③加藤志水の日常
「益田さん、出来ました。チェックお願いします。」
加藤がプリントアウトした書類を益田に渡した。
「松田君、上手くなったわね。誤字脱字は大丈夫かな。」
書類を受け取った益田は言った。
これは、益田防犯研究所で頻繁に見られる光景だ。絢子が執筆作業をする中、加藤は、講演会の案内文やスケジュール表、参加者名簿等、絢子が下書きしたものをパソコンのワープロソフトで清書するのだ。
「手直しお願いします。」
加藤が作った文書を益田が修正箇所をメモして、再び加藤の手元に戻ってきた。
「了解しました。」
加藤は素直に受け取った。漸く、二人は現状のやり取りで仕事を進められるようになっていた。
加藤志水は、大卒ではあるが、高校入学から空手の選手として、スポーツ推薦で進学して来た。大学も同じように。
母方の伯父さんが空手道場をやっていて、物心着くと週に2回は道場に通っていた。そんな幼い頃は、加藤にとって道場は遊び場、親に連れられて来た公園と何ら変わりなかった。そして、毎年、空手大会に出されていた。型の試合が殆どで、小学一年から六年生まで優勝し続けた。いつからか、負けられないプレッシャーがのし掛かって来るようになった。大学入学前までは負け知らずだった。
大学に入学すると、ライバル達は強さを増した。流石に、加藤の連勝が止まるだろうと言われた大会でさえ、下馬評をひっくり返した。しかし、初めての敗北が訪れた。それは、日本代表として出場したフルコンタクトの世界大会だった。
その大会は体重毎にクラス分けされ、軽量級、中量級、重量級の3クラスに分かれてた。加藤自身の体重は中量級に値するものだったが、協会の方針で重量級にエントリーさせられた。それでも加藤は自信があった。絶対優勝すると誓い、試合に臨んだ。結果、外国人選手にボコズタにされ加藤は負けた。その試合で肋骨と頬骨の骨折を負った。
その後、怪我が治癒し国内大会に出場が可能になっても、世界大会の時に重量級で出るよう指示した、協会役員の佐藤は重量級でリベンジするよう急き立てた。その結果、大学3年から卒業するまで、どの国内大会でも優勝する事は出来ず、日本代表にさえ選出されなくなった。これは、あの佐藤による『加藤潰し』だったのだ。
その協会役員である佐藤は、加藤が幼い頃から通った道場の館長にあたる伯父、川上の先輩に当たる人物。2人は階級が一緒だった。現役時代、佐藤は川上に一度も勝てず、各大会の優勝は勿論、日本代表として世界大会出場も果たせなかった。佐藤は根強い逆恨みを抱いてた。
川上よりも先に現役引退となった佐藤は、賄賂や脅迫等、悪逆を尽くし、協会役員の地位を得た。また、川上が現役を退くと、協会の役職に付けないようにした。そのため、佐藤は周りからの評判は悪かった。しかし、具体的な不正は暴かれないように巧みな策略を練って動いてた。暴こうとする者が居なかった。佐藤と何か関係を持つと、奴隷的服従を受け入れるか、身を滅ぼされるかのいずれかだった。協会会長も手の施し様が無かった。
加藤が社会人となり、身体が周りの重量級選手に近づき、まだ、優勝は出来ずとも戦績が良くなって来た頃だった。ある国内大会の時、残念ながら準決勝敗退となったが、加藤本人は手応えを感じ、次大会への課題がみつかって充実した気分で大会会場を後にした。すると、駐車場での出来事だった。
「中田、これで五連覇か、加藤を潰しといて良かったな。でも、あいつ、重量級でも出て来たな。また、何かしないといかんな。」
嘗て、中量級で優勝争いをしていた中田選手に佐藤が言った。
「佐藤さん、宜しくお願いします。あいつ、次の大会ヤバイですよ。勝っちまうかも知れませんよ。」
中田は言った。
「そうなんだよな。あの糞餓鬼め。決めた、潰す。」
佐藤は言った。
「中田、佐藤さん、今の話、本気ですか?聞いちゃいましたけど。お前ら許さんぞぉ。」
加藤は叫ぶと、佐藤の顔に正拳突きを入れ、上段蹴り、中段蹴りを喰らわした。佐藤は倒れ、失神した。側にいた中田は突然の出来事に凍りついた。透かさず加藤は、中田に回し蹴りを放った。中田の下顎に入り、その一蹴で仕留めた。
少し離れたところから見ていた大会役員が駆けつけた。
「加藤さん、何してるんですか?」
大声で叫んで羽交い締めにした。一人は警察に電話した。もう一人は救急車を呼んだ。
加藤は一旦、逮捕された。事情聴取で佐藤が不正をしてる話しをしてのが原因と自供し、警察はその不正まで暴いた。しかしながら、協会側が無期限の大会出場を停止する意向を警察に伝えた。それが社会的制裁に当たる事と、加藤の反省の態度を考慮し、逮捕を無効にし、検察へ書類送検せずに済ませた。
一方、佐藤は協会から永久追放され、中田選手は、加藤が重量級に転向して以降の大会での優勝を剥奪し、これからの大会への無期限出場停止を課せた。
加藤の暴走のお陰で、空手界の膿を出す事が出来た。だか、加藤を支援する者が居なくなり、空手界から自ら、自然に去る事になった。その反面、加藤の暴走は、『加藤の正義の鉄拳』として語り継がれた。
「益田さん、文書上がりました。四〇部刷ればいいですか?」
益田の手直しを終えて、加藤は言った。
「えぇ、五〇部でお願いします。」
益田は答えた。
「カトちゃん、これどうしたらいいの?」
側のパソコンで別の文書作成をしてたサキが、加藤に聞いた。
「センタリングしたらいいんだよ。このマークをクリクックして。あっ、こないだも美里ちゃんに聞いてたよ。早く覚えなきゃ。」
加藤は、サキに言った。
「苦手なのよ、私。その内、覚えるわ。また、聞くかも知れないけど、怒らないでね。カトちゃん。」
サキは、加藤の太腿を摩りながら言った。
「うん、了解です。これ終わったら、トレーニングしよう。」
加藤はニヤけた顔で言った。
「終わったらいいわよ、サキちゃんあまり大声出さないでよ。気が散っちゃうから。」
二人の話を聞いてた益田は言った。
「はーい、分かりました。益田さんも一緒にどうですかぁ?」
サキは言った。
「おい、益田さん怒っちゃうよ。サキちゃん言い過ぎ。」
加藤は言った。
「私は嫌でーす。お二人でどうぞぉ。」
益田ははっきり自分の思いを言った。
「へへ、早く終わらそ。」
サキは、益田の声を聞いて呟いた。
加藤は、黙々と手直しを終えた文書を輪転機にかけて、一部づつ綴ってた。早く終わらせたかった。サキとは、トレーニングルームで、八卦掌を練習する。とても真剣に、1時間から2時間程稽古する。その後が、性欲の強い2人のお楽しみでで、シャワールームで汗を流しながら、また、別の汗を流すのである。最初は、益田は驚いたものの、姫子や美里に諭され、サキの性癖を尊重した。加藤は戸惑ってものの、割り切る事にした。逆に、サキがセックス依存症じゃないかと心配した程であった。
空手界のエースになりかけた頃とは、想像も出来ないような日常に変わり、加藤は不思議な感覚になる事もあった。しかしながら、確実に幸せを感じてた。何のプレッシャーも無く、頑張っても二郎達には敵わない。自分の弱さに呆れてしまいそうになった。しかし、そう言った敗北感を爽やかに受け入れる事が出来た。上には上が居るのだ。そんな思いで、自分自身を鼓舞出来てる事に気がついた。益々、幸福感が沸いた。
巧みに、身勝手に、自己中心的に犯罪を犯す人に嫌悪感が生まれた。こんな俺でも、悪人を裁いていいんだと思えた。しかし、それが、義賊的なのか、カルトなのか考える余裕は無かった。
加藤がプリントアウトした書類を益田に渡した。
「松田君、上手くなったわね。誤字脱字は大丈夫かな。」
書類を受け取った益田は言った。
これは、益田防犯研究所で頻繁に見られる光景だ。絢子が執筆作業をする中、加藤は、講演会の案内文やスケジュール表、参加者名簿等、絢子が下書きしたものをパソコンのワープロソフトで清書するのだ。
「手直しお願いします。」
加藤が作った文書を益田が修正箇所をメモして、再び加藤の手元に戻ってきた。
「了解しました。」
加藤は素直に受け取った。漸く、二人は現状のやり取りで仕事を進められるようになっていた。
加藤志水は、大卒ではあるが、高校入学から空手の選手として、スポーツ推薦で進学して来た。大学も同じように。
母方の伯父さんが空手道場をやっていて、物心着くと週に2回は道場に通っていた。そんな幼い頃は、加藤にとって道場は遊び場、親に連れられて来た公園と何ら変わりなかった。そして、毎年、空手大会に出されていた。型の試合が殆どで、小学一年から六年生まで優勝し続けた。いつからか、負けられないプレッシャーがのし掛かって来るようになった。大学入学前までは負け知らずだった。
大学に入学すると、ライバル達は強さを増した。流石に、加藤の連勝が止まるだろうと言われた大会でさえ、下馬評をひっくり返した。しかし、初めての敗北が訪れた。それは、日本代表として出場したフルコンタクトの世界大会だった。
その大会は体重毎にクラス分けされ、軽量級、中量級、重量級の3クラスに分かれてた。加藤自身の体重は中量級に値するものだったが、協会の方針で重量級にエントリーさせられた。それでも加藤は自信があった。絶対優勝すると誓い、試合に臨んだ。結果、外国人選手にボコズタにされ加藤は負けた。その試合で肋骨と頬骨の骨折を負った。
その後、怪我が治癒し国内大会に出場が可能になっても、世界大会の時に重量級で出るよう指示した、協会役員の佐藤は重量級でリベンジするよう急き立てた。その結果、大学3年から卒業するまで、どの国内大会でも優勝する事は出来ず、日本代表にさえ選出されなくなった。これは、あの佐藤による『加藤潰し』だったのだ。
その協会役員である佐藤は、加藤が幼い頃から通った道場の館長にあたる伯父、川上の先輩に当たる人物。2人は階級が一緒だった。現役時代、佐藤は川上に一度も勝てず、各大会の優勝は勿論、日本代表として世界大会出場も果たせなかった。佐藤は根強い逆恨みを抱いてた。
川上よりも先に現役引退となった佐藤は、賄賂や脅迫等、悪逆を尽くし、協会役員の地位を得た。また、川上が現役を退くと、協会の役職に付けないようにした。そのため、佐藤は周りからの評判は悪かった。しかし、具体的な不正は暴かれないように巧みな策略を練って動いてた。暴こうとする者が居なかった。佐藤と何か関係を持つと、奴隷的服従を受け入れるか、身を滅ぼされるかのいずれかだった。協会会長も手の施し様が無かった。
加藤が社会人となり、身体が周りの重量級選手に近づき、まだ、優勝は出来ずとも戦績が良くなって来た頃だった。ある国内大会の時、残念ながら準決勝敗退となったが、加藤本人は手応えを感じ、次大会への課題がみつかって充実した気分で大会会場を後にした。すると、駐車場での出来事だった。
「中田、これで五連覇か、加藤を潰しといて良かったな。でも、あいつ、重量級でも出て来たな。また、何かしないといかんな。」
嘗て、中量級で優勝争いをしていた中田選手に佐藤が言った。
「佐藤さん、宜しくお願いします。あいつ、次の大会ヤバイですよ。勝っちまうかも知れませんよ。」
中田は言った。
「そうなんだよな。あの糞餓鬼め。決めた、潰す。」
佐藤は言った。
「中田、佐藤さん、今の話、本気ですか?聞いちゃいましたけど。お前ら許さんぞぉ。」
加藤は叫ぶと、佐藤の顔に正拳突きを入れ、上段蹴り、中段蹴りを喰らわした。佐藤は倒れ、失神した。側にいた中田は突然の出来事に凍りついた。透かさず加藤は、中田に回し蹴りを放った。中田の下顎に入り、その一蹴で仕留めた。
少し離れたところから見ていた大会役員が駆けつけた。
「加藤さん、何してるんですか?」
大声で叫んで羽交い締めにした。一人は警察に電話した。もう一人は救急車を呼んだ。
加藤は一旦、逮捕された。事情聴取で佐藤が不正をしてる話しをしてのが原因と自供し、警察はその不正まで暴いた。しかしながら、協会側が無期限の大会出場を停止する意向を警察に伝えた。それが社会的制裁に当たる事と、加藤の反省の態度を考慮し、逮捕を無効にし、検察へ書類送検せずに済ませた。
一方、佐藤は協会から永久追放され、中田選手は、加藤が重量級に転向して以降の大会での優勝を剥奪し、これからの大会への無期限出場停止を課せた。
加藤の暴走のお陰で、空手界の膿を出す事が出来た。だか、加藤を支援する者が居なくなり、空手界から自ら、自然に去る事になった。その反面、加藤の暴走は、『加藤の正義の鉄拳』として語り継がれた。
「益田さん、文書上がりました。四〇部刷ればいいですか?」
益田の手直しを終えて、加藤は言った。
「えぇ、五〇部でお願いします。」
益田は答えた。
「カトちゃん、これどうしたらいいの?」
側のパソコンで別の文書作成をしてたサキが、加藤に聞いた。
「センタリングしたらいいんだよ。このマークをクリクックして。あっ、こないだも美里ちゃんに聞いてたよ。早く覚えなきゃ。」
加藤は、サキに言った。
「苦手なのよ、私。その内、覚えるわ。また、聞くかも知れないけど、怒らないでね。カトちゃん。」
サキは、加藤の太腿を摩りながら言った。
「うん、了解です。これ終わったら、トレーニングしよう。」
加藤はニヤけた顔で言った。
「終わったらいいわよ、サキちゃんあまり大声出さないでよ。気が散っちゃうから。」
二人の話を聞いてた益田は言った。
「はーい、分かりました。益田さんも一緒にどうですかぁ?」
サキは言った。
「おい、益田さん怒っちゃうよ。サキちゃん言い過ぎ。」
加藤は言った。
「私は嫌でーす。お二人でどうぞぉ。」
益田ははっきり自分の思いを言った。
「へへ、早く終わらそ。」
サキは、益田の声を聞いて呟いた。
加藤は、黙々と手直しを終えた文書を輪転機にかけて、一部づつ綴ってた。早く終わらせたかった。サキとは、トレーニングルームで、八卦掌を練習する。とても真剣に、1時間から2時間程稽古する。その後が、性欲の強い2人のお楽しみでで、シャワールームで汗を流しながら、また、別の汗を流すのである。最初は、益田は驚いたものの、姫子や美里に諭され、サキの性癖を尊重した。加藤は戸惑ってものの、割り切る事にした。逆に、サキがセックス依存症じゃないかと心配した程であった。
空手界のエースになりかけた頃とは、想像も出来ないような日常に変わり、加藤は不思議な感覚になる事もあった。しかしながら、確実に幸せを感じてた。何のプレッシャーも無く、頑張っても二郎達には敵わない。自分の弱さに呆れてしまいそうになった。しかし、そう言った敗北感を爽やかに受け入れる事が出来た。上には上が居るのだ。そんな思いで、自分自身を鼓舞出来てる事に気がついた。益々、幸福感が沸いた。
巧みに、身勝手に、自己中心的に犯罪を犯す人に嫌悪感が生まれた。こんな俺でも、悪人を裁いていいんだと思えた。しかし、それが、義賊的なのか、カルトなのか考える余裕は無かった。