旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

インドのインド人

2017年01月13日 20時26分19秒 | エッセイ
インドのインド人

 たまに古本屋で下川裕治氏のアジア物の本を100円で買う。それを読むとホっとして記憶がよみがえる。この手の記憶をたくさん持っていることは幸せだ。蒸し暑い亜細亜の夜に記憶を馳せて、再びあの中に身を置きたい。甘ったるい果実の香り、遠くで鳴るクラクションとゆっくりとした抑揚の人声、チチっと鳴くヤモリは蚊を追って忙しい。雨の匂いを含んだ風、ボヨヨンと締まりのない月。けだるくて甘くて蒸し暑い、亜細亜の夜。
 でもインドは自分にとってそれほどの魅力はない。タージ・マハルは見てみたいが、北インドのあの厚かましい人達とまたやり合うのは気が重い。だいたい彼らは視線がキツイ。真正面から表情も無く、視線光線を浴びせてくる。白目と黒目のコントラストが強い。放っておいてくれないかな。何でこんなに構ってくるの。インドからネパールに入ると、全身から力が抜けてホっとした。街を行き交う人々が、伏し目がちに視線を落としてすれ違うんだ。うわっやさしい国だと思ったよ。
 もっとも自分がインドをほっつき歩いていたのは40年も前のことだ。ここはソドムかゴモラじゃないか、と思ったカルカッタも今じゃ地下鉄が走っているらしい。でもたぶん今でもあまり変わらないのではないかな。インドでは街に女がいない。表を歩いているインド人は男ばっかりだ。それが嫌だな。東南アジアじゃ、元気なのは女ばっかりなのに。中東なら最初から分かっていることだけど。
 下川氏がインドで乗り合いタクシーに乗った時、珍しく女性、それもサリーを着た飛び切りの美人と乗りあわせた。オっと思った下川氏。ところがその凄みのある美人は氏に声をかけず目を合わせず、大きなトランクを下川氏のヒザの上にドンと置いた。下川さんは唖然として、従者のようにジっとしているしかなかった。
 ハハハ、これは俺には良く分かる。似たようなことなら2度目のインドで体験した。デカン高原のオーランガバードからボンベイ(現ムンバイ)へ向かう長距離バスの中で出会った。このバス、砂漠のど真ん中でエンコした。ドライバーと乗客、いったいどこから現れたのか地元の親父、ワーワーギャーギャー話しあうが、一体いつになったら動くやら。バスの中で座っているのにも飽きて、砂漠に寝袋を出して寝ることにした。
 もう夕方で眩しくはない。動き出したら起こしてくれ、と数人の乗客に声をかけ、荷物を目の前に立てかけて寝た。何時間たったのか。インド人に起こされた。「お前、よくこんな所で寝るな。そこら辺にスコーピオンがいるじゃないか。」「えっ、そういう事は先に言ってよね。」まだ暗いが時間は分からない。前に乗った別のバスで、目つきが変な(インド人なのに目を合わさない)男が隣に座り、4-5時間かけてこっちがいねむりした時にポケットから腕時計を抜き取った。中古のバッタ品で300円ほどのものだから、悔しくても別に惜しくはない。惜しくはないが、無いと時々困る。移動の時などだ。当時のインドの空港には、壁に全然時計が無くてまた驚いた。おっと話が長々と脱線した。
 エンコした長距離バスは、結局ボンベイまで半日は遅れ24時間以上かかった。のどが渇くよね。俺はその時、インドで買ったペラペラな水筒を持っていた。チビチビと節約して飲んでいたのだが、後ろから首筋を触ってくる指がある。触れるか触れないかくらいだから、最初は気のせいかと思った。振りかえると母親と二人の娘(小学生くらい)だ。この3人が二人掛けの後席から、険しい目つきで俺を睨み口に手をやる。後でバスのエンコによって時間が伸び、渇きに苦しむことを、その時は知らなかった。
 かわいそうだから、半分以上入っていた水筒を母親に渡した。「ありがとう」ニコっ、なんてリアクションは全然なく、ひったくられた感じだ。しばらくするとまた首すじをトントン。無言で空になった水筒を戻された。振りかえると、瞬きもせず、6つの目で睨まれた。

 誤解の無いように付け加えるが、インドでもとても親切な人はいる。感じの良い女性だっている。列車で知り合った30代の夫婦からは、費用はかからないからヨガの道場に行ってみないかと、熱心に勧められた。行ってみても良かったな。
 スリナガールへ行く夜行列車で乗り合わせたビジネスマン風のオジさんもいい人だった。僕ら(日本人4人、内女性が一人)がトランプの大貧民で盛り上がっていると、しばらくして声を掛けてきた。「君たち、それってお金を掛けているの?」怒られるかな、僕らはちょっと困って言った。「ハイ、掛けています。」「フーン、いくら掛けているの?」「1ルピーです。」「1ルピーか」両目を微笑でクシャクシャにしてオジさんは、スリナガールの街のこと、注意すべきことを、僕らにも分かるやさしい英語で色々と教えてくれた。

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