『ついに現われた幻の奉納文 伊勢神宮の古代文字』(丹代貞太郎・小島末喜:著、小島末喜:1977年刊)という本の内容をご紹介しています。
今回は、本来なら「13」という番号が割り当てられている藤原千常という人物の奉納文ですが、この人は10世紀後半に活躍した武将で、弓削道鏡よりも200年ほど後の時代の人なので省略し、より歴史的価値が高い、次の和気清麻呂の奉納文をご紹介します。
【和気清麻呂の奉納文】
番号
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読み
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解釈
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古代文字の種類
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14
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とほつみおやのみたまよよのおやたちうからやか | 遠皇祖の御魂 代々の祖達 親族(うがらやか | 阿比留文字 |
りのみたまあめにのほりてかへりことまをしひの | ら)の御魂 天に登りて返り言申し 日の | 阿比留文字 | |
わかみやにととまりき わけきよまろふみ | 少宮に留まりき 和気清麻呂書 | 阿比留文字 |
この奉納文に書かれた文言は、日本紀にも使われているので、『日本紀標註』(敷田年治:著、小林林之助:1891年刊)という本を参考にして解説します。
まず、1行目の「とほつみおや」は、孝徳紀元年秋七月の條に「遠皇祖」の訓として使われているので、皇室の祖先を意味しているようです。
ちなみに、皇室以外の氏族の祖先は「遠祖」(とほつおや)と書かれています。
また、「うからやかり」は、顕宗紀元年の條の直前に「親族」の訓として「うがらやから」と書かれているので、「り」は「ら」の間違いだと思われます。(赤字の部分)
次に、2行目の「あめにのほりて・・・」以降に対応する部分は、神代上の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の最期の記事に、「登天報命仍留宅於日之少宮矣」と書かれていて、「あめにのぼりてかへりことまをしたまひき、かれ、ひのわかみやにとどまりましぬ」と訓がつけられています。
和気清麻呂は、『和気清麻呂公』(岡山県教育会:1940年刊)という本によると、天平五年(西暦733年)に生まれているので、この奉納文を日本紀(西暦720年完成)から引用して書いたことはとても自然なことだと思われます。
そう考えると、「登天報命仍留宅於日之少宮矣」という文章は、実は敬語を省略して「あめにのぼりてかへりことまをし、ひのわかみやにとどまりき」と読むのが正しいということになります。
また、全体の意味は、「皇室の祖先の御魂や、代々の祖先・親族の御魂は、(伊弉諾尊と同じく)天に登り、(神々に)あいさつを申し上げ、日の少宮に留まった」となります。
3行目の最後は奉納者の署名で、「わけきよまろ」に相当する人物は和気清麻呂と考えられますから、これまでと同様、氏(うぢ)と名の間に「の」を挿入することはなかったということが分かります。
また、末尾の「ふみ」は、単純に考えれば「文」ですが、「〇〇が書いた」という意味を考慮すると「書」という漢字を当てるのがふさわしいと思われます。(次図参照)
【「書」という漢字の意味】(土屋鳳洲:著『明解漢和大字典』より)
この奉納文は、日本紀の正しい訓読みと、和気清麻呂の正しい読み方を明らかにしていると考えられますから、これまでと同様、非常に歴史的価値の高いものであると判断できるのです。
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