K.H 24

好きな事を綴ります

義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。⑤

2020-01-22 23:42:00 | 小説
⑤困窮を裕福へ換えたい慈悲と凶徒

ある片田舎で、夜になると酔ってご機嫌なセレブな男達と外国人美女で賑わう4階建てのビルがある。逆に昼間は静まり返り、ビールに焼酎、ワインやウイスキー、鮮魚に精肉、そして野菜にお米等々、食材を運搬する営業用の1BOXの車が数台、そこを行き来するくらいだ。至って静かな空間である。
 この四階建ての内訳は、1、2階にキャバクラが数軒あり、高級寿司屋、焼肉店、小料理屋が1軒づつある。この3軒は恐らく、キャバクラからの注文に追われてるのであろう、客が少ないものの、厨房は料理を作り続けてる。
 3階は雰囲気が一変し、廊下は薄暗くて生臭い空気が漂い、個室が10室築かれている。玄関の上には、部屋番号が書かれており、その右側に縦に並んだ赤と緑のランプが取り付けられている。赤く光ってる部屋は人が入ってて、緑色は無人である。両方消えてる部屋では、外国語を喋る年配のご婦人方が清掃し、ベッドメイキングしている。まるで、ラブホのようだ。
 4階はベランダに洗濯物が干されてて、人が住んでる生活感が漂っている。1、2階が賑やかな時は、真っ暗な部屋が殆どで、灯りが点いてる部屋には、外国語での会話、笑い声がする。決して若くない声が聞こえて来る。
 実は、キャバクラのキャバ嬢達は、その外国人美女達だ。着てるドレス、化粧も派手で、スタイルが抜群の女性達。東南アジア系で肌は地黒だか、ピチピチでモチモチしてて、かなり若そう。けれども、派手な化粧で幼さは微塵も感じない。他には、白人で金髪、目が青やエメラルドグリーン、ライトブラウン、誰が見ても欧米系の女性達。この娘達は、目鼻立ちがはっきりしてて化粧は相対的に派手ではないが、ぽっちゃりした娘も混ざってて、膨よかさと色気満載で大人微ている。人数は少ないが、我々の身近でよく見かける親近感を匂わす娘達も居る。
 閑散とした風景に不釣り合いなこのビルは、世界中の女性が集い、異国情緒あふれ、成り上がった男達との酒池肉林の場と化している。
 一方、セレブな男達は、誰もが高級な腕時計をし、ネクタイにスーツ姿、カジュアルなジャケットとジーンズ姿。だが、左右の耳朶にはダイヤモンドのピアスをしてたり、太いゴールドチェーンのネックレスが目立ったり、キラキラ光を反射させる指輪も目に入る。しかし、そんな男達は、長時間は滞在せず、常に入れ替わり、タクシーが往来してる。
 そんな中、何組かの男女が時折、3階の個室に入ってく。真っ暗な部屋でカーテンや窓さえ閉めず、お盛んに勤しむ者達や、鞭がしなる音が聞こえたり、性欲に溺れる喘ぎ声が響きわたる。
 益田防犯研究所にそのビルの調査を警察庁から依頼があった。そのビルのオーナーやそれぞれの店舗のオーナー、従業員の身元や外国人美女達の入国方法等。何故ならば、売春の疑いや不法入国は勿論、人身売買されて働く10代の娘の存在が噂になっていて、そんな女性達を手配してるのが、暴力団が背後につく半グレ集団だと疑われてる。
 警察庁が直に接触出来ないのは、この地域出身の国会議員からの圧力がかかってるからだ。ただ、それだけでは強行してもいいのだが、この地域は、そのビルが出来る2年程前までは、過疎化が進んでた。自治体も経済的に困窮しており、破綻するのも時間の問題だった。
 なので、そのビルが建つと、経済が潤った。そして、人口も増え、運送会社やタクシー会社等も新たに設立され、過疎化が解消されたのだ。その地域住民もそのビルを永劫的に存在させたく思い、地元国会議員達に、働きかけていたのである。
 しかしながら、警察庁には、東南アジアの国々や欧州から人身売買で多くの少女が日本に流れてる疑いが有るとの情報を得ており、早く調査を始めたかった。右往左往するうちに、最終的には防犯研究所の監事である横井定幸まで話しが回って来た。そして、益田が名指しされ、二郎が調査する事になった。
 先ずは、このビルの運営に関わってる人物から調べた。ビルのオーナーは建設会社を他県で経営する有田公孟(きみたけ)で、その建設会社では不正な行為は見られない。合法的に政治資金を納めてる。しかしながら、有田の地元の国会議員の柴田克正は、この地域出身の議員、志村恒雄に育てられた経緯があり、建築業者としては、過疎化が進む地に四階建てのビルを建てるのにリスクがあるにも関わらず、柴田議員の説得でビルを建てたのだった。
 結果として、思いがけない収益が上がり、余計に柴田議員に頭が上がらなくなった。
 また、志村議員は、そのビルにキャバクラとファッションヘルス、いわゆる、箱ヘルを入店させたく、警察庁に過疎化解消になる旨、働きかけ、スムースに認可され易いよう根回しした。勿論、合法的であった。しかし、現実的には、3階の個室は、箱ヘルではなく、売春行為が当たり前の違法な営業形態を取っていた。
 その箱ヘルの従業員に登録された人物は架空なもので、キャバ嬢が客を誘ったり、客からキャバ嬢を誘ったり、他にキャバ嬢になれなかった女性達が、立ちんぼで、そのビルで遊ぶ男達や地元タクシー会社の運転手が他の繁華街から連れて来た男達を誘い、その部屋を売春で使ってた。
 そんな違法営業がまかり通ってると、必然的に問題も散在してた。例えば、性感染症や料金のぼったくり等が見られた。
 次に、キャバ嬢達を調べた。その方法は、シンジ君に交代して客を装い店に潜入し、直接キャバ嬢から話しを聞く事にした。恐らく、嫌々連れて来られた女性も居るだろうと踏み、雰囲気が暗かったり、よそよそしい女性を選ぼうと考えた。
「お客様、お1人ですか?私どもの店は初めてのご利用ですか?」
 黒のスリーピースのスーツに濃紺のワイシャツでノーネクタイ、ロレックスの腕時計を嵌めて入店したシンジ君に、ボーイが丁寧に接客して来た。
「ええ、初めてです。海外旅行に来たみたいだね。」
 シンジ君は楽しそうに答えた。
「はい、多くのお客様がそうおっしゃいます。では、システムを説明させて頂きます。お飲み物は、アルコールとソフトドリンクが飲み放題です。お食事やおつまみは別料金で、メニューはこちらです。60分、8,000円でご案内させて頂きます。指名料が2,000円で、最初は税込で11,000円となります。延長なさりたい場合は、30分単位で追加4,000円を頂戴致します。では、どの女の子になさいますか?」
 ボーイは歯切れ良く言った。
 シンジ君は、開店して直ぐに店に入った。女の子は選び放題だった。また、彼は、なかなかのマッチョだ。スーツ姿にせよ、一目で分かる。いつもの客とは違い、物珍しそうな笑顔を見せるキャバ嬢達が多かった。色気を出し、誘う表情をする娘達が多かった。
 その中でも、あまり笑ってない子を指名した。黒髪で地黒な肌だが、グロスが映えたピンクのルージュに、薄ピンクでブラとショーツも透けて見えるボディコンワンピースを着て、スレンダーだが、バストやヒップの曲線が綺麗な娘である。東南アジア系の娘と思われる。
「こんばんは、宜しくな。」
 ボーイにその娘と一緒に席に案内されて、ソファーに腰掛けシンジ君は言った。
「お飲み物は何に致しましょう。」
 ボーイが注文を取り、ビールを頼んだ。
「綺麗だね、ドレスが似合ってるよ。名前は?」
 シンジ君が聞いた。
「はい、キャンディーです。ウーロンティー頼んで、いい、ですか。」
 キャンディーはキャバ嬢達のルーティンになってる別料金、1杯1,000円のウーロン茶をたどたどしい日本語で頼んだ。
 中瓶の瓶ビールとそのビール会社のロゴが入った小さなコップ、氷が沢山入った細長いグラスにショート缶くらいの量しか入ってないウーロン茶が運ばれて来た。キャンディーは、小さなコップに瓶ビールを注ぎ、シンジ君と乾杯した。その時には、席が7割程埋まり、店内は賑やかになっていた。
「ここに来て、どれくらいになるの?」
 シンジ君は聞いた。
「ロクツキくらいデス。」
 キャンディーは答えた。
「日本語分かるんだ。結構喋れるな。」
 シンジ君は言った。
「ここにクルまえ、ふるさと、で、ペンキョウしましたぁ。ニネンくらい、ペンキョウした。きくのワカテきた。いうのムスカシイィ。」
 キャンディーは一緒懸命話し、空になったコップにビールを注いだ。
「ありがとう。それくらい出来れば凄いよ。故郷はどこなの?」
 シンジ君はまた、質問した。
「それは、イッタラためデス。シツモンぱかりするね。」
 キャンディーは答えた。
「そりぁ、そうだよ。こんな綺麗な外人さんと話してるだから、知りたくなるさ。」
 シンジ君は言った。
「はい、ワカリマシタ。ても、オシエ、ナイヨ。」
 キャンディーは少し怒った表情で言った。
「うん、分かった分かった。じゃあ、日本はどう?楽しい?どこか遊びに行った?」
 少し、質問の内容を変えた。
「日本は、オカネモチよ。あそびはゲェムだけ。日本のゲェム面白い。ニン、テンド、面白いヨ、トモラチとショブする、負けたら、ウェー。カタラ、イェイエイ、タノシィ。」
 キャンディーが打ち解けて来た。徐々に、幼く感じて来た。
「原宿とか行かないの?渋谷とか?」
 更に、質問した。
「アカリマセン。オゥ、ワカリマセン。ゲェム、チャナイ、時は、パミマ、ン?ファ、ミ、マ。アハハ、ヘタクソいうの。アハハ、ハハハ。」
 笑って誤魔化した。
「笑ったね。笑った方が可愛いよ。キャンディー、プリティーガール。アハハ。」
 シンジ君も笑った。
「オニさん、ヤサスィーネー。ヨカタ、ヨカタ。ビルない、また、ビルでいい?」
 瓶ビールを追加してくれた。
「いつもは、怖いの?怖い人、相手にするの?」
 尽かさず、聞いた。
「スクさわる。嫌だスクわ。怒る、スク怒る。キャンディー、笑いたい。ワラウ、タノスィー。」
 深くは答えなかった。
「こんな仕事は初めてなの?まだ、慣れてないか?」
 シンジ君は、キャンディーがまだ未成年か、10代前半に思えて来た。
「このシコトハシメテ。キャンディー、ピンボー、イエにオカネないよ。シャチョにイエにオカネ、オクルセル。ン?オク、ラ、セル。ハハハ、ハハハ、ペタキュそ。オカシ、オカシ、オモロイ、オモロイ。」
 シンジ君は、この娘からもっと聞き出せそうだと感じてた。
「キャンディー、お腹空いたな。俺、寿司が食べたいな。」
 食事を頼む事にした。
「オゥイェ、キャンディーも食べたい。スシィ、好き。ヤチニクオイシ、オイシ。」
 シンジ君はボーイを読んで、特上寿司2人前と焼肉プレートも2人前注文した。それぞれ、5,000円もした。そして、30分延長した。
 その後、ビールを3本呑み、キャンディーもビールを3、4杯呑んで上機嫌になった。
「オニさん、好き。ヤサシ、ヤサシ、カコイよ。キャンディーとサンカイ、ヘヤに行くか?イコよ、イコよ。」
 キャンディーがシンジ君の腕を抱き、胸を当てて誘って来た。シンジ君は、これを待っていた。もっと聞きだそうと考えた。
「おぅ、可愛いキャンディーと2人っきりになれるのか。いいねぇ。」
 シンジ君は嬉しそうに言った。
「マテテね。話し、して来る。」
 キャンディーもここぞとばかりの表情で、玄関側のカウンターの奥に入って行った。
 〝シンジ君、上手く行ったわね。どうしてここに来るようになったか、ちゃんと聞いてよ。社長が送金してるなんて言ってたけど、どうかしらね。眉唾物よ。〟
 歌音が言った。
 〝シンジ君、セックスは控えてよ。何か感染するといけないから。〟
 二郎は言った。
 〝えぇ、俺と代わってくれよぉ。〟
 佐助は言った。
 〝何言ってるの、3日前に翔子としたでしょ。病気が感染ったら、当分出来なくなるよ。佐助は静かにしてて。〟
 アヤナミに怒られた。
「お客様、ありがとうございます。キャンディーは301号室に向かわせました。このシステムは、このようになっております。」
 ボーイがメニュー表を開いて見せてくれた。60分25,000円、30分延長毎に追加料金10,000円となってた。
「じゃあ、90分で頼むよ。キャンディーちゃん良い娘だな。」
 シンジ君はボーイに言った。
「では、こちらでの料金も合わせまして、65,000円になります。お支払いはカウンターでお願いします。どうぞ。」
 ボーイにカウンターに案内され支払うと、一階の店から出て、エレベーターで3階の301号室まで案内された。
「お時間になりましたら、室内の電話に連絡させて頂きます。キャンディーが対応しますので。どうぞ、お楽しみ下さい。」
 ボーイは言うと、階段を駆け足で降りて行った。
「オニさん、オニさん。ビル、呑む?」
 キャンディーは若干、緊張して、飲み物を薦めて来た。
「おお、ビールで良いよ。2本頂戴。」
 シンジ君は言った。
 キャンディーは、冷蔵庫から2本の瓶ビールを取り、コップも2個、笑顔で持ってきた。
「サン、ゼン、エン、になります。」
 瓶ビールは高かった。
「僕は、瓶のままでいいよ。キャンディーに注いであげる。」
 シンジ君から一文字さんに代わり、コップにビールを注いであげた。キャンディーは動きを止めた。
「あり、カンパーイ。」
 シンジ君に代わりながら、乾杯した。
「驚いたか?僕は、特別な人間なんだ。でも、キャンディーを叩いたりはしないよ。安心して。ただ、もっと聞きたい事があるんだ。素直に話してくれるかい?とても、大切な事だから。」
 シンジ君から佐助、二郎、一文字さんに代わり、キャンディーの目を見つめた。
「は、はい、ワカリ、マシタ。」
 キャンディーは目が点になった。
「Do you speak English?」
 一文字さんは、英語で喋り出した。
「Yes.」
 キャンディーも英語で話して来た。
「How old are you?」
 先ず、年齢を聞いた。
「Sixteen.」
 やはり、10代だった。まだ、16歳だ。
 (一文字さん)
「Where did you come from?」
 (キャンディー)
「It's a small island in the southeast.」
 (一文字さん)
「What did come to? and,Who had been told here?」
 (キャンディー)
「My parents.」
 (一文字さん)
「What purpose are you?」
 (キャンディー)
「There is no purpose. Trafficking.」
 (一文字さん)
「It's hard. I'll help Candee. Keep this silent.」
 (キャンディー)
「I see.」
 (一文字さん)
「How many peopole, Trafficking?」
 (キャンディー)
「Many people.」
 一文字さんは、キャンディーから、人身売買されて連れてこられた事、沢山の人が売られて来た事が聞けた。出身地は最後まで言わなかったが、助けてあげると言ってあげた。
 キャンディーはしくしくと、声を抑え泣き崩れた。
 一文字さんは、佐助と代わり、この部屋のベランダから外へ抜け出した。その足で、このビルのオーナーで建設会社社長の有田の家に向かった。
 有田社長の自宅は、自分の会社の隣りに1年前に新築した、300坪もある敷地に広々した日本庭園も施した、3階建ての豪邸だった。
 レザーの黒い手袋をした佐助は、正に、忍者のように外壁に登り、庭に植えられた松の木の枝を伝って、最も簡単に家屋に侵入した。本人が居るのを確認し、まだ暗い、有田社長の寝室で待ち伏せた。
 2つのベッドの間にサイドテーブルがあり、出入り口より奥側が有田社長が使ってるベッドのようだ。そのベッドの枕が隣よりも大きく、カバーが茶系をしている。ドアが引き戸になっていて、その戸袋側にしゃがんで潜んだ。
 差ほど待つ時間は長くなかった。先に社長から入ってきた。少し遅れて奥さんが入ってきた。社長がベッドに腰掛け、腕時計を外し、スマホと共にサイドテーブルに置こうとした時、奥さんもベッドに座り、2人が向き合う状態になった。佐助は素早く、奥さんの背後に回り、口を押さえ、ナイフを喉に突きつけた。
「社長、騒ぐな。死ぬぞ。」
 奥さんは両手を広げたが、佐助の左腕は、奥さんの左の脇の下を通して口を押さえてたため、膝を立ててた佐助の右脚と左腕で奥さんを固めた。奥さんは佐助の左の掌の中でモグモグする事も止めた。
「なんだ、お前らは。」
 有田社長がいった。
「素直に答えろよ。お前が建てた、風俗ビルでキャバ嬢してる娘達は、どうやって手配してるんだ。」
 佐助からシンジ君に代わり、社長に聞いた。その時、腕や脚が太くなり、奥さんにかかる圧が強くなった。『うっ』と、一言、シンジ君の掌の中で声が漏れた。
「分かった、話すから殺さないでくれよ。志村先生のとこか。そこはヤバイぞ。お前、関わらない方が無難だけどな。あそこの、女達は、ロングタイガーって言う、永井虎将(とらまさ)って奴が仕切ってる半グレ集団が手配してるらしい。俺は、関わってないからな。俺は箱を建てただけだ。」
 社長は素直に言った。
「どの国から連れて来てるんだ。」
 シンジ君は、続けた。
「細かい事は分からない。本当だ。志村先生にも関わるなって言われてるんだ。本当だ。」
 社長は答えた。
「そうか。なんかあったらまた来るぜ。」
 シンジ君はそう言うと、奥さんの口を押さえたまま一緒に立たせ窓際まで行き佐助と代わり、奥さんを社長に突き飛ばし、窓を開けて2階の寝室から去った。
「あなた、なんなのあの男。」
 奥さんは、震えながら行った。
「分からんよ。もう、志村先生とは関わらない方がいいな。」
 有田社長は、奥さんを抱き寄せて、頭を抱えた。
 早速、一文字さんは、有田社長宅の近くのネットカフェで、永井虎将とロングタイガーを調べ始めた。案の定、ブログやホームページは見当たらなかった。しかし、SNSに永井やロングタイガーに関わってた内容と思われる投稿がいくつかあった。その内容は、『永虎さんに教えてもらったキャバ嬢サイコでサイコーだった』、『ロンタイは、時期に風俗界を制覇する』、『バクヤバ、ロンタイ。逃げるべし』、『ロンタイが、永虎が憎い、でも、手を出すなんて、何百匹ものピラニアが居る水槽に入るようなもんだ。アイツの僕は無限だ』。
 SNSへは、永井虎将やロングタイガーに対する投稿は賛否両論あった。一文字さんは、これら投稿者と会い、永井虎将の居場所を特定する事にした。
 〝二郎、寝てろよ。明日も仕事だからな。休んでてくれ。シンジ君、永井を悪く言う連中のGPSは反応しないんだ。この2箇所に行ってくれよ。〟
 一文字さんはシンジ君に言った。
 〝了解です。一文字さん。〟
 二郎をはじめ、他の3人も眠り始めた。一文字さんとシンジ君2人で探すのだ。そうすれば、もしも、朝までかかったとしても、4人分の体力で、翌朝直ぐにでも、二郎は仕事が出来る。益々、この6人衆は、人を超える能力が増強していた。
 一文字さんとシンジ君はSNSにあの投稿をした2人を探し出した。クラブに居た。手間はかかったが永虎のアジトとロンタイのメンバーが2、30人である事が分かった。定期的に人身売買の取引があり、『メス買い』と称し、港に集まるようだ。そこには、ロンタイ以外に2つの組織も来るようだ。そこまで分かると、永虎の顔を確認し、アジトの造りを把握すれば、ガサ入れや襲撃のプランが立てやすい。
 また、他には、殺人や強盗、窃盗、恐喝、覚醒剤の売買等も巧みに熟してる事もわかった。背後には暴力団はついてなかった。暴力団さえ、手が出せないようだ。この一帯のアンダーグラウンドを牛耳っていた。
 そして翌日は、永虎達のアジトを偵察する事にした。
 〝予想以上に、早く済みましたね。一文字さん。〟
 シンジ君は言った。
 〝そうだな。でも、シンジ君大人になったな。シンプルが良いな、聞き方とか。有田社長の奥さん、トラウマまではならないだろうよ。〟
 一文字さんが言った。
 〝そうっすか。一文字さんから褒められるなんて、照れますね。ハハ。明日は、アジトの近くからは、アヤナミ、歌音が良いですかね。〟
 一文字さんは納得し、シンジ君の成長に喜び、誇らしさすら感じてた。
 今宵は新月で、空を漆黒が覆ったが、地上の電灯がその艶を邪魔してた。その反面、シンジ君の心は自信に満たされ澄んでいた。助けてあげたい思いを胸に家路を急いだ。
 〝二郎、今日は女物の服も準備するんだぞ。〟
 翌朝、いつも通りの二郎が、チーズトーストとホットミルクで朝食を済ませ、身支度してるとシンジ君はそう言った。
 〝あぁ、そうだったな。ロンタイのアジトに行くんだったな。歌音、どんな服がいい?〟
 今日の仕事の段取りが頭を巡る二郎は、シンジ君に言われ、歌音に聞いた。
 〝あまり目立たない方がいいわね。会社員風がいいわ。上着は、二郎が来てる紺のジャケットでいいよ。パンツはベージュのやつで、白のカットソーにして。シンジ君、積極的ね。感心、感心。〟
 歌音が言った。
 〝いやぁ、昨日のキャンディーちゃんが忘れられなくてね。あっ、変な意味じゃないよ。故郷に帰りたいんだろうなって思うとさ。自分には目的が無いって言うからさ。〟
 シンジ君は答えた。
 〝家族の犠牲になったんだろうね。幼い兄弟が居るかも。シンジ君、大人になったわね。〟
 歌音が言った。
 〝一文字さんにも、同じ事、昨日言われたよ。照れますなぁ。〟
 シンジ君は、はにかんだ。
 〝じゃあ、忘れ物無いよね。行きましょうか。〟
 二郎がみんなに確認し、職場の大学病院へ向かった。
 大学病院では、午前中は外来診察を熟し、お昼は、休憩を取らず、ツナマヨと梅のおにぎりを食べながら、パソコンの前で論文作成に勤しんだ。その後、教授の病棟回診につき、とは言っても、患者さんの多くは、病室ではなく、デイルームで過ごしてたり、リハビリ室で作業療法を受けてたりしてる。隔離室に拘束されてる患者さんもいる。1人1人に問診等はせず、看護師や作業療法士等、病棟スタッフから情報を取り、行動観察が主で、勿論、会話が必要な患者さんも居る。2時間程、病棟内を診て廻る。
「先になります。」
 この日の二郎は、必要最低限の仕事を済ますと、16時半には大学から出て、永虎のアジトを偵察に行った。
 アジトは案外近くだった。廃棄された機械が転がる、元スクラップ工場で、電気、水道はまだ通ってるようだ。登記上は倉庫と申請されている。
 〝アヤナミ代ろう。公衆トイレあるから。〟
 二郎が言った。近くにあった通行人が少ないバス停近くの公衆トイレへ5m先からアヤナミに代わって入った。予想通り、綺麗ではない。素早く着替えて出て行った。
 錆びた金網フェンスで囲われ、その上には、錆びた有刺鉄線を張り巡らせている。しかし、金切鋏で簡単に切れそうなくらい劣化している。そのフェンスに沿って中を覗きながら歩いた。西の空がオレンジ色と白、水色、青、紺色のグラデーションがかかり始めると、建物の外壁にある照明がつき出した。その照明は5m毎に一つ20Wの蛍光灯が設置されてて、正面と後面には3箇所、側面には5箇所あった。また、出入り口は、正面に幅5m、縦2.5mの中央から左右に開く重量感ある引き戸になっている。側面の中央部にも同じ寸法の引き戸がある。後面には、左端には右吊元の一般的なドア、右端には左吊元の同じ規格のドアがある。建物の中は見えなかった。丁度、1周すると西空のグラデーションは消えていた。
 すると、1台の車、年式が古い車検に通らないようなセドリックが建物正面のフェンスの前に停まり、1人の男が降りて来て大きな錠前を外し、右側だけフェンスを中に押し開けて、車で入って行った。そして、正面の引き戸を左右あけ、中の照明を点けた。その中は、5m程奥に、スチール制のハイパーテーションが目隠しになっていて状況を把握する事が出来なかった。
 その後5分も経たない内に、1人で乗るバイクが4台、2人乗りが3台入っていった。次いで黒のクラウンが入り、男が5人出て来た。最後に真っ白でワックスが効き、照明の明かりを反射させる左ハンドルのキャデラックが入って来た。先に入ったセドリックやクラウン、バイクとは、差があり過ぎる高級感で、永井虎将が乗ってるのが直ぐに分かった。
 運転手が出て来ると、反対側の後部座席のドアに駆け出した。同時に助手席と左後部座席のドアが開き、男が1人づつ出て来た。そして、運転手が右後部座席のドアを開けると、スキンヘッドで大柄で、背中に、左向きで口を開いた金の虎が刺繍された白のジャージー姿の男が降りて来た。如何にも『我、永虎なり』と、言わんばかりのカリスマ性を漂わせてた。先に来てた男達は、1列に並び深々と一礼した。その時アヤナミは永井虎将をカメラに収めた。
 この男があのビルから、あの地域の弱みから、世界の貧困した家庭から、甘い蜜を容赦なく啜る凶徒。アンダーグラウンドの申し子だ。
 アヤナミは仕事を終えたつもりで帰ろと歩き出すと、1台のバイクがキック式のエンジンをかけて、出て行こうとしてた。即座に佐助に代わり、アジトから100mくらい離れた場所で、再びアヤナミに代わり待ち伏せた。
 バイクが近づく音とライトが見えた。タイミングを図り運転してる男に飛びついた。その男とアヤナミは、地面に叩きつけられるも、アヤナミが男の右腕を右耳につけ、自分の右手を男の顔の前から後頭部へ回してたため、着地する瞬間に袈裟固めで押さえ込んでいた。また、男の半キャップのヘルメットは、直ぐに脱げていた。男は、気を失った。バイクは左側にライトを抜けて倒れ、転がりエンジンが止まった。
 男を担ぎ、そこから20m離れた十字路を左に入り、ガードレールの柱を背に座らせ、自分の目から下をハンカチを結び隠して数回ビンタした。
「おい、お前。ロンタイのメンバーだな。」
 アヤナミが意識を取り戻した男に聞いた。
「な、なんだ、おお、おめえは。俺はロンタイだ。」
 男が正気に戻り動き出そうとすると、アヤナミは、左膝を男の右太腿の内側に当て、右足で男の左太腿を踏みつけ、左手で喉仏を握り、右手でナイフを持ち男の顔に刃先を向けた。
「次のメス買いは、いつ、どこだ。」
 アヤナミは左手を弛めて聞いた。男は考える表情を見せ、黙り込んだ。また、アヤナミは左手に力を入れた。
「素直に言え。死ぬぞ。」
 アヤナミは脅し力を抜いた。
「分かった、今、思い出してたとこだ。再来週の火曜、夜の11時、南港5番倉庫の前だ。そんな事聞いてどうすんだ。お前に邪魔なんて出来ねぇぞ。」
 男は言った。
「嘘じゃないな。」
 また、力を入れて聞き直した。男は頷いた。するとアヤナミは、素早く立ち上がり、右膝を男の顔面に入れ再び気絶させた。横に倒れた男の口を左手で開け舌を引き出し、右手のナイフで前1/3を中央部から縦に切りつけた。喋れないようにし、佐助に代わり、猛スピードで駆け去った。
 
つづく