旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

アル・ゴスミ

2016年10月23日 17時49分10秒 | エッセイ
アル・ゴスミ

 うちのカミさんは山女、走女で仏女だ。走女っておかしい?でもマラ女じゃまずいべ。彼女はミャンマーで盛りだくさんのお釈迦様に感激し、意気投合したガイドのxx女史と一緒に片端から拝みまくった。今回のベトナムでは、ひれ伏して祈るスペースもなく、線香もあげられなくて不満だったらしい。やっぱミャンマーのパゴタは面白えー。
 自分はかろうじて仏教徒だから、お寺や仏像を見れば敬虔な心情も多少は出てくる。と同時に美術・芸術としても観賞出来る。キリスト教の神だの神の子だの原罪などには、さらさら縛られないから教会の彫刻・絵画・ステンドグラスを無心に楽しめる。ただキリスト教の知識が足りないので、意味とかまでは分からない。
 またイスラムのモスクのあの美しさ、心地よさ。あーうっとりするほど美しい。また行きてーなイスタンブール。サマルカンド、ブハラとシーラーズも行きてー。どっちかと言うと装飾過多で、人や獣がウジャウジャ、ゴテゴテと出てくるキリスト教会よりもモスクのドームの方がずっと気持が良い。教会の暗い廊下にある聖遺物コーナーとかを見るとゲンナリする。傍観者の幸せ、無責任の心地良さ。しっかし或る種の欧米人、特にフランス人は寺院とか仏像とかが好きだよな。
 逆にムスリム(イスラム教徒)をヤンゴンのシュエダゴーン・パゴタに目隠しをして連れて行って、一人にしてアイ・マスクを外したらどうだろう。ギェー!あまりのおぞましさに発狂しかねない。んな大げさな、と思うだろうがさにあらず。熱心なムスリムは、貧しい物に喜捨をしたら、いついくらを渡したのかを手帳に書き留める。最後の審判の時の申し開きに必要になるからだ。何せ一日に五回のお祈りだもんな。
 サウジ・アラビアには二度商売で行った。観光では行けない国だ。個人商社の年下社長と二人で行った。ジェッダではバハラスとババチン、リャドではアル・ゴスミとアル・ハジムが良いお客さんだった。でも可哀そうにイラク人のアル・ハジムは、湾岸戦争で商売が傾いた。他の三人はイエメン人だ。
日本の三大商人は「伊勢」「近江」「大坂」、あれ紀州は入っていないんだ。地中海ならフェニキア人、シルクロードはソグド人、あとユダヤ人にアルメニア人。古くから定評のあるブランド商人がいるよね。中東ではイエメン人が有名だ。あの小柄なイエメン人が、ダウ船に乗ってインド洋に繰り出し、ラクダに跨り沙漠を越えた。荷を東西・南北に運んで売り買いに従事した。
にしてもアル・ゴスミの店は汚い。広い店舗は上から下まで部品で埋まり、下の方の底近くの品などは重みで潰れかけている。棚卸を考えたら、気が遠くなる。他の客は小奇麗なオフィスで、コンピューターを見ながら商談をするのに、ゴスミの親父は店のカウンターに座って動かない。我々は折りたたみイスを出して、カウンターの横に座って商談をするが、客が次々に来て中断される。ゴスミの店はいつもお客で繁盛している。黒い連中がアフリカからも続々と買いに来る。何で隣の小奇麗な店に行かないのかな。
あっ、あのさ、アルは気にしないでいいからね。イスラム圏のアルは冠詞よ、theと同じ。アルコール(アルコホール)やアルカイダも同じ。アルハンブラ宮殿もそうだ。アルに意味は無い。アル・パチーノは名前だろうけど。
ゴスミは大男の爺さんで熱心なムスリムなので、おでこにそれは大きなお祈りダコが出来ている。最初に彼に会った時のことは忘れられない。俺は成田で買ったお土産を渡した。きれいな着物を着た小さなコケシ人形だ。五百円くらいの品だ。それを見たゴスミの反応は見物だった。大男が「オオー」とうなってブルブルと身ぶるいし、目を両手で覆ったのだ。えっ?小声でつつかれ、「xxさん、偶像崇拝」あっそーか。俺は慌ててコケシを引っ込め、同じ店で買った着物地のサイフ(金具でパッチン留める奴)に取り代えた。こちらは問題ないらしい。ホっとした。
オマーンの空港では、子供の土産として買ったダンボのビデオテープが問題となり、出国迄空港預けになった。これも偶像崇拝の問題。ダンボもいかんのか。なので彼らを、お釈迦様が林立する仏教テーマパークの如きパゴタに連れていったらどうよ、と思ったわけ。大げさじゃあないでしょ。
ジェッダのババチンは実にクレバーな男だ。俺の上司はババチンのことをババチーニとか呼んだが、イタリア人じゃああるまいに。加賀まりこだって、スペイン人が聞いたら、エッチな想像をするよ。ババチンの理詰めの交渉は半端じゃあない。ここは譲る、譲らないのせめぎ合いの時、俺はフっと思った。このsituation何だか学校の先生に採点されているようだ。それを口にしたら、ババチンもフフっと笑って何とか受注にこぎつけた。
一方のバハラスはサウジでの最大手だ。注文の額もでかいが、その要求と値引きの率も凄まじい。年は俺とさして変わらない三十代半ばだ。何しろ通常の他マーケットの半値以下を要求してくる。製造コストを割り込みかねない値段だ。しかしアメリカ市場で年間300個しか出ないのに、バハラス一人で一度に2,000個注文したりする。何で?トヨタのランクルやハイラックスが、アメリカで流行って郊外に行けばそればっかり、という事はないわな。ところが50℃になる過酷な砂漠では、7割の車がランクル、ハイラックスなのだ。年式が古いものも多い。ここ日本では鹿児島県の車は、修理の度合いが高い。桜島の噴煙のためだ。アラビアの沙漠の細かい砂が、車に及ぼすダメージは桜島の比ではない。あと特にジェッダはアフリカ諸国(ソマリア、エチオピア、スーダン、チュニジア、ナイジェリアetc)から大勢の客がパーツを買いに来る。これだけの数がまとまれば、製造メーカーにとっては大きな魅力だ。メーカーが部品の発注をする時の値引きも取り易い。クレージーな値段と大量注文の魅力。結局メーカーは安値でも引き受ける。しかし円高には苦しめられた。
バハラスとは縁が深かった。彼の家に招待されたが、ディズニーランドのシンデレラ城かと思った。透明なきついコーヒーを、小さなカップで御馳走になった。羊の肉を御馳走になった。これは噛んでも噛んでも無くならない。困った俺はトイレにいってそっと便器に流した。何だか香炉の煙を差し出すから、匂いを嗅ぐのかと思ってスースーしたら、服にたきこむものだった。
そのバハラスが日本に来て、俺たちのオフィスにやってきた。休日だったので女性がいず、会議室にポットを持ちこみ紅茶を出した。バハラスはその時の訪問が楽しかったそうだ。何でシンデレラ城の主人がティーパックの紅茶を気に入るのか分からん。全くお互いに何が効を奏するやら、知らないことが多い相手は面白い。一方ババチンは日本に来るのが嫌いだそうだ。あのオバQスタイルではジロジロ見られて嫌なのだと。シンガポールなら気にされないのに、と言っていた。

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