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ゲルハルト・リヒター展

2022-08-15 15:06:03 | 一期一絵

ゲルハルト・リヒターの作品は2014年7月に「現代芸術のハードコアはじつは世界の宝である」展を鑑賞して知り、印象に残り気になる画家になりました。また、2年前に鑑賞した「」展ではガラスを組み合わせた作品を鑑賞し、表現の振幅の広さを楽しみました。

 ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)は1932年、ドイツ東部、ドレスデン生まれ。壁画制作を仕事にしていたそうです。そしてベルリンの壁が作られる直前、1961年に西ドイツへ移住し改めて美術学校で学んだそうです。現在90歳の第二次世界大戦を体験している現役作家であり、現代アートの第一人者。今回リヒター氏自身が会場のレイアウトをデザインして大規模な個展が開かれると知り、とても楽しみにしてました。

会場は一部を除き写真撮影可能で、私も作品をスマホで撮影しました。

 

作品は若いころ壁画制作をしていたからか、とても大きな作品が多く、また表現方法を時代とともに次々と変化させてました。 

気になった作品を載せます。

先ず。会場に入ると「アブストラクト・ペインティング」という絵具を大きな定規みたいなヘラで伸ばした作品と、「ガラスと鏡」を使った作品が展示されてました。その中から・・

 

「8枚のガラス」2012年 ワコウ・ワークス・オブ・アート

2年前に同じ国立近代美術館で開催された「窓」展にも展示されていました。周りの様子が前回と違って少しカラフルなので、反射するガラス面にも明るい色彩が映り印象が変わっています。

 

その最初の展示室の隣の部屋にアブストラクト・ペインティングの問題作がその同寸大の写真と向かい合わせに展示されてました。

「ビルケナウ」2014年 ゲルハルト・リヒター財団

この4枚の作品はアウシュビッツ・ビルケナウ収容所でゾンダーコマンドが密かに写した4枚の写真に触発され描いたと書かれてました。その4枚の写真も傍に展示されてましたが、この写真はこの展覧会で唯一の撮影禁止でした。

ゾンダーコマンドとは、帰宅してから調べてみたら・・・、収容されたユダヤ人の中から数か月の延命と引き換えにナチスが徴用した作業員だそうで、主に死体処理作業をしたそうです。その死体の中に家族や親しい人もいたそうです。ゾンダーコマンドに任命されたら拒否はできず死を意味したそうです。

展示された写真の撮影禁止は著作権という問題があるのと同時に映った内容の事もあるのだろうと思いました。どのような方法でカメラを手に入れたのか、それとも簡単な構造のカメラを手造りしたのか。白黒写真でピントはあまく、パッと見では長閑な写真に見えました。廃屋のような建物の窓の内側から、最初の2枚はただ地面と木陰が映ってるのみです。3枚目4枚目は視点があがり、写真の中央程遠くに小さくナチスの所業が写されてました。すぐには理解できなかったのですが、それは私の想像の範囲を超えていたからだと思います。長閑な風景の中にこの世の地獄が写されてました。この撮影がばれたら酷い結果が待ってたはず。ばれなくても、撮影した人物がその後どうなったのか。

後日、TV番組でリヒターの特集を見ましたが、これらの連作の絵は最初に写真の画像そのままを描き写して、その上に絵の具を塗り重ねたのを知りました。アブストラクト・ペインティングの下にアウシュビッツの地獄が潜んでいる。

 

 

 

この展覧会を代表する作品で、衝撃作でした。

 

次は「カラーチャート」を使った作品

 

「4900の色彩」2007年 ゲルハルト・リヒター財団

ドイツ統一を記念した連邦議会議事堂の壁画作品とケルン大聖堂のステンドグラスのデザインを依頼されたリヒターは、カラーチャート(色見本)を偶然に従って自由に組み合わせて色面を作る作品をデザイン。公共の建物と宗教施設に様々な色の取り合わせ作品は十分メッセージ性を持ってますね

 

次に写真をもとに描いた作品

「ヴァルトハウス」2004年 油彩 作家蔵

ピントのぼやけた写真をそのまま油絵にしてます。静かで少し不穏な雰囲気を持っていました。写真をもとにした作品は空爆されたケルンの航空写真をそのまま絵にした作品もありました。

 

「花」1992年 油彩 Collection of the Artist

花の写真を冷静にそのまま絵にしてます。生きている花というより花という物体を描いているように見えました。

 

「頭蓋骨」1983年 ゲルハルト・リヒター財団

この作品はもう「メメント・モリ」と言っていいでしょう。 リヒターの作品には他の作品もどこか死を感じさせます。

 

「モーリッツ」2000/2001/2019年 油彩 作家蔵

こちらは息子さんを描いた作品。1年後と19年後の息子さんのお顔を赤ちゃんのお顔に描き加えたので赤ちゃんのお顔が可愛いような癖があるような微妙な感じになってます。ちょっとユーモアを感じる愛すべき作品。

 

「エラ」2007年 油彩 作家蔵

娘さんを描いた作品。こちらは絵具が乾かないうちに刷毛のようなもので画面を横に撫でて、映りの微妙なブラウン管テレビのような効果を出してます。どこか儚くて霞のようで、手を延ばせば消えてしまいそうな危うさも感じます。でも十分に娘さんのかわいらしさや清楚な雰囲気が感じられ、ピンク系の色調にリヒターの愛情が感じられます。

 

「モーターボート(第一ヴァージョン)」油彩 1965年

広告の写真をプロジェクターでキャンパスに投影して描いた作品だそうです。なんてことはない広告写真を引き伸ばしてピントを甘くして描いたら、なんだか不穏な雰囲気を感じる絵になってます。モーターボートに乗ってる人物が享楽的なだけに怖い。

 

「ルディ叔父さん」2000年 作家蔵

リヒターの叔父を描いた油絵作品を写真撮影した作品。ルディ叔父さんは第二次世界大戦に従軍して戦死したそうです。撮影する際わざとピントをずらしてぼんやりとした画面になってます。遠い記憶の懐かしい人を思い出すときの頭の中の映像のようにも見えます。でも、戦争の記録を忘れないために絵にしたと思うし、撮影した作品も発表している。

 

「8人の女性見習看護師(写真ヴァージョン)」1966/1981年

アメリカのシカゴで起きた殺人事件の新聞に載った犠牲者の写真を引き伸ばしてます。何故いたましい事件の犠牲者をわざわざ、それも小さな写真から引き伸ばしたのか。なんで作品を再び手を加えたのか。この作品をこのblogに載せて良いものかとも思ったのですが、リヒターの制作活動のとても深い部分をこの作品が物語ってるように感じたのです。

リヒターは今や世界中が注目し活躍する第一人者ですが、第二次世界大戦を経験した記憶をずっと持ち続けている。ナチスが老若男女のユダヤ人を捉えていくところを目にし、市井の人々が意味を理解せずにユダヤ人に憎しみをぶつけていく様子をこの目で見てしまっている。真面目に善良に生きていても理不尽に命を奪われる世界を知っている。戦後も東西ドイツの分裂を経験している。命の儚さ、メメント・モリが作品全体から醸し出されているように感じました。

そしてどんなに大きな作品でも、わざとピントをぼかした作品でも、作品が生ぬるくなることなく生き生きして緊張感もあり、色も美しく、心惹かれる魅力を感じました。

 

「2021年7月17日」2021年 作家蔵

コロナウィルスが世界中に蔓延している中、リヒター氏はグラファイト作品を描いているそうです。グラファイトとは黒鉛の鉛筆状の画材。グレーの濃淡が美しく、直線が鋭く緊張感があってリヒター氏のセンスの良さを感じました。 

 

左の人差し指と親指だけでポチポチキーボードを打ってblogに記しましたが、念願の8月15日の終戦記念日にアップできそうです。

作品鑑賞後、会場を出て4階の眺めのいい部屋に入ってしばし休息しました。窓からは皇居の堀と緑が見えます。

そして空には先ほどのグラファイト作品のような雲がかかってました。


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