外国軍に占領された期間に制定された憲法は無効か
(A)フランスとドイツの場合
「押しつけ憲法論」の重要な論拠の一つは、外国軍に占領された期間に制定された憲法の無効論である。「日本国の主権が制限された中で制定された憲法には、国民の自由な意思な意思が反映されていないと考えます」(前掲、自民党『改憲草案』、Q&A1)。この主張が、あたかも今日の国際的な通説であるかのごとく主張され、その代表的な例としてフランス憲法やドイツ憲法が挙げられている。
フランスは1940~44年まで、ナチス・ドイツに占領され、北部はドイツの直轄支配とし、南部は傀儡政権であるビシー政権が支配した。戦後、フランス政府はビシー政権の存在すら認めてこなかった。フランス1946年憲法はこの歴史的経過を承けて、「外国軍隊によって本国領土の全部または一部が占領されている場合は、いかなる改正手続きも、着手または継続されてはならない」(第94条)としたのである。
問題の核心は、外国軍の占領一般ではなく、ファシズム国家に占領されたのか、あるいはファシズム撲滅・民主主義の回復を掲げる反ファシズム勢力に占領されたのか、という根本的な違いにある。この違いを無視して一般的に外国軍の支配期間中の憲法は無効、だという国際的通説は存在しない。
西ドイツは米英仏の三国占領下で、ボン基本法を制定し(1949.5)、ドイツ連邦共和国となった。憲法でなくて基本法としたのは、必ずしも占領下という事情のためではない。それが証拠に、ドイツ連邦共和国が完全に主権を回復したのが1954年であったが、しかし、同国はボン基本法を基本的に維持した。憲法ではなく基本法としたのは、東ドイツ=ドイツ民主共和国を併合し首都ベルリンが帰ってこないうちは、本来のドイツが成立せず、したがって正式の憲法が成立しない、という理由であった。だが、ドイツ統一が1990年に果たされたが、その後、四半世紀を経た今日、ボン基本法に代わる新たな憲法を作成する動きはない。この意味でボン基本法はドイツ憲法として定着している。したがって、この場合でも、外国軍占領期間中の憲法は無効だ、という国際的通説は存在しないのである。
(B)空想主義としての占領憲法無効論
歴史解釈において、If論を導入することはしばしば荒唐無稽な結果になるが、占領憲法無効論の馬鹿さ加減を明らかにするために敢えて、占領憲法無効論を歴史的に検証すればどのような結果になるのか、試みてみよう。
まず、占領憲法期間中の憲法が無効であるとすれば、日本国憲法が発効した1947年5月3日以来、現在に至るまでの全法律は無効な憲法な下での法律として無効であるし、安倍内閣を含めて自由党・自民党内閣等すべての歴代内閣は、非合法内閣となる。
また、外国軍占領下では、憲法に手を付けてはならないとすれば、日本が独立する1952年4月27日までは、明治憲法の支配となる。だが、明治憲法存続の可能性を主張するためには、戦後政治の行方を決定した、日本の敗戦、ポツダム宣言の受諾、降伏文書の調印、GHQの支配、極東委員会の存在、等々の歴史的要因がすべて存在しなかったことにしなければならないのである。(岩本 勲)
(つづく)