K.H 24

好きな事を綴ります

義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。②

2020-01-12 00:32:00 | 小説
②神路三姉妹の覚醒

 神路姫子、美里、サキの三姉妹は、年子である。益田防犯研究所に入社した時は、姫子が30歳を迎えてた。
 姉妹のようで、友達のようで、パワーバランスが平坦である。長女は姫子、次女は美里、三女がサキである。それぞれが負けず嫌いで、それぞれが秀でた特技を持っており、それぞれ認め合い、珍しい姉妹関係と言える。
 長女の姫子は、手先が器用で幼い頃は貼り絵が好きで、小学校の夏休みの宿題の写生は、貼り絵を提出した程で、文部科学大臣賞候補に推薦された事があった。他には、裁縫や編み物、ビーズでブックカバーを作ったりもした。料理する事も上手く、相手の好みに合わせて、和洋中、作る事が出来た。
 中学生の頃には、ピッキングによる解錠を身につけていて、指紋や網膜、顔認証等で開閉する扉やICチップ、暗証番号を用いた電子制御の鍵以外は、解錠出来るのだ。
 また、性格は、物怖じせず、性別に関わらず、他者との関係性を穏やかに構築させる事が出来る。したがって、異性にセックスアピールさえ感じさせない程、スマートに他人と交わるのが得意だ。
 姫子の冷静かつ実直に物事を捉えられる事が、三姉妹の間に溝を作らずにいた要因である。
 次女の美里だか、次女なしからぬ次女で、内向的な性格だ。幼い頃から、なるべく人と関わるのを避け、1日の中で読書をする時間が多かった。そして、絶対音感を持っており、ピアノを弾く事が読書の次に好きな事だった。なので、姫子やサキ達と一緒に遊ぶ事も少なかった。しかし、美里が一度ピアノを弾き始めると、姫子とサキは、足を止めて聞き入った。
 美里の長時間の読書は知識を豊富にし、考え方をロジカルにし、ディベートではスマートに相手を論破する程だった。また、中学生の頃からは、各科目の教師さえ美里と討論になるのを避けた程だった。それと、高校生の時、プロの囲碁棋士となった。女流棋士の中では絶対女王だった。しかしながら、自分自身をマスコミに露出するのを嫌い、囲碁のテレビ中継があると、サングラスをかけ、大きなマスクで顔を隠したり、インタビューも全面的に拒否した。囲碁棋士や関連協会関係者からは嫌われ者であった。逆に、その秘密めいた振る舞いが話題を呼び、人気女流棋士としての座を誰からも奪われずに居た。
 三女のサキは、一言で言うと体育会系だ。スポーツが得意で小学校の頃はドッヂボール、ミニバスケットボール等で全国大会に出場し、中学の時は、陸上競技400m走で全国大会3位、走り高跳びで2位の成績をあげた。高校からはボクシングを始め、アマチュア女子日本チャンピオンになった。その後、キックボクシング、柔術を学び、武闘派になった。
 また、サキは、三姉妹の中でいちばん人懐っこく、男女に問わず、小悪魔的存在を演じ、相手を困らせては喜んでいた。しかも、色事が盛んで、ここでも性別は問わず、簡単にベッドインするのが日常的だった。
 この三姉妹の両親は、2人とも実業家で、父親、義宣は不動産業を営み、母親、麻里はベビー用品の会社を経営していた。また、姫子より4つ年上の兄、哲朗が居た。
 両親の会社は、それぞれ経営が安定した優良企業で、2人とも多忙であったが、4人の子供達への教育も手を抜かなかった。4人を比較する事はせず、個性を伸ばすように、褒める、叱るに減り張りをつけ子育てをした。義宣は、『よく考えて出来たね。ちゃんと責任を持って続けなさい。』と言うのが子供達を褒める時にしばしば使ってた台詞だった。一方、麻里は、『よく頑張って出来る様になったね。もしも、あなたと同じようにそう出来るようになりたいと言う人が居たら、丁寧に教えてあげなさい。』と、褒め称えた。
 そんな円満な家庭に育った三姉妹に闇を齎す出来事が、予見も無く訪れた。この出来事は三姉妹の絆を強くしたものの、心に鬼神を宿す事になった。
 兄の哲朗は、アメリカの大学に進学し、卒業後、ウォール街にある証券会社に勤務した。ここでは、世界の経済を学ぶ事が出来た。ここで働いた理由に、将来は父、義宣の会社か母、真里の会社を継ぐのを考えていた。出来れば、2つの会社とも継ぎたいとも考えていた。そして、5年後、役職に就き、順調にキャリアを積んでいた。そんな優秀な人材に、よくある事だが、他社からのヘッドハンティングの話しが来た。哲朗は、こんな事態に対して、自分の仕事が認められたと捉え自信を持った。と、同時にそろそろ日本に帰ろうとも考え、両親に相談した。
 その頃日本では、義宣の会社と麻里の会社の交流が始まってた。先ずは、懇親会に始まり、スキルアップ研修会等を合同で実施する事が増えていた。両社は、こんな試みで目に見える成果を挙げた。そして、多くの社員に好評で、義宣と麻里の信頼度が上がって行った。また、近い将来、両者が合併する、2人の長男である哲朗が社長を継ぐだろうと言った噂が流れた。
 しかし、こんな動向を良く思わない輩が両社に居た。その腹黒軍団がこの2つの会社を乗っ取ろうとしたのである。それは、義宣の会社の上層部、2名と麻里の会社の秘書室長と副社長の2名で、それぞれ2人の側近4人が企だてた。
 その方法が先ず、義宣にハニートラップをかけ、夫婦2人を離婚させようとした。
 麻里は確かに義宣に不倫の疑いを持った。麻里の会社に義宣が女性と手を繋ぎ、肩を抱き寄せ、Barから出て来る写真が、『あなたの夫は不倫してる。』と書いたメモ用紙が添えられ届いた。この封筒は、麻里の秘書室長が社長室の麻里の机に置いたものだった。しかし、麻里は全く相手にしなかった。男ならそれくらい、と言った態度を取った。
 一方の義宣は、実際には、トラップには掛かっておらず、麻里に送られた写真の女性に全く興味を示さなかった。その写真は、義宣がBarから出るのを見計らって、写真の女性が同時に店の玄関近くまで追いかけ、義宣の側で躓き、転びかけたところ、義宣が手を取り、肩を支え転ばないように助けてあげた瞬間の写真だった。恐らく、義宣はその女性の事は微塵も記憶になかった。だから、義宣は、その後も平然と振る舞っていた。この離婚に持ち込もうとした策略は直ぐに失敗した。
 その腹黒4人組は、義宣と麻里の隙を見つけ出す事が出来ずにいた。
 義宣と麻里は、そんな輩が居るのは気がつかなったが、いつ何時、敵が現れ、自分達の活動が妨害される可能性があると考え、警戒していて、相手にすると自分達が不利になるような誹謗中傷は無視する事にも慣れていた。
「義宣、こんな写真が送られて来てたわよ。この子、転びそうになったのよね。髪の毛がこの方向に垂れるなんて、あり得ないわ。あなたが支えてあげたのよね。こんなメモも一緒に送られて来たわ。笑っちゃった。」
 数週間後、麻里は義宣にその写真を見せた。
「全く、覚えてないよ。このお嬢さん、知らないよ。」
 義宣は、ほんとに記憶に無かった。
「そうよね。助けてあげるのは当たり前だからね。誰かしら、こんな悪戯するのは?一応、私が保管しとくね。」
 麻里は言った。
「うん、宜しく。」
 義宣はさらっと流した。
「それよりも、君にも連絡あった哲朗から?日本に帰りたいらしいよ。自信がついたから日本で試したいみたいだよ。」
 義宣は言った。
「あぁ、そんな事だったの、私は電話に出れなくてね。昨日の事かしら?あなたなんて言ったの?」
 麻里は聞いた。
「あぁ、昨日、電話があったよ。母さんにも連絡入れとけっては言った。それと、日本に戻るって事は賛成したよ。日本を離れて10年が経とうとしてるから、色んな事が見えて来たんだろうな。向こうでどんどんキャリアアップしてるみたいだから、向こうと繋がりながら日本で仕事していいと思うよ。」
 義宣は答えた。
「丁度良いわね。哲朗の腕の見せ所ね。姫子や美里、サキにも良い影響になりそうね。」
 麻里は言った。
 こうして、両親が言う『試してみて良いだろう。』と言う助言が、哲朗が日本に戻るのを決意させた。
「室長、私のフロリダ出張のスケジュール、変更出来ますか?帰りは長男と一緒の飛行機にしたいの、それと主人も一緒に。私的な事になるからフロリダでの日程は変更しないで、日本に帰って来るのが2、3日遅くなってもいいかしら?」 
 麻里は、あの秘書室長に調べさせた。この人物こそ、腹黒4人組の中でいちばんに、社長の麻里に対して、嫉妬を抱いてた坂浦美奈子であった。
「はい、社長。直ぐに調べます。これまでの予定では、社長が帰国して翌日は、商品開発部への報告会がありますが、今ならそれを5日後に変更出来ます。」
 坂浦はそう答えた。
「じゃあ、変更お願いしますね。でも、報告会の時に私が使う資料は、商品開発部にメールしますので、それも伝えてて頂けますか?」
 麻里は言った。
「かしこまりました。開発部にはそのように通達しておきます。では、フロリダからニューヨークまでの飛行機とホテル、ニューヨークから東京までの飛行機の手配は私にやらせて下さい。社長、フロリダでの準備もありましょうから。」
 坂浦は言った。
「ありがたいは室長。今度の出張は、私もプレゼンしないといけないから、久し振りの英語のスピーチだからね。じゃあ、ホテルは主人と泊まれる部屋で、飛行機はビジネスクラスで3人分お願いしますね。坂浦室長ありがとうございます。支払いは自分でしますから、予約済んだら言って下さいね。」
 麻里は笑顔で言った。
 坂浦はチャンスと思った。夫婦と長男も一緒になる。いっぺんに3人を貶めるとこが出来ると考えた。暴走した。
 成田空港に迎えに行かせた社用の車の右の前後のタイヤホイールのネジを緩めた。社用の車のホイールはアルミホイールではなく、ホイールカバーがされてるため運転手も気がつかなかった。
「お帰りなさいませ社長。」
 運転手の長谷川喜久雄が麻里に言った。
「お疲れ様です。長谷川さん。うちの人と長男も宜しくね。」
 いつも通りに麻里は言った。
「どうも、お久し振りでございます。旦那様、それと、哲朗さん。今日は私がご自宅までお送りさせて頂きます。」
 運転手の長谷川は、物腰低く、義宣達にも挨拶した。
「長谷川さん、宜しくお願いします。お世話になりますね。」
 義宣は言った。
「長谷川さん、お元気そうで、いつもお世話になってます。宜しくお願いします。」
 哲朗は言った。
 長谷川は何も知らず、車を走らせた。
 羽田空港から自宅がある田園調布までは一般道の国道375号線を通っても4、50分では到着出来る。しかし、この日は長谷川が気を利かせ、首都高湾岸線に乗った。渋滞する時間帯ではないから、そのほうが早く着くはずだ。そして、車もスピードが出せる。
 車内は、当たり前に部活が上司に気を遣い、当たり前にそんな部下に喜びを感じ、和やかな雰囲気になっていた。そして、東海JCTから一般道へ降りようと長谷川がハンドルを少し左に切った瞬間だった。
 右の前後のタイヤが外れ、JCTへ向かう道と本線とを別ける分離帯へ反転して車の屋根からぶつかった。そして、後方から来た大型の貨物トラックが本線にはみ出した神路夫婦達の車の後方に突っ込んで来た。トラックはぶつかって初めてブレーキを踏んだ。タイヤが摩擦熱で焼け焦げる匂いが立ち込めた。その勢いで神路達の車は、半時計回りに運転席と後部座席のドアの間を軸に駒のように回転した。天井が潰れ、フロントガラスをはじめ、全ての窓ガラスは粉々となり、破片とともに車内にある軽量な物体はそこから飛び散った。再び、後続車の真っ赤なポルシェが時速150kmで突っ込んだ。すると、神路達の車は半時計回りの回転速度が緩んだものの、横回転が加わり、車体が無限大の記号のように回転し、道路と車体の摩擦で火花を散らし、本線の進行方向へ飛ばされた。その火花が、小さな穴が空いたガソリンタンクから漏れ出すガソリンに引火し、大爆発を起こした。4人は即死した。
 大惨事になった。テレビのニュース番組で即、首都高速での大事故と放送された。トラック運転手はシートベルトの圧力で右鎖骨を骨折し、エアバッグで顔面打撲の怪我をした。ポルシェの運転手は、頸髄に中心性脊髄症候群、いわゆる、重度なムチウチを負った。またマスコミに爆発した車に乗ってたのが、神路義宣と麻里夫婦、長男の哲朗だったと認知されるや否や、情報番組でも取り上げられた。警察の発表が、車の右側前後のタイヤが外れたのが原因とマスコミが知ると、それらの番組では、CGやジオラマ風に模型で再現し、挙って、事故の解説を報道した。また、遺族の三姉妹の情報も各メディアで放送された。家の周囲は報道陣で溢れてた。姫子やサキが玄関を出ると、即座にマイクを向けられた。事故後の本人確認さえ、美里は出来ず、家に篭った。葬儀は義宣と麻里の会社が合同で社葬とし、その模様も報道された。
 三姉妹は混乱した。悲しんだ。恐怖を覚えた。いっぺんに、大切な家族を亡くし、その上、過熱したマスコミの報道に。放心状態、不眠が何日も続いた。涙は枯れ果て、衰弱した。
 こんな三姉妹の癒しになったのが、家政婦の三田村邦子だった。普段は自宅から通っていたが、邦子は三姉妹を案じ泊り込んだ。そして、邦子の夫が、食材から日用品の買い出し、邦子の着替え等を仕事を休み、運んでくれた。
 三田村夫婦は、子供に恵まれず、邦子は長男や三姉妹が幼い頃から家政婦として育児も手助けし、可愛らしい子供達をよく夫の一平に話し、聞かせた。我が子のように、喜びや両親が多忙で会えず、悲しむ事も共感してあげた。そして、三姉妹は、邦子に対して、いつでもなんでも言える唯一の大人だった。このように邦子は献身的に神路家に仕え、家族同然な唯一、血縁の無い人物であった。
 そんな状況の中、警視庁捜査一課から、益田、横井警部補が神路家を訪れた。
「三田村さんは家政婦さんですか。恐れ入りますが、今回の事故の件で、三田村さんと3人のお嬢さん達にお話ししたい事があります。お邪魔させて頂けませんか?」
 益田が言った。
「どうもご苦労様です。では、お嬢様達に声をかけてみます。何分、ショックが大きかったものですから、嫌がるかも知れません。その時は、お引き取り願えますか?」
 邦子は言った。
「はい、構いませんよ。無理にと言う訳ではありませんので。」
 横井が言った。
 邦子は、奥に下がり、姫子の部屋で沈み込んでる三姉妹に声をかけた。
「警視庁捜査一課。えっ、やっぱりただの事故じゃなかったの?長谷川さんが安全運転を怠る事はないばずだから。美里、サキ、話し聞いてみよう。」
 姫子が警察が来た事で、水を得た魚のように、目を大きく開き仁王立ちし、そう言った。
「この度は、ご愁傷様です。警視庁捜査一課から参りました、益田絢子警部補です。」
 絢子は、名刺を出しながら言った。
「同じく、横井定幸警部補であります。」
 同じように横井も名刺を出し名乗った。
 2人は名刺を邦子が案内したリビングのソファーのセンターテーブルの奥、2人が腰掛けるソファーの向かい側のソファーの近くに置いた。
「では、座ってお話ししましょう。三田村さんさん、私達のお茶とかいりませんので三田村さんもご一緒に聞いて下さい。」
 絢子が言った。
 三田村さんはふかふかの絨毯に正座をし、三姉妹と益田、横井はソファーに座った。
「では、私から。お嬢様方のご両親とお兄様の事故は、単なる事故ではなく、殺人事件の可能性があります。これには2つの理由があります。先ず1つ目、右側のタイヤが外れたのは人為的にボルトが緩められてた事がわかりました。2つ目、ガソリンタンクには、直径5mmほどの穴が空いてました。そして、簡単にガムテテープ1枚で補強されてました。強い衝撃が加わると、わずかであると考えますが、ガソリンが漏れやすい状況にあった事が言えます。これも人為的なものです。ですから、ご両親やお兄様が乗っていた車は誰かの手によって事故しやすいように予め細工されてた、と言う見方ができます。」
 益田が言った。
「そこでですね。みなさま方にお聞きしたいのは、誰かに、ご両親か恨まれる、もしくは、お兄様が恨ませると言った心当たりはないかと言うのをお聞きしたいのですが。」
 横井が言った。
「車にそんな細工をされてたんですか、本当ですか?」
 姫子が大きな声で聞いた。
「はい、鑑識によると、もしも、タイヤのネジが時間をかけて自然に緩むのであれば、サビや汚れがもっとついてただろうとの見解です。ガソリンタンクに関しては、小さな穴でありましたが、それを塞いでたテープが真新しいものでした。そして、その穴が放置されてれば、日頃からガソリンの減りが早くなって、日常的に運転してる者は直ぐに気がつき修理に出すだろうと言う見解なのです。」
 絢子は言った。
「殺されたのか、父さん、母さん、兄さんは。」
 サキが怒った表情で悔し涙を流して言った。
「そうですか、身近な人の犯行ですね。あの車は母さんの会社の車で、恐らく、兄さんがニューヨークから帰って来たのは、先ず、母さんの会社に入るからだと思います。母さんの会社は、フロリダのベビー用品の会社から日本での代理店の権利を得おうとしてましたから。兄さんは、ウォール街で頭角を上げてたようですし、次期社長です。それを好まない人がいるのでは?母の会社の、母の側近の人達にも話しを聞いたほうがいいですね。宜しくお願いします。」
 美里は、冷静にロジカルな意見を言った。
「あ、普段と違う事がありました。運転手の長谷川さんは羽田空港からだと、よっぽどの事がない限り高速は使いません。奥様の会社の秘書の坂浦さんから奥様達が帰ってくる日の午前中に電話がありました。哲朗さんが帰ってくるのに、姫子さん達が喜んでるだろうから長谷川になるべく早くご自宅に着くようにと言ったと。三田村さんも早く哲朗さんの顔が見たいでしょ。なんて事まで言ってました。その時は私の事まで気を遣って下さってと思ったので、嬉しくなったんですけどね。奥様や旦那様がわざわざ長谷川さんや坂浦さんに、帰りを早くなんて言うとは思えなし、坂浦さんからそんな連絡があったのは初めてでした。」
 家政婦の邦子は言った。
「分かりました。他に、私達に話しておきたい事はありませんか?」
 絢子は聞いた。
「では、我々はその秘書の坂浦さんに話しを聞いてみます。ご協力ありがとうございました。」
 横井が言い、絢子と共に神路邸を後にした。
「大丈夫ですか、姫子さん、美里さん、サキさん。警察の方々、思ったよりは気遣ってくれましたね。私、怖かったんですけどね。」
 邦子は安堵し、三姉妹に言った。
「邦子さん、ありがとうございます。直ぐに追い返さないで、私達に確認してくれて。」
 姫子は邦子に感謝した。
「私も感謝ですよ。色々、見えてきましたから。」
 美里は言った。
「邦子ばぁばありがとうね。流石、私達を分かってるね。」
 サキは言った。
 三姉妹は、再び姫子の部屋に戻って行った。
「益田さんと横井さんは、坂浦に会いに行ったかしら。ねえ、美里、確かめられる。」
 姫子は聞いた。
「うん、分かるわよ。もう調べてるわよ。」
 美里が言うと、麻里の会社のサーバーにハッキングし、防犯カメラから坂浦が会社に居るのを確認した。
「私、坂浦の家に行くね。証拠を隠してるはず。そしたら今夜、ケリをつけなきゃね。」
 姫子が言うと、黒川のつなぎに着替え、バイクで坂浦の家に向かった。
 坂浦の家は、築年数は古いも、アンティークなお洒落な造りの3階建てのアパートで、エレベーターさえない。姫子にとっては好都合だった。簡単にピッキングで鍵を開け、部屋の中に忍び込んだ。
 証拠は直ぐに見つかった。台所の床下収納の中のぬか漬け壺の下に木箱があった。その中にはL型ボックスレンチと錐と金槌、ガムテープが入っていた。姫子は、木箱は残し、その中身と、そこにあった果物ナイフを持って、自宅に戻った。
「ほら、これが証拠よ。あの女やってくれたわよね。許さない。」
 姫子は自分の部屋に入ると、美里とサキにそれら見せた。
「姫子、丁度、今、益田さん達が会社出ていったわよ。」
 サキが言った。
「美里、坂浦に電話して。」
 姫子が言った。
「坂浦さん、美里です。今、お電話いいですか?」
 直ぐに電話をかけた。
「はい、宜しいですよ。どうかされましたか?」
 坂浦は聞いた。
「母さんの部屋を整理してたら、会社関係の書類が出てきたの。会社の封筒にマル秘のスタンプが押されてるんです。それ以外は何も書かれてないです。でも、書類が入ってて、ちゃんと封もされててね。坂浦さん、まだ会社にいらっしゃいます。私が確認しなくていいと思ったので、これから届けようかと思いまして。会社にとって重要なものなら、早い方が、何かあったら直ぐに対応した方がいいですよね。」
 美里は上手い嘘をついた。
「そうですか。私も何かわかりませんが、会社で確認した方がいいですね。これからいらっしゃいますか?では、秘書室で待機してますので、宜しくお願いします。」
 坂浦は言った。
 姫子と美里は、会社の玄関から秘書室までの動線に設置されてる防犯カメラを確認した。そして、美里はノートパソコンで、会社のサーバーにハッキングした。サキは、会社の封筒にマル秘のスタンプを押し、白紙の便箋を入れ封をした。姫子が取ってきた果物ナイフを紙に包んだ。
「準備はいいわね。行くぞ。」
 姫子が怖いほどの真剣な顔で言った。
 サキが車を運転し、会社の近くのコインパーキングに車を止めた。3人は堂々と会社の玄関から入って行った。美里は玄関先の防犯カメラの録画を止めていた。次に受付近くのカメラの録画を止めた。このように、秘書室に着くまでカメラの録画を止め、秘書室に入った。
「坂浦さん、お疲れ様です。」
 坂浦が座っている机を3人で囲んで、美里が言った。
「わざわざ、お3人で、」
 坂浦がそう言いかけると、姫子は坂浦のアパートの台所から持ってきたL型ボックスレンチと錐、金槌、ガムテープを一つづつ机の上に並べていった。同時に、サキはあの果物ナイフを坂浦の顔に向けた。
「お前だったんだだな。私達の大切な家族を殺したのは。長谷川さんまで巻き添いにしやがって。」
 サキは言った。その言葉に坂浦は身体が震え出した。
「あんな事故になるとは思わなかったのよ。ごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで。」
 声も震えてた。
「あなた独りでやったの?」
 姫子は言った。
「は、はい、いいえ、田中常務、鈴木常務、植田副社長の指示です。はい、そうです、そうです。」
 坂浦は言った。
「嘘ですね。確かに、あの3人なら、父や母、兄を陥れようと考えるとは思いますが。最初は4人で企んだのですね。今回はあなた独りね。3人には話しましたか?」
 美里が氷の刃のように冷ややかな目をしてそう言った。
「はい、い、いえ、はい、今回は、わ、私が。」
 坂浦がそう言うと、サキが封筒を出し、開封する様に言った。坂浦は震えながら封を開け、中の白紙の便箋を広げだ。
「ペンを持ちなさい。」
 姫子が言った。
「私が言う通りに書くのよ。始めて。今日、警察の人が来ました。」
 坂浦は字も震えてた。
「私の卑しい心が社長達の命を奪う事になってしまいました。自分が怖くなりました。」
 サキは涙を流した。
「ここにある道具でタイヤのネジを緩めて、ガソリンタンクに穴を開けました。死んでお詫びします。」
 坂浦はペンを止め、正面に居る姫子を見た。
「まだよ、続けるわよ。田中常務、鈴木常務、植田副社長、私達の目論みは叶わないようです。どうか、今後の会社のために、ご尽力下さい。秘書室長、坂浦。」
 坂浦が書き終えると、サキが果物ナイフを左手に持たせた。
「ペンは持ったままよ。」
 姫子は言い、美里と共に、サキの後ろに身を隠した。サキは自分の手でナイフを支え、刃先を坂浦の右側の顎と首の境目、外頸動脈と内頸動脈に刺さるように向けた。
「しっかり握りなさい。」
 サキが大きな声で言うと、坂浦は驚き力が入った。その瞬間、ナイフの刃先から5cm程刺さるように突き刺し、ナイフが抜けるように素早く手を離した。すると、坂浦の右斜め前方に勢いよく血が吹き出した。
 その血吹雪は、机の上の便箋の右上の角にも飛び散った。動脈血であるばかりに、鮮明な深紅だった。
 その後、田中常務と鈴木常務、植田副社長は、任意の取り調べを受けるが、今回の事件には関与してないのが分かった。しかし、取締役会や株主から責められて、退職金無しで辞職に追いやられた。
 その後、神路三姉妹は、巧みで身勝手な自己中心的な犯罪者を憎み、そんな犯罪と出会うたびに犯人達を朽ち果たした。
 三姉妹は義賊なのか、それともカルトなのか、覚醒した。


義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。①

2020-01-07 16:03:00 | 小説
①警視庁捜査一課益田絢子警部補
 
 益田絢子警部補は、父親である紘明の後を継ぐように警察官になった。父親は所轄の刑事部で巡査部長だった。優秀な実績を持つも謙虚さが勝り、昇進を望まず現場主義の人間だった。残念な事に、若くして凶悪な殺人犯の逮捕時に殉職してしまった。
 犯人に手錠をかけ、他の捜査員に応援の連絡を取った時、刃渡り6cmのナイフで胸部と腹部を数10回刺され意識を失った。その後、犯人が益田巡査部長の手首を切断しようとしてる時、応援に来た数名の警察官が犯人を取り押さえ、手首の切断を免れた。その時に益田巡査部長と組んで捜査をする事が多かった、相棒的存在である本庁の横井警部補も駆け付けていた。横井は犯人を自分の拳が折れるまで、犯人の顔が変形するまで、意識が無くなるまで、殴り続けた。バキバキ音を立てていた。これは、紛れも無く、怒りの感情が噴出した過剰攻撃であった。その後の横井警部補の逮捕時の行為が問題となり、半年間の謹慎処分を課せられる事になった。
 凄まじい逮捕劇の後、益田巡査部長と犯人の男は共に救急搬送された。益田巡査部長のみ出血多量で死亡した。絢子が21歳、大学3年生の時だった。
 絢子は、父親の仕事振りは尊敬していた。事件の捜査が始まると、自分よりも歳下ながら、階級が上で捜査一課の横井定幸警部補と協力し合っていた。時々横井が家に来て晩酌を共にした。それを見る絢子の目には、2人が名コンビに映った。しかしながら、時折、傷を負って帰宅する父親を心配せざるを得なかった。致命的な負傷を負って欲しくなかった。それは、献身的な母親橙子の姿を見ていたからだ。
 しかし、その心配はただ自分を不安にするだけで、有ってならない事態を迎えたのだ。
「奥さん、お嬢さん、益田巡査部長は殉職されました。犯人逮捕時に。」
 予測しないタイミングで横井警部補が益田の自宅に訪れた。両手に包帯を巻いて、大粒の涙、大量の鼻水を流しながら。
「ご、ご主人様を迎えに行きましょう。ご準備願います。」
 横井の隣りに立つ制服警官が絢子と母親の橙子にそう言い、深々とお辞儀し、涙を地面にぽとぽと垂らし、その姿勢を取り続けた。
「はい、ご苦労様です。わざわざ私達を迎えに来て下さってありがとうございます。少しお待ち下さい。」
 橙子は、横井達と違い、凛とした姿勢で、覚悟が出来てたかのようにそう言うと、私の手を取り、奥に入った。
「絢子、頑張ったお父さん、迎えに行こう。着替えるね。あなたも恥ずかしくない格好に着替えるのよ。」
 母親は、絢子に目を合わさずそう言った。
「うん。分かった。」
 絢子は震える唇を、声まで震えないように力の入った小さめの声で答えた。怖さに押し潰されそうだった。
 病院に到着し、霊安室に入ると、益田紘明は顔に白い布を被されていた。その布を開き顔を見ると、穏やか表情をしてた。
 絢子は泣き崩れた。少し遅れて橙子が泣を流した。何の言葉も発しない。ただただ、涙を流すばかりだった。
「この人は、犯人を逮捕して、手錠をかけて安心したのよ。きっと。最後まで仕事が真っ当出来たのね。お疲れ様でした。絢子、誇りを持って、お父さんを連れて帰るよ。涙は拭きなさい。」
 橙子は絢子にそう言った。
「ありがとうございました。」
 側に居た横井警部補はそう言い、制服警官と共に、再び深く一礼した。
「奥様、急な事、たいへんお悔やみ申し上げます。葬儀社の滝元と申します。この後は、ご自宅で、お通夜されますか?それとも弊社の施設をお使いされますか?」
 優しく穏やかに聞いて来た。
「はい、自宅で。」
 橙子は答えた。
 霊柩車で益田紘明の棺は自宅へ運ばれ、絢子と橙子は葬儀社の滝元の車で後を走った。
 自宅に着くと、葬儀社の社員達がお通夜の準備をしてくれた。程なくして、紘明の勤務する警察署の署長も駆け付けた。
「奥様、お嬢様、益田巡査部長の活躍で今回の事件は解決出来ました。しかしながら、非常に残念でなりません。また、お二人には、とても申し訳なく思っております。すみませんでした。私は、いわゆる、キャリア組でありまして、益田巡査部長には、刑事と言う仕事を沢山学ばせて頂きました。心から感謝致しております。突然な事ではありましたが、お二人は深くお悲しみかと存じますが、私達は、益田紘明巡査部長の思いを継いで日々精進して参ります。誠に、ご愁傷様です。」
 涙のスジを何本も頬に流して署長は言ってくれた。絢子は、改めて、父親の偉大さを痛感した。そして、自分自身は被害者のみならず、その家族、友人等まで心傷を負わすような犯罪の予防、早期解決を念頭に置いた警察官になる事を誓った。
 時な流れ、絢子が警視庁捜査一課に勤務し始めた数年後、ある男女の死体が古びたアパートの一室で発見された。その現場の見た目は、男が自殺し、女が後追い自殺したような現場であった。
「定さん、凄い自殺の仕方ね、男の方。」
 絢子が横井警部補に言った。
「何だか、わざわざこんな手の込んだロープの使い方しなくてもいいのにな。」
 それは、外開きの勝手口のドアノブにロープを巻きつけ固定し、1.5m程そこから離れた場所にある洋服箪笥、高さ120cm、横幅95cm、奥行き40cmのサイズの箪笥にそのロープを上から回して、勝手口とは反対側の箪笥の側面に背中を付けて首を吊っていた。
「この女も勇気あるよ。自分でしっかり頸動脈をナイフで切ってるよ。」
 横井警部補が言った。
「不自然な気がするけど、よっぽど男の死にショックを受けたのかしら。」
 絢子は言った。
 捜査を進めていくと、男の死亡推定時刻が昨夜の20時から23時の間で、女はその日の10時から13時の間だったのが分かった。そして、男の死亡した時間帯には、これと言った目撃証言は無かったが、15時頃にその男が小学校低学年くらいの男の子と手を繋いで部屋に入って行った目撃証言はあった。また、今朝は9時頃に、女が小学校低学年くらいの昨日とは別の男の子を連れて、部屋に入って行き、数分後に直ぐにその子と一緒に出て来たが、再び部屋に入って行った。2、3分後には女が連れてきた男の子が独りで部屋から出て行ったとの目撃証言が、その男女の死体が発見された部屋の真向かいにあるアパートの住民からあった。
 その男女は、運転免許証を持ってたため、身元は直ぐに分かった。そして、夫婦関係でない事、女には、会社員の夫と中学生、小学生の2人の息子が居る事。自宅の所在地が直ぐに分かった。すなわち、2人は不倫関係だった可能性があり、男の遺書はなかったものの、自殺し、その亡骸を見た女が後追い自殺した、と、推理された。それぞれの遺体には、争った形跡は微塵も無かった。
 よって、先ずは、女の夫に、女が死亡した事を報告しつつ、事情を聞く事にした。
 自宅へ電話を入れたが誰も出なかった。しかし、子供が独りだけポツンとテレビの前に座ってた。
 女の夫の会社に連絡を取り、署に来てもらい身元確認させた。
「妻です。こいつまだこの男と浮気してたんですね。罰当りだ。」
 死亡した女、林田久美子の夫、大輔が言った。
「不倫関係にあったんですね。いつ頃からですか?」
 横井警部補が聞いた。
「もう一〇年以上も前ですよ。そして、子供が出来て、久美子にとっては次男ですね。うちで引き取ったのですが、私には愛情が持てませんよ。久美子も嫌になってたみたいで、昨日の朝、その坊主を金山が連れてったんですけどね。その餓鬼は今朝早く戻って来てたので、久美子にどうにかしろと言いました。私が知る限りの事はこんなもんです。」
 大輔は言った。
「長男の蒼一郎君は、学校をさぼりがちみたいで、次男の二郎君は不登校ですね。二人のご子息の学校に問い合わせたのですが、家庭内も上手く行ってなかったのですか?」
 絢子が聞いた。
「何でそこまで聞くんですか?私は女房と金山との事は関わってませんから。おのメス豚は専業主婦だ。それと、俺が養ってやってたんだ。二郎が生まれて、俺とあの女の関係は破綻したんだよぉ。蒼一郎のために離婚しなかったんだ。子育てをあの女に任すしかないだろうがぁ。俺は外で稼いでるだぁっ。」
 大輔は声を荒げて怒鳴った。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。では、旦那さんは、子供達を無視してた訳ですね。これも虐待になります。そう捉えて構いませんか?」
 横井警部補が聞いた。
「二郎は俺の子じゃないんだ。そりゃ、俺には責任ないだろう、認知もしてねぇよ。金山が認知してた筈だ。蒼一郎はちゃんと話をしたし、小さい頃は遊んでやってたさ。虐待にならねぇだろう。喰わせるために、あの糞餓鬼の分も稼いでたんだよ。」
 また、大輔は怒鳴った。
「一応、虐待になります。それと、久美子さんの死因は、頸動脈をナイフで自ら切ったための出血多量でした。しかし、身体中には殴られて出来た内出血が多数ありました。これは生前についた傷と判明してます。これはどう言う事ですか?DVと捉えておかしくないと思うのですが?」
 絢子は言った。
「俺の血を継いでくれてるのは蒼一郎だけだ。俺は真面目に働いてる。蒼一郎の事を考えると、あの女に手を挙げてしまう事だってあるさ。刑事さん達も俺の立場で考えてみろよ。こんちきしょうぉ。」
 大輔は冷静になれないで居た。
「はい。しかし、客観的には、これは久美子さんへのDVと二郎君への虐待があった事になります。林田さん、あなたを罪に問おうなんては考えてないです。二郎君の今後を考えてるんです。あなたの下に居た方がいいのか、それとも、児童養護施設で生活させた方がいいかを判断したい訳です。私達は、二郎君を児童相談所に引き渡したいと考えてます。宜しいですか?」
 絢子は言った。
「その方がありがてぇや、あの馬鹿女、心中した訳だからな。俺は糞餓鬼を育てようなんて考えられないぜ。」
 大輔は少し落ち着いて言った。
 その後、警察署に連れて来てた久美子の次男、二郎と話しをした。
「こんにちは、二郎君ですね。林田二郎君ね。私は益田絢子です。聞きたい事があるの、教えてくれるかしら。」
 絢子は優しい声で言った。
「はい、僕は林田二郎です。」
 二郎は答えた。
「宜しくね、おじさんは、横井定幸です。」
 横井警部補は笑顔を交え言った。
「この腕の青痣はどうしたんですか?」
 絢子は聞いた。
「分かりません。」
 二郎は無表情であるがはっきり答えた。
「他にも痣があるのかしら、身体見ても良いですか。」
 絢子は心配そうに言った。
「はい。」
 二郎は全く表情を変えない。何かが抜け落ちたかのように。
 絢子は、二郎のシャツの襟元を引っ張って胸や背中を見た。そして、両手を持ち確かめるように手の甲と掌を見た。両方とも傷だらけだった。
「身体には痣は無いですね。でも、両手に傷が沢山有りますけど、これはどうしたんですか?」
 絢子は二郎の目をしっかり見つめて聞いた。
「分かりません。」
 決して二郎は表情を変えなかった。まるで、ロボットのように。人としての生気を感じられない。
「じゃあ、両腕と両手、写真撮らせてもらえますか?」
 横井警部補は懸命に優しい顔で言った。
「はい。」
 横井警部補は数回カメラのシャッターを切った。
「二郎君、何故ここに来たか分かりますか?」
 絢子は聞いた。
「分かりません。」
 二郎にこれ以上質問する事が心苦しくなる程、感情を表現出来ずに居るように絢子は感じた。
「絢ちゃん、相談所の新川さん呼ぼうか?」
 横井警部補は悲しい顔で言った。
「そうですね。私、この子と一緒に居ますので、定さん連絡お願いします。」
 その後は、絢子と二郎の間には会話が無くなった。絢子が『お腹空いてるかな?』と、ジュースとお菓子を出しても無反応で、何も手を付けなかった。瞬きも少なく、ただ目を開いてるだけだった。
「林田二郎君ですか、私のところにも以前、学校から相談があった子ですね。1年生の二学期から登校しない事が増えて来たと言う事で。ご両親はほぼネグレクトで、食事もちゃんとしたものを与えてられなかったと思います。小学3年生にしてはだいぶ小柄ですよね。後、この子のお兄さんの蒼一郎君は素行が悪くて、その子からも虐められてた疑いがありますね。我々は、半年に1回くらい、二郎君の安否確認しか出来ずで、申し訳ないです。」
 児童相談所のベテラン相談員の新川努が駆けつけて来て、絢子と横井に話した。
「以前からそんな事があったんですか。どうでしょう、新川さん養護施設が適してるかと。」
 絢子はそう言い、横井は心中事件の経緯と仮の父親の発言等を新川相談員に説明した。すると、養護施設へ入所させる方向で進めて行く事が決まった。
 これが、12年後再会し、益田絢子警部補の六人衆となる林田二郎との初めての出会いであった。また、この出会いがきっかけで、『一般社団法人益田防犯研究所』を立ち上げる事になるのだ。
 時は経ち、林田二郎との最初の出会いから、更に、3年が過ぎた15年後、絢子の防犯研究所は大盛況で多忙となった。職員を増員させなければならなかった。
「二郎君、加藤。今度、私達の仲間になってくれる神路(かみじ)姫子と美里、サキ。三姉妹よ。宜しくね。」
 絢子は、防犯研究所のトレーニングルームで警察官の頃から協力者であった二郎と加藤志水(しみず)に三姉妹を紹介した。
「美人三姉妹ですねぇ。益田さん、やるじゃないですか。俺、やる気3倍アップですよ。」
 加藤はおちゃらけて言った。
「あなたが二郎君ですか。絢さんから聞いてますよ。6変幻するようですね。強そうだ。今は、シンジ君ですか?お手柔らかにお願いしますね。」
 加藤をスルーして姫子が二郎に話しかけた。
「どうも、今は二郎です。僕はそんなに強くないですよ。こちらこそお手柔らかに。」
 姫子に答えた。
「かなり強いわよ、ジロちゃん。隣りのおじちゃんなんか目じゃないわね。」
 美里は言った。
「私は歌音さんとアヤナミさんに早くお会いしたいです。」
 サキは言った。
「申し訳ない、今は、俺か佐助にしか代われないんだ。歌音やアヤナミと代わる場合は着替えないとさ。」
 二郎からシンジ君に代わり、そう言った。
「げっ、シンジ君、また腕や脚、太くなったな。でも、俺だって沖縄で修行して来たから、腕は上げたぜ。八卦掌で勝負だ。」
 加藤はシンジ君の成長にビビりながらも見栄をはった。
「しみーずぅ、あなたは身の程知らずね。でも、漢はそれくらいがいいか。」
 美里は加藤に言った。
 加藤は早速、シンジ君に組手を挑んだ。しかし、二郎の強さをその三姉妹に見せたく思い、シンジ君は二郎と代わった。
「加藤君、いつでもいいよ。」
 以前とは違い、加藤の構えは変わってた。
 八卦掌は中国武術の一派で、太極拳と形意拳とともに内家拳を代表する武術である。易経の八卦思想に基づいた技術理論から、拳よりも掌を多く使い、一見、舞踊の動作に見えるのが特徴的である。また、他にも歩法に特徴があり、敵を中心に追いやり、円を描くような脚捌きで相手の力の流れも利用して攻撃していくと言った神秘的な武術である。
 したがって、加藤の構えは、掌を開き鳩尾くらいの高さまで腕を広げて、肩を落とし力を抜いて、左脚は膝を曲げ重心を低くし、右脚は膝が伸び、前に置いた状態である。
 組手が始まると、加藤は二郎を中心に置こうとするも、二郎はそれを避け、加藤の攻撃を受ける隙を与えなかった。逆に、八卦掌の程派を使い加藤をバッタバッタ投げたのである。
「参りました。二郎、いつの間に?やっぱり、シンジ君のセンスとアヤナミちゃんの戦略なのか?」
 加藤は、驚きを隠せずそう言った。
「加藤君が沖縄で修行するって言ってたから、一文字さんが沖縄にある中国武術や琉球古武道、沖縄伝統空手の道場やそれぞれの武術の理論的背景、鍛錬方法を全部調べたんだ。本が出せるくらいあらゆる情報を分かり易く整理してくれた。シンジ君とアヤナミが中心になって研究したんだよ。丁度、本場で学んで来た加藤君と手合わせ出来て良かったよ。僕も勉強になった。ありがとう。」
 二郎は答えた。
「しょうがねぇか。二郎達を超えられない。ありがたいよ、俺はさぼれないな。少しでも気を抜くと置いてかれそうだ。俺は加藤志水として精進する。ありがとう二郎。」
 加藤は予想以上に二郎に圧倒され撃沈したが、沖縄で上手く進められた修行に慢心を持たず、日々磨きをかけないといけない事を思い出した。沖縄で出会った越来當将(ごえくとうしょう)先生に言われた事を。
「凄過ぎる。絢さん、私達、必要なの?二郎君達が居れば無敵よ。」
 姫子は絢子に言った。
「何言ってんの、必要よ。二郎君はお医者さんだから、ここは副業なのよ。」
 絢子は言った。
「ほんとなんだ、お医者さんもしてるんだ。」
 サキが言った。
 確かに加藤は格闘技の腕を上げていた。実践を積めばもっと強くなる伸び代も蓄えて来た。しかしながら二郎は、6人の人格が、6人の身体を持てるようになって、感覚知覚、運動表出力が更に高まり、判断や予測する能力も向上した。おかしな言い方だが、空を飛べないスーパーマンである。加藤が歯が立たないのは当然だ。
「初めまして、歌音です。姫子さん、美里さん、サキさん、宜しくお願いしますね。」
 着替えて来て、歌音に代わり三姉妹に挨拶した。
「格好良いです。歌音さん。サキです。テンション上がるぅ。」
 歌音の腕に抱きつき、サキは身体を密着させた。
「コラコラ、サキ、初対面なんだから。馴れ馴れしいわよ。」
 美里が注意した。
「大丈夫、気にしないで。」
 アヤナミに代わり、そう言った。
「わっ、胸、大きくなった。アヤナミさんですか?声が変わったと思ったら、一瞬なんですね。」
 サキは、驚いた。
「いや、10秒、20秒くらいはかかるわ。」
 アヤナミは言った。
「後は、一文字さんと佐助君だけね。絢さんの言った通り。正直、半信半疑だったけど。人間の身体ってまだまだ解らない事だらけよね。ほんと、パラダイムシフトしなきゃ。」
 姫子が言った。
 こうして、益田絢子は常識を覆えす人材に恵まれ、研究所の運営を発展させる事が出来た。しかし、ここはカモフラージュのための施設で、警察官の頃から二郎と加藤に協力してもらい、警察が手を出しにくい犯罪者を葬る裏稼業が絢子の一番の目的である。それが充実出来る事に喜びと期待を抱いてた。
 一方、6人格を持ち、それぞれの人格に合った身体に変化出来るようになった林田二郎は、医師と益田、加藤との裏稼業の二足のわらじからのプレッシャーが和らいだ事に安堵した。と、同時に神路三姉妹の脅威を感じ取っていた。自分達が教えて行く役割りを担わないとならない事を自覚した。そして、益田絢子の恐ろしさも再認識させられた。
 
つづく
   
 

初めまして

2020-01-06 22:30:00 | 挨拶
コウ ヒデヨシと言います。
小説を書くのを趣味にしてます。
ブログを始めて『僕は何人も居る。みんなは独りなんだ』と言うタイトルの解離性同一性障害を持つ主人公の物語を10話にして投稿しました。
そろそろ、その続編を投稿します。
宜しくお願いします。