六道とは仏教の教えの事で、生命の転生をする世界を現した六つの世界の事を呼び、天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道があり、それぞれが輪のように隣接して、生まれ変わり、そして死にゆく事を繰り返している世界の事です。
輪廻転生(または生々流転)とは、六道の中で生死を繰り返し、生命のリサイクル(転生)を行う事です。生命はその生涯を終えると六道の中で再び生まれ、そしてその生涯を終える事になりますが、また六道のどこかで生まれる事になります。よく前世が・・・という話しがありますが、これが輪廻転生の事です。あなたも前世は何者だったのでしょうか?また、輪廻転生から外れた世界を外道界と呼び、この物語では自ら命を絶った者たち、または自らの死を知らない者たちをジバクレイと呼び、輪廻から外れた世界、外道界に落とされ、正気を失い、永遠呪縛されるとしています。ジバクレイを六道に戻すには、まず、正気に戻し、呪縛から解放すれば救えるとされています。
小学五年生のサヨとレンは自らの死を気付かないジバクレイとして現世で永遠意識が目覚める「その日」の朝から、意識が途切れる「事故の瞬間」までを永遠繰り返すジバクレイになってしまいます。自らの死を意識できないと六道のサイクルから自ずと外れ、ジバクレイとなってしまいます。
しかしながら霊能力の強い「私」の師匠によると己の死に気がついていないジバクレイはそれを教えてやれば自ら六道のサイクルへ戻って行くとの事でしたが、サヨとレンの二人は何かの因果か六道のサイクルへ戻らずジバクレイが呪縛されている外道界へ落とされてしまいます。
【因果応報】
すべての結果には何らかの原因が存在しているという教え。善い行いには良い結果があり、悪行には悪い結果があるという教え。サヨとレンも己の事故死には何らかの因果があるのではないかと考え、その因果を探していろんなジバクレイと出会い、自分たちを含め、仲間たちの因果を見つけていきます。
時の堰(ときのせき)第一章「再会」
落城寸前の混乱する城内で大石照基(おおいしてるもと)が敵を蹴散らしながら「城代!城代!」とただ叫ぶ声が横地監物(よこちけんもつ)に聞こえた。敵の刃をかき分けながら声の方へ向かうと大石照基と士郎宗貞(しろうむねただ)、城兵の後ろにまだ幼い娘の姿が見えた。
「千代!」
監物が駆け寄ると娘の千代姫がそこにいる。
「父上!」
千代の声が聞こえた。
監物は駆け寄り、千代を抱きしめる。
「大事ないか。」
千代姫は頷き、一言いったが、城内の騒音に全てかき消された。
士郎宗貞が敵兵を押し戻し、雄叫びを上げると敵兵が一瞬引いた。
「城代!この間に千代殿を連れて早よ逃げよ!」
大石照基がそういうと「逃げると!わしゃ城代だぞ!」と監物は答えた。
「城代!城はもう落ちた!城代としての役目は済んでおる!もう終いじゃ!後は生き残った千代殿の父の役目じゃ!」
大石照基はそういうと士郎宗貞と尾根の暗がりに向かって城兵と共に千代姫と監物を導いた。
「ここは我らで食い止める。はよ逃げられよ!」
大石照基はそう言うと士郎宗貞と共に雄叫びを挙げ、波状に群がる敵兵を士郎宗貞と共に再び押し戻しはじめた。
大石照基の声と士郎宗貞の声が騒乱にかき消されていく。
監物は千代姫の体を抱え、邪魔な兜をその場に捨て去り尾根を駆け下りた。
「大石殿。士郎、すまぬ。」小さくつぶやいた。
監物は道を外れ、獣道を千代姫を抱えて下山した。幾度も険しい山道を息を切らして登っていく敵兵の姿を遠目に見たが、騒乱の中に千代と監物の姿が敵兵に見つかることはなかった。
かなり下山したであろう、万が一の場合に檜原(ひのはら)まで抜け出でる脱出路を身を低く、千代と急ぐ。二里は来ただろうか。途中、小さな沢があり、千代姫を下ろして水を飲んだ。
監物の右腕には矢が二本突き刺さっている。脇腹や腿にも傷が多くあるが致命傷になっているものは無いようだった。
「父上。傷のお手当てをいたしますので甲冑をお脱ぎください。」
千代がそういうと監物は右腕に刺さった二本の矢を何食わぬ顔で抜いた。
千代は驚き「父上。大事ないですか。」と申したが、「大事ない。大事ない。」と明るい笑顔で千代に言った。
監物は嬉しかった。早くに妻を亡くし、曲輪(くるわ)で共に戦っていた息子二人も討ち死に、”もはやこれまで”と覚悟を決めていた矢先、娘の千代に天守で再び会えるなど思ってもいなかったからだ。
監物は嬉しかったがどうして御主殿(ごしゅでん)にいたはずの千代が曲輪に来たのか気になったので聞いてみた。
千代が言うには、丑三つ時に大手門が破られ、敵兵が一気に城内へなだれ込み出し、戦はもはや城内でのものとなり、身を隠す場もなくなったという。
すると御主殿で千代姫の警護についていた士郎が「城代のいる天守へお逃げくだされ!」と進言し、千代姫と士郎と守備兵二人は敵兵の眼をかいくぐりながら御主殿から天守へ向かい、途中、金子曲輪で戦に遭遇したが、混乱の隙を見て天守まで逃げてきたという。
すると間もなく敵の手が天守まで迫り、怒涛の如く激しい戦になったが、大石照基殿が千代を見つけて配下の兵と共に守って監物を探してくれたという。
おお、これは八幡様のご加護なのか。あの激しい戦いの中よくぞ天守までたどり着いた。さすが千代じゃ。感心したが、なんといっても千代が生き残った事が嬉しかった。
監物はそんな千代には何としても生き抜いて貰いたいと思った。自分が千代を何としてでも守り抜くのだ。そうする事で千代の盾となった大石殿も士郎もうかばれるのだ。監物はそう思いながら清水で腕の傷を洗ってくれる娘に向かって話し始めた。
「二人の兄者は討ち死にした。武州武者の立派な戦いっぷりじゃった。」
千代は涙を流しながらうんうんと声を出さずに頷いていた。そして一言震える声でこう続けた。
「千代は父上と再びお会いできて嬉しゅうございます。」
監物は千代の肩を抱き、「ワシも千代に再び会えると思ってなんだ。」と小さく言った。
「さあ、ここでゆるりとしている間もない。見よ、城に火の手が上がっておる。敵兵は次に檜原へ来るぞ。檜原城へ八王子が落ちた事を知らせ、守りを固めさせないといかんぞ。」
監物はそういうと腕から抜いた矢を二つに割り、藪の中へ隠して甲冑を着て千代の手を引き檜原へ向かった。
恐らくこのあたりの闇に慣れていない敵兵は今夜は檜原へはこないだろう。八王子は落ちたが敵兵も大きな損害が出たはずだ。一旦立て直し明後日に檜原へ進軍するだろう。
実際、城を攻めた豊臣軍の損害も大きかった。多くの将が討ち死に、多くの兵も死んだ。あたりの地理に詳しいものも北条から寝返ったもの以外おらず、寝返った兵たちも多くの者が討ち死にしている。これら疲れ果てている将兵をこのまま進軍させるのは難しかった。
戦況は最悪の体(てい)を現していたが、闇夜を離れぬように千代の手を繋いで歩く監物の心は明るかった。そう、千代がもっと幼かった頃こうよく手を繋いで歩いたものだ。千代も今年で十一。よく育ったの。母にそっくりじゃ。
千代が士郎、守備兵と天守まで逃げてこられたのはただの偶然ではなかった。監物は念流の師範を務めており、千代も兄者や他の侍に混ざって稽古についていたので相応の使い手であった。特に間合いを見切り刀を抜く居合は幼いながら右に出るものがない程であった。
二人で闇夜の街道を歩いていると落武者狩りと思えるものたちに囲まれ突然襲われた。監物は襲い掛かってくるものを一刀で切り倒す。千代も幼いながら、刀の柄にてをかけた瞬間一刀で切り倒した。
「ひぃ!小娘のくせに!何者じゃ!」とひっくり返りながら他の者たちが蟻の子散らすように逃げていく。監物と千代は刀を鞘に納めるとまた、手を繋いで闇夜の街道を檜原へ向かって歩いて行った。
監物と千代が檜原へ到着したころにはすでに明るくなりはじめていた。
城へつくと城主平山氏重(ひらやまうじしげ)に八王子が落ちた事と、早ければ今日の夕方、遅くとも明日早朝に豊臣軍が来る事と、八王子城の将はみなことごとく討ち死にしたと伝え、見張りを出し、守りを固めるよう忠告した。
平山氏重は「なんの!け散らしてくれるわ!」と言ったが、実際に対峙して二人の息子を討ち死にさせた監物は「一日持ちこたえればいい方か。」と思っている。
監物は氏重に娘の千代を小河内(おごち)村の知り合いに預けて来ると言い残し、檜原城を出た。
既に豊臣軍は檜原の手前まで迫っている。
監物は合戦の前に横地家へ仕えていた下男、下女に暇を出していたが、そのうちの一人”弥助”が小河内村のものであると覚えていて、弥助に千代を託そうと考えていた。
「父上は檜原で敵を討たないのですか。」
千代はそう監物に尋ねた。千代は監物と檜原で戦うつもりだったようだ。
「千代は父と共に戦う覚悟です。兄者の敵(かたき)を討ちとうございます。」
「千代は勇ましいの。」
監物は微笑んで千代の顔を見て言ったが、監物は娘の勇ましさに反して、ただ千代を無事逃がす事だけ考えていた。
小河内村の弥助に千代を預けて青梅に逃げよと言っても千代は行かないだろう。
監物が檜原へ戻って戦うと言ったら一緒に来てしまうだろう。
折角(せっかく)助かった千代をこんな所で死なせるわけにはいかない。何としても。そう強く思った。
”千代”の名は、滝山にいた頃、信玄に攻められ惨敗した事から命を千代(せんだい)に渡って繋いでほしいと願ってつけた名であった。
その千代があの激戦を生き抜き、士郎にも照基殿にも助けられ、監物の所まで来た。照基殿もさぞ驚いたに違いない。
千代の命は何としても繋げなければならない。監物はそう強く思っている。
二人が小河内村へついた頃、檜原城で合戦が始まっていた。
村で監物は弥助の事を聞き、大きなイチョウの木の袂(たもと)にある粗末な小屋を訪ねた。
「殿様。姫様。ようご無事で!」弥助はそう言って監物の手を握った。
監物は「八王子の話は聞いておるかの。」と弥助に聞くと「へい。落城したと聞いております。なので殿も姫様も、もう亡くなったのかと思っておりました。よう、ご無事で。よう、ご無事で。」と泣きながら言った。
監物はそんな弥助の手を取り、「一つ願いを聞いてくれぬか。」と弥助に言い、弥助は「へい。何なりとお申し付けくだされ。」と返答した。
「千代の事じゃ。ワシが戻る間もなく檜原もじきに落城するであろう。ワシは八王子の城代としてこの首は狙われる。しかし、千代の事はワシとお主しか知らぬ。だで、千代を連れて青梅(おうめ)に逃げてくれぬか。」
千代はそれを聞いて「父上が戦われるのなら千代も共に戦います。千代は逃げません!」と言った。
監物はそれを聞いてこう諭(さと)した。
「千代が死ねば横地の家が途絶えてしまう。お家断絶じゃ。ワシは八王子城代として名をはせておるので檜原が落ちたあと、必ず落武者狩りで命を狙われるのじゃ。」
「城を出るときに大石照基殿が千代を逃がしてくれと言ったじゃろ。千代が逃げられると思ったから大石殿も士郎も盾となってくれたのじゃ。」
「千代。弥助と青梅へ逃げて横地の家を八王子の攻防を伝えてくれ。それがあの騒乱の中、生き延びた千代の役目じゃ。」
弥助は「姫様」と言い、ぎゅっと千代の手を握った。
千代は大きく声を上げて泣いた。「父上!嫌です!千代は父と共に居ます!」と床に伏せて泣いた。
監物は懐からすべての金と相州五郎正宗の脇差を弥助に預け「千代を頼む。」とだけ言った。
もう檜原は落城しただろう。監物はそう思った。ならばそうゆるりとしてはいられない。間もなくここにも北条方の落武者を狩る追手が現れるはずだ。
「弥助!千代を連れてはよいけ!」監物はそういうと刀を持ち、弥助の家を出た。
それを見た千代は泣きながら「千代は父上と戦います!」と言って後を追って外へ出た。
監物は出てすぐのイチョウの木の元で間髪入れず腹を切った。千代は監物に駆け寄って「イヤー!」と叫びながら転びながら駆け寄った。
「千代よ。ワシは追われる身なのでワシとは生き延びれないのじゃ。」
息絶えだえながら監物は言う。
「千代は青梅で生き延びて後世に横地を繋げ。」
「ワシと死んではならん。」
「ワシは何があっても千代を助けるでな。」
「困ったときはワシを呼べ。」
「あの世から城で討ち死にした配下の者と目の前に現れてくれるわ。」
「ワシは死んでも永遠と千代を守り続けるでな。」
「永遠に。」
監物はそう言ってこと切れた。
「父上!」千代はそう言ってその場に泣き崩れたが、弥助の「殿のご遺志を無駄にしてはいけません。追手は殿の御姿を見てここで止まるでしょう。姫様を無事に逃すための殿の考えた最良の策なのです。さあ、参りましょう。」という話を聞いて力なしか立ち上がり、弥助と青梅に向かった。
一時(いっとき)の後、村に上杉景勝(うえすぎかげかつ)と真田昌幸(さなだまさゆき)が現れ、北条方の残党を探した。すぐに横地監物の亡骸を見つけた。昌幸は監物を知っていたので八王子城代だと直ぐに解かり、上杉景勝になにやら耳打ちをしていた。
すると一人の村人が寄ってきて、この男の娘らしきものと村の男が逃げていくのを見たと話した。
「幾らかの褒美を頂ければ全部お教えしますがね。」と言い、金を無心した。
昌幸は太刀に手をかけるとこの男を真っ二つに切り捨てた。
「ほかにこの者の言う様な事を知っておるものはいるか!いれば前に出よ!」
昌幸がそう声を張り上げるとあたりは静まった。
景勝は「村長(むらおさ)はおるか!」と声をあげ、へりくだりながら近寄って来る老人に、そっと金を出し、「監物殿を丁重に弔ってくれ。」と言い昌幸と共に村を去って行った。
やがて小田原城は開城し、北条は滅び、豊臣の一時が過ぎて、徳川の太平の世が訪れた。そして徳川の世も一五代将軍の慶喜が大政奉還し、明治、大正、昭和と二度の残酷な世界大戦を経て、平穏で退屈な平成へと時は過ぎていった。
「もう起きなさい。学校に遅れるわよ。」
ママの声が聞こえ、また毎日の繰り返しかとサヨは思った。
朝起きて、パジャマを着替えた後にまず歯を磨くのがサヨの日課だ。歯を磨いたら顔を洗い、オカメインコのピイちゃんに餌と水を与え、「おはよう」と声をかけてから、手を石鹸で洗い、食卓につく。
サヨの小さな茶碗が空になったら、サヨは自分の食器を洗って乾燥機の中に入れて後にまた、歯を磨く。
「気を付けてね。いってらっしゃい。」
ママはそう言って毎日送り出してくれる。昨日も、その前も。
「はーい。行ってきます。」
サヨは昨日と同じく答えるとレンの家へ迎えに行った。
レンは今日も家の前でサヨを待っている。
「サヨ。おはよう。」
いつもと同じくレンがサヨに声をかけてくる。
サヨは思わずレンにつぶやく。
「昨日も一昨日もその前も同じだね。」
二人は学校に向かって歩き始めた。
「そういえば、何かループしているみたいだね。」
レンも訝(いぶか)しげな表情でつぶやく。
「昨日は何をしたっけ。」
サヨがそうレンにつぶやいた時にサヨとレンを呼ぶ声が聞こえて二人とも振り返った。
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私がループしている二人を見つけたのは青梅街道をバイクで走っている時だった。
子供たちの集団登校の中に二人が見え、T字路の花がたむけてあるガードレールが丁度切れた場所で二人は後ろに振り返ると消えた。もう一人を感じたが、ここには本体はいないらしい。ここではループしている女の子と男の子の二人だけのようだ。
タイプAだな。と思った。
これは自分で勝手に区分しているのだが、ジバクレイのタイプは二つある。
タイプAは己の死を知らないループ型ジバクレイの事だ。意識が目覚めてから、意識が無くなるまでを永遠同じ場所で繰り返す。特に現世に影響はないが、輪廻転生から外れてしまっているので、私は見つけたら昇天させる事にしている。
タイプBは、自(みずか)ら命を絶ったジバクレイだ。自ら輪廻転生(りんねてんせい)から外れてしまうと因縁の場所に呪縛され、正気を失うので現世に悪い影響が出てしまう。私は見つけたら魂の緒を念で切り、壺へいったん入れて正気に戻してから昇天させるようにしている。
このジバクレイの二人は自分たちの死を知らない。何が起こったかも知らない。なので毎日、自分の居ない自分の部屋で、目覚めてここまで来て意識を失い消えていく。毎日がその繰り返しだ。
私は花のたむけてあるT字路の先にバイクを止め、彼らがループして消える場所へ行き、昇天させるように九字を切り経文を唱え、香を焚く。
付近の子供たちも私のふるまいを見て手を合わせている。事故はまだ皆の記憶に新しいようだ。
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サヨとレンが振り返ると夕方の見知らぬ町だった。
あれ、何処だろ?二人ともそう思い目を合わせる。
日は低く、先ほどまでは朝だったが、どうやら夕方の逢魔が時、黄昏時といった感じの風景だ。暑くもなく寒くもない風もない。青梅は結構車が走っているが、車も見えないし、音も聞こえない。道はアスファルトではなく舗装されていない。戸板で囲われていて電柱と電灯が寂しい青梅の昭和レトロな通りのようだ。
「青梅だよね。」
思わず二人は同時につぶやいた。サヨは思い出したかの様にパパに買ってもらった中古のNexusを探したがどこにもなかった。
「レン、アタシ、パパに買ってもらったNexus何処かに落としたみたい!」
泣きそうな顔でサヨが言う。
忘れ物、落とし物など今まで一切がないサヨが置き忘れや落とし物などするはずがない。レンはそう思い、いつも後ろポケットに入れているiPhoneを探したがやはりなかった。
「サヨ。多分ここは青梅じゃないよ。スマホがあってもきっと使えないハズだよ。だって誰もいないし車も通らない、何も聞こえないよ。それに昨日の事を思い出せないだろ。オレもサヨも。」
確かに昨日は朝起きて、歯を磨いて、ピイに餌と水をあげてレンを迎えに行って、誰かに呼ばれて振り返って・・・までしか思い出せない。その前の日も。
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私は再び二人の姿を香の煙の中に見つけた。
ループからは解き放たれたようだが、昇天することなく六道を外れた世界に入ってしまったようだった。
これが外道界って世界?
タイプBのジバクレイ達が呪縛され、人間界と隣接している世界、外道界。
私も初めて見るが、これが六道から外れた外道界なのだろう。
二人が何故、昇天せずに外道界へ落ちてしまったのかはわからない。
だが、何も知らない二人をこのまま放置する事はできない。
動揺する二人に今いる世界に何か解決方法がないか探させる事にし、カバンから短冊を取り出し、経を小さく唱えながら「そこは現世ではない。私は現世から君たちを見ている。その世界は恐らく六道から外れ輪廻から外された外道界だ。ジバクレイの世界だ。その世界を調べ解法を探せ。」と書いた。
--
「レン!見て!」
サヨはそう叫ぶとレンの前に自分の左手を差し出した。
”そこは現世ではない。私は現世から君たちを見ている。その世界は恐らく六道から外れ輪廻から外された外道界だ。ジバクレイ達の世界だ。その世界を調べ解法を探せ。”
”そこには正気を失ったジバクレイたちががいる。二人で戦いジバクレイたちを正気に戻し、解放して仲間を集め、外道界を調べて、ここに二人が来た因果を探せ。”
書かれて書かれた文字がフェードアウトのように消えていく。
二人は顔を合わせ「ジバクレイだって。輪廻から外された外道界だって。」とつぶやいた。
何がどうなったか解らないが二人は輪廻から外された外道界というジバクレイの世界にいるらしい事がわかった。また、現世から二人にアドバイスしてくれる「私」という人がいる事もわかった。
この外道界を調べ、私たち二人がここにいる因果を見つければ、現世に戻れるかも知れない。
”周りを見よ。どこかにジバクレイが居るはずだ”
メッセージがサヨの左腕に現れ消えていく。
「サヨ!周りを探してみよう!」
レンがそう言うとサヨも頷き、二人で何か居そうな場所を探した。
古いゲーセンの前に来ると白いお化けのようなものが見えた。ジバクレイだ!もぞもぞ動いている。
「レン!どうすればいいの!」
サヨがレンにそう話しかけるとメッセージが現れた。
”戦え”
サヨの手に、レンの手に使い慣れた竹刀があった。二人とも念流剣道場に通っていて2級なのだが、青梅市内の大会で一二を争う実力の持ち主だ。二人で立ち向かえば十分戦えるだろう。
サヨとレンは目の前のジバクレイに立ち向かって行った。
サヨの一撃とレンの一撃を受けたジバクレイは大して強くなかった。
「いたーい!」
ジバクレイが綺麗な女の人の姿に変わった。サヨもレンもはっとして目を合わせたが、またメッセージが送られてきた。
”魂の緒が近くに落ちているので拾い、壺の中へ入れよ”
「えっ壺?」
と二人は目を合わせたが、二人の両手に紐のついた小さな壺が2つずつ握られている。
サヨは下に落ちている綿毛のような丸いふわふわしたものを手に取り壺に入れてみた。
”そう、それでジバクレイは解放される”
また、メッセージが現れ消えた。
サヨがオロオロしていると綺麗な女の子が話しかけてきた。
「私ね、キヨミって言うの。天子と戦えるほど強くないけど、頑張るから連れてってね。もう呪縛はイヤ。死ぬんじゃなかった。」
サヨもレンもギョッとした。解ってはいたけど、死者なんだと。
「君たちは呪縛されてないみたいだから天子に会ってないんだよね。」
天子とはなんだろ。二人ともそう思った時にまたサヨの左腕にメッセージが現れた。
”皆を救え。呪縛から解放せよ”
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私もここまでの事は初めてで、現世でタイプBのジバクレイを解放して昇天させた事はあるが、ジバクレイが呪縛されている世界”外道界”を見るのは初めてだった。
六道がすべて繋がっているように外道界も輪廻転生から外された世界だが、六道のうち”人間界”と密接な関係にあるのだという事を師匠が言っていた。
タイプBのジバクレイは外道界で呪縛されており、人間界で悪さをするのはその因縁の化身だとも。
二人が外道界でジバクレイを解放し、仲間にして外道界の話を集めて謎を解き、解法を得られれば人間界に戻れるかも知れない。
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なるほど、二人は思いついたように”ジバクレイを見つけて戦い、我に返し、壺に移して解放していけばいずれジバクレイの世界の解法が見つかるはず”と思った。
サヨは少し嬉しくなり。レンとハイタッチ後、組み手をして「頑張ろうぜ!」と威勢よく叫んだ。
仲間は三人となり、サヨ、レン、キヨミは手を繋いで歩いて行く。キヨミは解放された嬉しさからか二人に身の上を歩きながら話してくれた。
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小学校の時に両親が離婚し、姉と別れ、引っ込み思案で暗い自分は父に引き取られた。
”一人でいることの多い自分だったが、中学生になるといじめの対象になっちゃったみたいで、バックの中にカエルや蛇の死がいを詰め込まれたり、給食のあまりの納豆を詰め込まれたり、頭から汚泥をかけられたりして、先生に相談したけど、何もしてくれず、学校が嫌いになって不登校になって引き籠りになって、そのまま卒業して、高校には行かず、でも父親は最初優しかったが段々と煙たがられるようになり、アルバイトしろときつく言われてゲーセンでバイトして、そこで元同級生にあって嫌がらせをされて、自分は不要な人間なんだって思い、リストカットを繰り返している内に本当に死んじゃった”
という何とも聞きがたい内容の話だった。
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サヨはそんな学校だったら初めから行かなければいいのにっと思った。学校に行かなければいじめられる事もないし、いじめられない学校に転校する事もできたんじゃないかなとも思った。
「不要な人なんていないよ。」レンがそうキヨミに言う。
「不要か必要かを決めるのはお姉さん自身だから。」
「お姉さんが人の役に立ちたいって思えば不要な人ではなくなるでしょ。だってお姉さんは誰かの役に立ちたいって思って行動する訳だから、その誰かには不要には絶対にならないよ。」
レンがにこやかにそういうとキヨミは顔を赤らめて言う。
「いじめられたら辛いのよ。」
すると、レンは続けて言った。
「もう、オレらとお姉さんは友達だから、友達がピンチの時は、オレもサヨも全力で助けるよ。だからいじめられたらオレらに言って。お姉さんを守るから。サヨもオレも青梅市内で一番強い小学生なんだぜ。」
サヨも頷いてる。
「友達かー。嬉しいなあ。初めての友達かも。」
キヨミはギュッとレンとサヨの手を握った。レンの頬が赤らみ、鼻の頭に汗が見える。ああ、レンも男の子なんだなあってサヨは思った。
と、話しながら歩いていると鳥居が見え、神社が見えた。八幡神社とある。
サヨもレンも「ワケさまどうしてるかな。」と同時に思った。
社殿の所にジバクレイが見える。三人は顔を合わせて新たに見つけたジバクレイの解放へ向かった。サヨとレンの手には使い慣れた竹刀が、キヨミはそこいらヘンの石を拾っている。投石で立ち向かうようだ。
サヨとレンは交互に打ち込む。信じられない事にヒラリとかわされてしまう。無論、キヨミの投石など当たるわけもない。
”ポケットの中の経文を読め”
また、メッセージが現れた。サヨはポケットを探った。丸められたものが手に取れた。顔を上げるとレンがジバクレイに打ち負かされている。うわ!このジバクレイは強いな!サヨはそう思った。
経文を広げると経は漢字で書かれている。しかしながら漢検2級を持っているので難なく読める。まあ、音読みだろうな。という事でサヨは経をそれっぽく読み始めた。するといままで素早い動きを見せていたジバクレイの動きが止まり、「パン」と消え二人には見慣れた姿の綾瀬うらら(ワケさま)が現れた。
サヨもレンもうららを見ると何故かこみあげてくる涙を抑えきれなくなり、うららに飛びついた。
「何でワケさまがここにいるの。」
サヨがそういうと、うららは驚いた顔で二人を見つめたが、我に返り二人を抱きしめた。
ワケさまは通称で本名は綾瀬うららという市内の中学一年生で、念流高・中学生有段者の部での優勝者で全国一位の剣士であった。
初段だが、同時に居合も習っていて念流居合貫6段で最も美しい居合の型を魅せる剣士と言われ、戦神(いくさがみ)とも道場内で言われている。
物静かで凛として気高く、物おじしないので市内の中学のヤンキーどもに目を付けられて15人ほどのヤンキーたちに襲われたが、ことごとく打ち倒した事から恐れられ、八幡様とも誉田別命とも言われ、通称ワケさまと呼ばれていた。
サヨとレンとは道場が同じ念流の剣士なので気が合い、学校も年も違うが仲良しだったのだ。
「私もここでサヨちゃんとレン君に会えるとは思ってなかった。」
うららがそういうと三人は再会を喜んだ。だが、ここはジバクレイの世界。死者の世界なのだ。サヨとレンがここにいる訳は解らないが、うららがここで呪縛されているという事は彼女はもう死んでいるのだろうかという疑問が二人に沸いてきた。
レンはその辺が気になってどう聞くか悩んでいると、サヨはさっさとうららの魂の緒を見つけ壺に入れてうららの目の前に駆け寄ってきた。
「ワケさまは自殺しちゃったの?」とサヨが聞いた。
レンはあまりにも直球できたサヨの問いかけに躊躇していたが、うららはそんなレンの顔に向き合わせて答え始めた。
「あのね。サヨちゃんとレン君が事故死したって学校に道場の先生から連絡があって、慌ててその場所に行ってみたの。」
うららがそう言うとサヨとレンは顔を見合わせて驚きの表情を浮かべた。
「事故死って!アタシもレンも死んだんですか?」
うららにそう問いかけると無言で頷く。
「ただ私はどうなったのかは全く知らないの。二人が亡くなったとだけ聞かされて遺体を見たわけでもないの。」
えっ。そうなんですかと二人は再び顔を見合わせる。
うららが続ける。
「その場所はブルーシートに囲われていて、何が起こったのかは私には解らなかったけど、サヨちゃんとレン君のお母さんが来ていて警察の方の中で泣いていたの。」
「私が近づいてどうしたのか聞いたら、大きなトラックが二人に凄い勢いでぶつかってきてそのあと炎上したのだと教えてくれたの。二人はトラックと壁に挟まれて、さらに爆発炎上しちゃったのだと・・・」
「私も突然の事で、信じられなくて、二人のお母さんと一緒にただ泣くだけで・・・いろいろ警察の人に聞かれたけど、ほとんど真面(まとも)に答えられなかったの。そのあとはちゃんと覚えてなくて、気が付いたら警察の人に”もう遅いから帰りなさい”と言われて、呆然としたまま家に帰ったら、また泣き声が聞こえて、戸を開けたら、工場(こうば)の中で私のお父さんが自殺していて、その下で私のお母さんがただ泣いていたの。」
「えっ!」サヨとレンはまた、顔を見合わせて驚きの表情を浮かべた。
「アタシとレンが事故死したその日の夕方、ワケさまのパパが自殺したの!」
サヨがそう、うららに聞くとうららはただ無言で頷いた。
「ママがパパの遺書を読んで聞かせてくれて、二人とも呆然とただ泣き続けたの。私ももうどうしたら良いのか解らなくって。ママが”うららも一緒に死のう”って言ったので”うん。いいよ”って答えてママと一緒に手首を切って死んだの。だってサヨちゃんとレン君が死んじゃって、帰ってきたらパパが自殺してたんだから私だって死にたくなっちゃうよ。」
サヨもレンも驚くばかりで自分たちが事故死したのも驚きだが、その日の夕方にうららの父も自殺したとはとても信じられない話だった。その父の自殺があってうらら自身も自殺してしまったとは余りに不幸すぎるとサヨもレンも思った。
「三人は友達なの。」キヨミがそう聞くとサヨもレンもうららも頷いた。
「不幸の連鎖だね。あってはいけない感じがする。サヨちゃんとレン君の事故がなければ全て無かったかもね。」
キヨミがそう言うと、サヨとレンはハッとした。うららの死は自分たちの事故に因果があるのかも知れないと感じていた。
「でもまた二人に会えてうれしい。」
うららはそう言うとニコッとほほ笑みサヨとレンの手を取って言った。
「また一緒だね。」
サヨもレンももう嬉しいには嬉しいんだがうららも死んでいて、自分たちも死んでいるって聞かされてショックだわ、うららと再会できて嬉しいわ、で、もうワケの解らない感情が渦巻いて混乱している。
考え過ぎても悩むだけなので今は再開を喜ぼうとサヨは思った。また、サヨとレンとキヨミの三人だった仲間にうららが加わって仲間が増えていく事に喜びも感じていた。
「そういえば、ワケさまは天子を知っているの。」
サヨは思い出したかのように聞いた。
「自殺した後、気が付いたら光を背負った男の人がいて、一方的に罰を与えるとか言われて、何でか聞いたの。そしたら無言でクモの糸のようなもので私を縛ろうとしたから、咄嗟に振り払って、逃げようとしたら天子をないがしろにするのかーって言って、何のことだか、結局、戦うことになっちゃたんだ。」
うららがそういうとキヨミがただ驚いている。
「えっ!ワケさま天子と戦ったの?」
サヨは嬉しくなり流石だ!と思った。
「そう戦ったんだけどね、何かわからない内にクモの糸のようなもので縛られ、気を失って、気が付いたらサヨちゃんとレン君が目の前にいたの。」
そうか、自殺したらこの外道界へ落ちて六道から外され、天子によって呪縛され気を失ってしまい、ジバクレイになって周りに攻撃しちゃうようになるんだ。天子の呪縛から解放してあげるとキヨミちゃんのように皆、喜ぶかも。
サヨはうららに六道の事、外道界の事、人間界との接点とジバクレイを仲間にしていく目的とそれを教えてくれる誰かの存在の話をした。
「この世界は私たちの住んでた世界と隣接しているのね。だから何時も逢魔が時、黄昏時なのかな。」とつぶやいた。
四人はしっかりと手を繋ぎながら町を散策した。遠足のようでちょっとワクワクした。新しい仲間に加わるジバクレイいないかな?なんて何か宝探しのようなワクワク感がある。サヨは右手のレンとその隣に続くうららとキヨミに顔を合わせてクスっと笑った。
路地は狭く、四人が横一列に歩いていっぱいいっぱいであった。先に小児科医院の古ぼけた看板と薄暗い電灯が見える。看板の下には新たなジバクレイが見える。四人は顔を合わせ次のジバクレイの解放へ向かっていく。