風と光と大地の詩

気まぐれ日記と日々のつぶやき

詩(バラの光)

2019年07月16日 | 
    バラの光
  
  柔らかな花びらにくるまれて
  ひそやかな夢をはぐくむバラ
  きよらかな光がつぼみからこぼれて
  花となったいのちがかがやく

  冷たい風にかぼそい枝をふるわせて
  冬の試練に耐えたバラ
  あてどない季節のゆくえを追って
  たれこめた空の果てを見上げる

  さわやかな春の風に誘われて
  一輪一輪まどろみから目覚めるバラ
  まぶしい陽射しに抱きしめられ
  ためらいがちにつぼみを開く

  バラの香る道で出会った二人が
  花のささやきに耳を傾けながら
  手に手をとってゆっくり歩き出す
  バラの見た夢が未来へとつながる

     

    

小説(春の彼岸)

2019年07月15日 | 小説
   春の彼岸

  春の彼岸は、いくらか暖かくなってきたとはいえ、まだまだ春だからといって気を許すことのできない肌寒さだった。
  圭一は車から降りると、真冬と同じ厚いダウンのコートを着た。妻も白いダウンのコートを羽織った。空っ風が多少おさまってきたのがせめてもの救いだった。
  寺の門の両脇に仁王様が怖い形相をして昔から立っていた。丹塗りの色が褪せてところどころわずかに残った木肌に深いヒビが入っている。
  この像は、圭一が寺に隣接する保育園に通っている時、怖くて正視することができず目をつぶって走り過ぎたものだと、かつて母に口癖のようにからかわれたけれども、圭一はそのときのことをよく覚えていなかった。妻にはこの仁王像のことについて何も話していなかった。
  去年、それまで長く父一人の名前だけだった墓碑銘に母の名前が加わった。享年五十五歳と八十二歳。
  三十年前、本人にとっても家族にとっても突然訪れた働き盛りの父の死は、誰にとっても容易に受け入れられるものではなかった。自分が父の死期を早めたのではないかと圭一の罪責の念はいつまでも消えなかった。
  口数が少なく働きづめでつましい暮らしをしながら、若い頃は自分の親兄弟や後には子供達にも仕送りを欠かさず、圭一を東京の私学にも出してくれた。いくばくかその父の恩に報いる機会は永久に失われた。
  そして、母がほどなくして脳溢血で倒れ、その後遺症で長らく不如意の生活が続き、「早くお父さんのところに行きたい」という母の繰り言に、圭一は慰めの言葉ひとつ持ち合わせず、ただ施設のベッドの脇に立ち尽くしているしかなかった。
  圭一はただ申し訳ない気持ちで、二人が眠る墓の前にたたずんだ。
  線香を手向け、手を合わせて暝目した後、立ち上がって墓石の先に目をやった。
  田畑の広がった向こうに新幹線のコンクリートの高架橋が長く続いている。その高架橋の上を今しも白い列車が、金属質の音を立てて滑るように走り過ぎて行く。
「ほら、新幹線が行くよ」
  圭一は墓の前にしゃがんでいる妻の背中に声をかけた。
  たまに圭一が新幹線で東京に出張する際、運良く左側の窓際の席に座れた時は、今見ている景色をちょうど反対から見ることになった。
  列車が音もなく駅をゆっくり離れ、緩いカーブを車体を傾斜させながら曲がり終わると、徐々にスピードを上げていく。
  近くの席の乗客や車内に時々気を配りながら、車窓の向こうを過ぎて行く景色に圭一は眼を凝らした。
  烏川と鏑川の二つの川を渡り、左手に赤城山の裾野が大きく広がって見える頃、田畑の先にお寺のこんもりした木立ちと豆粒のような墓石の群れが近づいてくる。一瞬で過ぎ去るその墓石群に向かって心の中でそっと手を合わせると、上京する圭一を父と母がしずかに見送ってくれるような気がするのだった・・・あの日と同じように。
  そうこうする間もなく、新幹線は早くも最高速度に達して東に向かってひた走りに走った・・・。
  圭一が寺を訪れるたび、古い大木が切られ、真新しい木株の色と新しい墓石が目についた。
  北に赤城の長い裾野が張り出し、西に榛名の峰がやわらかな曲線を描いて、浅間、妙義、荒船、御荷鉾といった特徴ある山々の稜線が、田畑や家々を囲うように続いていた。
  稲を刈ったあと植えられた麦の丈はまだ短く、土の色が目立った。伸びるのはこれから陽射しがもっと強くなってからだ。
  五月の風が吹く頃にはぐんぐん伸びて、若々しい緑の色で畑一面埋め尽くされるだろう。故郷の変わらぬ風景を二人また一緒になって墓の中から見ているのだろうか。
  この寺の近くの田んぼに母と圭一が芹摘みに来たのはもう五十年も前のことになる。
  保育園からの帰り道だったのか、それとも別の日に摘みに来たのか。
  母は田んぼの畦に生えた芹をしゃがんで摘んだ。名も知らない他の草と選り分け包丁で切っては、普段持ち歩いていた籐の買い物籠の中に入れていった。
  籠はすぐいっぱいになった。
  春の空からせわしなく雲雀の声が降ってきた。道端にレンゲソウの花が咲き、小川が音もなく小さな丸い草を浮かべて流れていた。
  その日の食卓に茹でた芹が出た。圭一は苦くて一口食べただけで二度と芹には手を出さなかった。
  卓袱台の上に並べられた皿は、他にはほうれん草とたくあんと焦がした味噌があるだけだった。父の給料日前の食卓は特におかずの数が少なくなった。
  卵焼きでもコロッケでもウィンナーでも、好きな物をいつか腹一杯食べてみたいと圭一は思った・・・。
  五十年の月日は過ぎてみれば一瞬の出来事のように感じられた。
  新幹線が街から街を抜けて、広い平野を走り過ぎて行くように、人生の時間が過ぎ去った気がした。
  圭一も父の亡くなった年齢を二年前に過ぎていた。

   



両家顔合わせ

2019年07月15日 | 日記
  三十年前に結婚式を挙げた市内のホテルで息子のフィアンセ一家と顔合わせをする。本来なら先方の家に近いところでということだろうが、こちらでということだったので楽をさせてもらう。妻は何を着ていこうかとしばらく前から思案をしていた。まったく違う環境で育った二人が共通の家庭を持つのだから、自分の経験に照らしても、いろいろな齟齬、とまどい、あつれきが生じるだろうが、そこを乗り越えて初めて新しい家庭が築けるのだろう。若いということがそれを可能にするのだろう。

    

   


広瀬川は白く流れ焼肉はうまかった

2019年07月14日 | 日記
  職場の暑気払いで(梅雨があけず、つゆはらいになったが)、広瀬川沿いの焼き肉店へ行く。目の前に前橋文学館と萩原朔太郎記念館があるので、敬意を表し、今回は外観だけ撮影する。


  萩原朔太郎記念館は、以前、市街地北部の敷島公園ばら園にあったもので、朔太郎が実際に住んだ萩原医院の離れを移築したものらしい。中をのぞくと朔太郎好みの凝った華奢な机やベッドがしつらえてある(と思った)。いずれにしろ、この部屋で「月に吠える」や「青猫」やらの詩の想を練ったと思うと感慨ひとしおだ。


中にいた猫は青猫ではなく、三毛だった。前橋は朔太郎にちなみ、詩の街で売っている。

やはり、広瀬川は白く流れている。

韓国料理を中心とするアジアンフードでベトナムの青年が給仕してくれた。

小説(夢の中の逃走)

2019年07月14日 | 小説
   夢の中の逃走

  暗闇の中を走っていた。
  いつから走っているのか分からなかった。
  どこを走っているのか、どこまで走り続けなければならないのか、それも分からなかった。
 息が切れて苦しい。すぐにでも立ち止まりたかった。
  しかし、何か得体の知れないものが後ろから執拗に迫ってきた。
  それが何なのか、振り返ってみることができなかった。
 暗くて足元が見えない。道の先も見えなかった。
  どこへ向かって走っているのか、今、何時で、今日がいつなのかも分からなかった。
 足が空回りして思ったように進まない。足がもつれて転んでしまいそうだった。
  気ばかり焦り、追いつかれるのではないかと気が気でなかった。
  冷たい汗が幾筋も額を流れた。いっそ転んで、なるようになれと思っても、次の瞬間、何が起こるか分からない恐ろしさに、身の毛がよだつほどだった。
 足元が見えないのに不思議と道はまっすぐにどこまでも続いていた。
 ふと、何も見えない暗闇の中で何かに足をとられた。
  前に倒れこむ身体を支えようと足を前に出そうとしても、罠にかかった獲物のように足が動かなかった。
  倒れる身体を支えようと手を前に出したくても、両手が縛られたように自由にならなかった。
 頭から前のめりに崩れ落ちる。
  そう観念して固く目を閉じ、顔を横にそむけて歯を食いしばった。
  しかし、予想した衝撃はなく、ただ深い穴の中にすっぽり包まれるように落ち込んだみたいだった。
  身動きがとれないので、そのまま息を殺して追って来るものを待った。
 やがて、遠くから風の吹き過ぎるような音が聞こえてきた。
  それが段々大きくなって、風の音ではなく大勢の人間が叫んでいる声だということが分かった。
  声はますます大きくなっていった。無数の人間が死に物狂いで身体の奥底から発しているような声だった。
  その声が外でしているのか、それとも自分の身体の中でしているのか分からなかった。
  自分自身叫んでいたのかもしれない。走っている時より心臓が高鳴り張り裂けそうだった。
 その声は大地を揺るがすような最高潮に達した後、潮が引くように遠のいて行った。
  あとには深い闇と沈黙があるばかりだった。自分の心臓の鼓動だけが余韻のように響いていた。

 どれくらい時間がたっただろう。いつの間にか眠っていたようだった。
  目がさめると暗闇の奥に一筋の光が射していた。戸の隙間から居間の明かりが漏れているようだった。
  いつの間にか家に帰って来ていたのだ。
  深い安堵から大きく息を吐いて目を閉じた。
 頭といわず手足といわず全身が熱っぽく、意識が朦朧としていた。
  身体の芯で熱のかたまりが沸騰し、頭の中に過去のあらゆる時代の映像や音がこま切れにめまぐるしく入れ替わった。
 白衣を着た人が鋭く光る金属製の器具を握って何かをしていた。耳元で金属の触れ合う音が高く響いた。
  自分の胸から漏れる息が蒸気のように熱く湿っていた。意識の細い糸がもつれるように絡まった。 
  隙間の向こうで人の話し声がしたようだった。聞きなれたなつかしい家族の声だった。
  しかし、聞こえるのは途切れ途切れのつぶやきのような声で、何を話しているのか分からなかった。
 やがて、話し声が大きくなって、激しく言い争う声がしたと思うと、何かが壊れる音がした。食器やガラスの割れる音のようだった。
  暗澹たる気持ちで隙間から向こうを覗くと、家族だと思った二人はまったく知らない他人だった。
  自分がいつの間にか間違った場所に来てしまったことに気が付いた。
  しかし、ここへ来た道も方法も分からないように、ここから出て行く道も方法も分からなかった。
  どこへ行くという当てもなかった。

 身体の熱はいつの間にかすっかり下がっていた。まるで冬の大地のように冷たく凍りついたようだった。
 雨が静かに降っているようだった。いつから降っているのか分からなかった。
  ほんのり白んだ闇の中で、雨は永遠に降り続いているように思われた。
  夜が明けようとしているのか、それとも日が暮れようとしているのか分からなかった。
 狭いところに押し込められたように身動きができず息苦しかった。
  湿った土と枯葉のにおいがした。
  時間が静かに地層のように積み重なっていった。
 何か月たったのか、何年たったのか分からなかった。
  長い年月が過ぎて、ふと明るい光が頭の上に射したので見上げると、からりと晴れた青空が天まで突き抜けるように広がっていた。   (了)