弁理士近藤充紀のちまちま中間手続35
拒絶理由 進歩性
引用文献1には、逆浸透法による海水淡水化に関して、海岸に掘った井戸から取水した水(「塩分を含む井戸水」)を逆浸透法により処理することが記載されている(第344頁右欄第1行-第10行)。
ここで、本願請求項1乃至3に係る発明と、引用文献1記載の発明を対比すると、以下の点で相違し、その余の点で一致しているといえる。
・逆浸透法による海水淡水化に関して、前者は「塩分を含む井戸水」と「海水」との混合水を処理しているのに対し、後者は「塩分を含む井戸水」と「海水」の各々を別途処理することは示されているものの、混合することは示されていない点。
上記相違点について検討する。
・逆浸透法による海水淡水化に関して、引用文献1に「塩分を含む井戸水」と「海水」とのいずれも被処理水として開示されている以上、取水箇所の地理的な近さ等を考慮し、これらの処理水を混合して逆浸透処理することは、当業者が適宜為し得るものである。
また、その際、「塩分を含む井戸水」と「海水」との混合割合を処理効率等を考慮し、適当なものとする、例えば20:80~80:20とする程度のことは、当業者が適宜為し得る設定的事項にすぎない。
効果について検討する。
発明の詳細な説明には、「スケール形成抑制に必要な酸添加量を低減させることができる」こと、「ホウ素除去設備を省略もしくは小型化することができる」ことの効果を主張しているが、「塩分を含む井戸水」、「海水」の水質はその取水箇所によって異なるものであって、例えば「塩分を含む井戸水」と「海水」の水質が、酷似している場合も想定できるものである以上、上記効果が必ず奏されるものとも、あるいは上記効果が顕著なものであるとも限らないことから、上記効果を参酌することはできない。
意見書
本願発明によれば、カルシウムイオンおよび重炭酸イオンを含み、スケール析出防止のためにpH調節が必要な塩分を含有する井戸水に、海水を混合し、該井戸水に対する海水の混合割合が20:80~80:20とし、得られた混合物を逆浸透法により淡水化するので、混合物中のカルシウムイオンおよび重炭酸イオンの濃度が上記井戸水中の両イオン濃度よりも低減させられ、これにより、スケール形成抑制のために上記両イオンの濃度に応じて添加される必要がある酸の添加量を低減させることができる。また、井戸水に海水を加えることにより、井戸での取水量を増す必要がなく、このため、取水量増加に起因する井戸水位低下や水質悪化を招くことなく、既設の井戸をそのまま利用することができる 。
引用文献1には、海岸に掘った井戸から取水した水(「塩分を含む井戸水」)を逆浸透法により処理することが記載されている。
しかし、引用文献1の方法では、「塩分を含む井戸水」と「海水」をそれぞれ別途処理しているだけで、「カルシウムイオンおよび重炭酸イオンを含み、スケール析出防止のためにpH調節が必要な井戸水」に「海水」を所定の割合に混合し、この混合物を逆浸透法により淡水化処理を行った本願発明とは異なっている。
また、各水を別途淡水化処理した引用文献1の記載に基づいて、本願発明のように、「カルシウムイオンおよび重炭酸イオンを含み、スケール析出防止のためにpH調節が必要な井戸水」と「海水」との混合物を淡水化処理することは、当業者が適宜なし得るものではない。
なぜならば、当業者に周知であるように、「海水」には、井戸水等の陸水に比較してホウ素が多量に含まれる等の問題点を有しており、他方、「井戸水」には、スケール形成の原因となるカルシウムイオンおよび重炭酸イオンが高濃度に含まれる等の問題点を有しているので、このような個別に特有の問題点を有するものを混合すると、一度の処理で、それぞれの問題点の両方に対処する必要があることが通常は予想されるからである。また、性質の異なるものを混合すると、各個別の処理の時には、予想できないような事態が起こり得るので、特に、大量の工業スケールで処理を行う当業者にとっては、技術的な裏付けあり、かつ、有意な効果が得られ、かつ、予想外の悪い作用がないことを確認した後でなければ、性質の異なる2種のものを混ぜ合わせるというような処理を行うことができない。
この点で、本願発明では、スケール析出防止のためのpH調整用の酸添加量が原水中のカルシウムイオンおよび重炭酸イオンの濃度に依存することに着目し、井戸水よりも上記両イオンの含有量が少ない海水と井戸水とを混合すれば、カルシウムイオンおよび重炭酸イオンの濃度を低減させることができることを技術的な裏付けとし、かつ、スケール析出防止のために必要な酸添加量を低減させることができることを有意な効果としている。さらに、実際に、「井戸水」および「海水」を混合し、これを逆浸透法による処理を行い、2種の性質の異なる水を混合しても、他の悪い作用が発生しないことも確認している。
したがって、本願発明は、引用文献1に基づいて容易に想到することができないものである。
さらに、上記両「水」を混合して、逆浸透法により処理すること自体が容易でないので、その混合割合を調整することも、当業者にとって容易ではない。
次に、本発明の効果についてより理解しやすくするため、地下水由来の井戸水にのみ重炭酸イオンおよびカルシウムイオンが高濃度に含まれ得る理由について説明する。
重炭酸イオンは、炭酸ガス(CO2)が(1)式に従い、水と反応して炭酸を生じ、さらにこれが、(2)式に従い、H+を放出する反応により生じる。
CO2 + H2O → H2CO3 …(1)
H2CO3 → H+ + HCO32- …(2)
上記(2)式の電離度は、非常に小さい(約1/1000)ことが知られており、炭酸ガスが存在するだけでは、水中に高濃度に重炭酸水素イオンが存在することはできない。
炭酸ガスの溶解度は圧力に比例して高くなるので、高圧力条件にある地下深部は、多量の炭酸ガスが地下水中に溶け込むために有利であり、上記のように電離度が極度に小さくても、地下深部では、相当量の重炭酸イオンを生じることができる。
さらに、地下深部には、石灰岩等の炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする岩石が存在している。このような炭酸カルシウムは、通常の水には、ほとんど溶けないが、炭酸ガスを含む水には、溶けやすいことが知られている。
すなわち、地下深部の高圧条件により通常よりも多量の炭酸ガスを含む水が、下記(3)式に従い、多量のCaCO3を溶解させる。
CaCO3 +CO2 +H2O → Ca2+ +2HCO3- …(3)
以上のように、地下深部の高圧条件により炭酸ガスが水に溶けやすくなっていることおよび地中に存在する炭酸カルシウムが炭酸ガスを多量に含む水に溶けやすいことの2つの特殊な条件が重なることによって、地下水由来の井戸水は、重炭酸イオンおよびカルシウムイオンを高濃度に含む。
これに対して、海水は、上記のような格別の条件下には置かれないものであるので、井戸水ほどには、カルシウムイオンおよび重炭酸イオンを含まない。
したがって、取水箇所が何処であったとしても、カルシウムイオンおよび重炭酸イオンの含有量は、井戸水のほうが、海水よりも高いので、「混合物中のカルシウムイオンおよび重炭酸イオンの濃度が上記井戸水中の当該イオン濃度よりも低減させられ、これにより、スケール形成抑制のために上記両イオンの濃度に応じて添加される必要がある酸の添加量を低減させることができる」という本願発明の効果は、取水箇所に拘わらず必ず得ることのできるものである。
特許査定
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