蜜柑甘くて赤いジャケツの彼がいない
久しぶりにこの句を読んで、腑に落ちたことがある。私の句に比較的「彼」という言葉が多いのだが、それは多分掲句の影響だ。
作者の第一句集『海紅』が上梓された昭和五十四年、十七歳の私がこっそり句集を読んでこの句にひっかかった。俳句に対してなんの興味も関心も知識もない高校生が「いいな」と思ったのだ。「赤いジャケツの彼がいない」のか…。
もしかするとこの時に少し、俳句を意識しだしたのかもしれない。そのあと二十年も俳句とは無縁だったのだが。
こんな古い句を持ち出して、と作者は思うだろう。だが「哲学とフランスと彼林檎齧る」「彼の名はショスタコビッチ鳥帰る」などの迷句は掲句のおかけでできたのだ。きっと。
麗しき師弟関係ではないか。