りができたり、
個々に床下浸水するというような、
「まあ、仕方ない」という程度の、
軽微な被害に分散することで、
住宅密集地で、
生活基盤そのものを奪ってしまうような、
大きな被害が出ないように努めるという、
そういう考えもあっていいと思います。
5年に一度くらいの雨なら完全に防ぐ。
10年に一度なら、軽微な被害を甘受する。
50年に一度なら、大きな被害を覚悟しつつ、それを小さくすることを考える。
100年に一度なら、諦めて避難する。
地球温暖化や異常気象など、
より厳しくなる自然に対して、
人は如何に在るべきかを考えた時、
その程度には、謙虚になった方がいいのかもしれません。
一刻でも速い救出を。
避難生活を強いられている人々に、
1日でも早く日常を。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
今次の台風18号と秋雨前線による豪雨被害については、
気象の専門家が様々解説をしてくれていますし、
堤防の決壊についても、
事態が落ち着くにつれて調査が進み、
いずれ詳細な報告がなされることでしょう。
ところで、
昭和41年生まれの私は、
「堤防決壊」というと長良川水害を思い出します。
昭和51年(10歳)当時、
ニュース写真だったか、テレビ映像だったか、
水浸しとなった市街地の様子を覚えています。
(一般社団法人中部地域づくり協会:安八豪雨(9.12豪雨災害)
→http://www.ckk.or.jp/saigai/2011/an-05/an.html)
〈昭和51年9月12日午前10時28分、台風17号の接近に伴う集中豪雨で、安八郡安八町大森の長良川右岸堤防道路が決壊した。濁流は、安八町と隣接する同郡墨俣町全域を襲い、水防活動をしていた区長1人が死亡したのをはじめ、3,536世帯が床上浸水などの被害を受けた〉
(岐阜県ホームページ:9.12豪雨災害 (1976年 昭和51年)
→http://www.pref.gifu.lg.jp/bosai-bohan/bosai/bosai-oyakudachi-joho/saigai-siryo/9-12gou.html)
と、いう災害です。
後に、
近現代の治水工事によって、
役割が薄れつつあった中世以来の「輪中(わぢゅう)」が、
より大きな被害を防いでいた、
ということを知りました。
(岐阜県海津市立西江小学校のホームページ:9.12水害→http://school.city.kaizu.lg.jp/~nishie-sho/waju/suigai/912suigaizu.html)
集落ごとに堤防で囲い、被害を小さくするという、
面倒ではあっても、とても分かり易い知恵です。
東海3県(愛知、岐阜、三重)の人間にとって、
「輪中」の歴史は必須でした(たぶん)。
昔ながらの治水と言えば、
「輪中」とならんで「霞堤(かすみてい)」があります。
〈連続する堤ではなく、あらかじめ間に切れ目をいれた不連続の堤防が主。不連続点においては、上流側の堤防が下流側堤防の堤外(河川側)に入れ込んでいる。不連続部周辺の堤内(生活・営農区域)側は、予め浸水を予想されている遊水地で、それにより洪水時の増水による堤への一方的負荷を軽減し、決壊の危険性を少なくさせた〉
(Wikipedia:霞堤→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9E%E5%A0%A4)
と、いう治水方法です。
愛知県東部を流れる豊川水系には、
今でも霞堤が残っていて、時々実際に機能したりもします。
〈霞堤は堤防が不連続であり、 この不連続な箇所から一時的に洪水が溢れることで下流部の浸水被害を軽減してきました。これにより吉田の城下町は洪水から守られた反面、霞堤地区では洪水の度に浸水に悩まされ、その被害は甚大でした〉
矢印が、本来の流れ。写真中央が「遊水地」に入り込んだ水流。
(国土交通省 中部地方整備局 豊橋河川事務所:豊川の霞堤
→http://www.cbr.mlit.go.jp/toyohashi/pamph/pdf/toyogawa_kasumitei.pdf#search='%E9%9C%9E%E5%A0%A4'
*もっと詳しく知りたいという方は、こちらもどうぞ。
「霞堤と遊水地生態系保全のための調査研究」→http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h01-08/h02-no08.html)
さて、
輪中といい、霞堤といい、
「水害は防ぎきれない」
という前提に立っていることが重要だと思います。
相対的に小さな被害を甘受することで、
より大きな被害を防ぐ、という思想です。
今日、
多少の雨でも水浸しになるというような所は、
かなり減りました。
排水が滞りなくできるようになったということです。
ただ、その分、
河川の負担は大きくなっているわけですね。
しばしば指摘されていることですが、
住宅地での排水設備が整備されればされるほど、
河川が一気に増水する危険は増してしまいます。
ある程度土に染み込んだり、水溜りができたり、
個々に床下浸水するというような、
「まあ、仕方ない」という程度の、
軽微な被害に分散することで、
住宅密集地で、
生活基盤そのものを奪ってしまうような、
大きな被害が出ないように努めるという、
そういう考えもあっていいと思います。
5年に一度くらいの雨なら完全に防ぐ。
10年に一度なら、軽微な被害を甘受する。
50年に一度なら、大きな被害を覚悟しつつ、それを小さくすることを考える。
100年に一度なら、諦めて避難する。
地球温暖化や異常気象など、
より厳しくなる自然に対して、
人は如何に在るべきかを考えた時、
その程度には、謙虚になった方がいいのかもしれません。
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