古代の日本語

古代から日本語には五十音図が存在しましたが、あ行には「あ」と「お」しかありませんでした。

古事記の「荏」

2021-07-18 22:16:56 | 古代の日本語

前回は、あ行の「え」を表わす漢字は「衣、依、愛、哀、埃、榎、得、荏」の八文字とされていて、古事記では「衣、依、哀、埃、榎、得」の六文字は日本語の音韻を記述している部分には使われておらず、「愛」は実はや行の「え」を表記していたということをお伝えしました。

そこで、今回は最後に残った「荏」という漢字について調べてみました。

この漢字は、「荏名津比賣」(えなつひめ)という人名に使われているのですが、『明解漢和大字典』(土屋鳳洲:著、石塚松雲堂:1926年刊)という本によると、「荏」の漢音は「じん」、呉音は「にん」で、「え」は訓読みですから、この「え」があ行に属するという証拠は存在しないと思われるのです。

というのも、『大日本国語辞典』によると、や行の「え」は平安時代の初期までは存在したものの、その後ことごとくあ行の「え」に変化したそうなので、古事記が書かれた時代には、「荏」はや行の「え」だった可能性があるからです。

このことは、古事記で音韻の表記に使われていない「榎」と「得」についても言えることで、「榎」の漢音は「か」、呉音は「け」で、「得」は漢音・呉音ともに「とく」ですから、仮にこれらが「え」の表記に使われていたとしても、それがあ行の「え」だったと断言することはできないでしょう。

ところで、昔は地名を人の名前として用いるのが一般的でしたから、この「荏名津」も地名に由来する可能性が高いと思われるので、同音の地名について調べてみました。

すると、『日本古語大辞典』には、摂津国住吉郡(現在の大阪市住吉区)の「得名津」(えなつ)という地名について、「江の津」(=入り江の港)の転呼であると書かれています。

「江」は、『日本語原』によると、や行の「え」であり、『大日本国語辞典』にも「江」がや行の「え」を表記する漢字であると明記されています。

もし、古代の人が「えなつ」という言葉から「江の津」を連想したのであれば、古事記に登場する「荏名津比賣」の「荏」は、や行の「え」に間違いないと思われるのです。

次回からは、日本紀について検証していきます。

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