「お前だけは、ぜったいに呪い殺してヤル」。人形(ひとがた)の絵には穴が開けられている。冒頭で映し出されたAさんの遺書。
「なんでこんないい加減な組織に息子が殺されたのかと思うと無念でたまらない」と自衛官の息子が殺された母親が嘆く場面がとても残酷すぎると感じた。自衛官の自殺の数はここ10年でも急上昇している。自衛官の自殺者数は1994年から2009年で1248人、一般公務員の自殺率の1.5倍にも及んでいる。異常な数字だ。このドキュメンタリーでは、2人の自殺した自衛官の自殺に至る経緯を丹念に追いかけている。
海上自衛艦「たちかぜ」に配属された新人乗務員Tさんは、この艦に在籍7年の先輩隊員Oからエアガンを体に受け続けるというイジメを受け、さらにアダルトビデオやわいせつCDを高額で売りつけられ、カードにより借金まみれにされ、Oへの恨みを遺書を残し、自殺した。母親は、自殺の原因を調べるために、海上自衛隊に要求したが、乗員への聞き取り調査も「機密」として、すべて黒塗りで出されてきた。母親は、横浜地裁に提訴して闘った。裁判のなかで、海上自衛隊が乗員への聞き取り調査結果を出したが、ココまで来るのに2年の歳月がかかっていた。その調査結果には、日常的なOのTさんに対する暴行が書かれていた。母親は当時のこの艦長に聞き取り調査に小樽まで出かけるが、艦長は無視して車で逃げ去った。1月26日の横浜地裁判決では、「自殺は先輩隊員Oの暴力・恐喝と、上司の安全配慮義務違反」として、440万円の賠償をOと国に命じた。この判決はOや上司らはTさんの自殺までは「予見」出来なかったとして、Tさんへのイジメは認定するが自殺への責任はないとするものだった。「予見可能性」がないという判決だ。賠償金額も440万と信じられないくらいの低額である。母親は、怒りで涙ながらに「上告して闘う」と訴えた。
もう1人は航空自衛隊浜松基地で航空機の整備の仕事をしていた自衛官Sさんである。先輩隊員からイジメを受けていた。先輩隊員は、それは「厳しい指導」として、さんに殴る・蹴るの暴行を加えた。Sさんがイラク派兵され、帰ってくると、その先輩隊員は「なんでこんな忙しい時に行くとか」と難癖をつけ、暴行をエスカレートした。Sさんの遺品の中に「反省文」が見つかった。その内容は驚くべきもので「私が馬鹿でした」なる文章で、その先輩隊員が書かせ、後輩隊員に読ませていたのだった。暴行を受け、心の中まで傷つけられ、Sさんは自殺した。Sさん宅に来た航空自衛隊の上司らは、Sさんに対するイジメに対して「厳しい指導」という言葉で説明した。Sさんの父親は、イジメがどうして「厳しい指導なのか」と上司らを詰問した。上司らはイジメたことも認めなかった。「反省文」はどういう事か問い詰めると、上司らは黙ったままだった。この件で父親が国会議員と共に北澤防衛相に要請に行くと、「お父さんも元は自衛隊員でしたね」とお茶を濁した対応をした。父親は、先輩隊員Nと国を相手取って浜松地裁に提訴した。現在裁判闘争を闘っている。
番組の中でも、「自衛隊内に民主主義はないのか」、「旧軍隊の新兵イジメが日常横行している」などが指摘されていた。番組で取り上げられた事例は氷山の一角だ。1248人の自殺者数。しかもその背後には、その数倍、数十倍のイジメがあるに違いない。
戦闘や治安弾圧を主任務とする武装組織内で起こっている深刻な事態は、一般の公務員や民間の会社とは質的に違う。イジメ自殺は、パワハラ、セクハラ、汚職、談合、情報隠蔽など自衛隊と防衛省を覆う官僚体質であるとともに、厳格な階級関係や人権抑圧・人民敵視、兵士の人間性を無くして殺人マシンに変えるという軍隊組織のもつ共通の特徴でもある。Tさんは、至近距離からエアガンの射撃の標的にされていた。“ONE SHOT ONE KILL”は決して米海兵隊に限ったことではない。
自衛隊員の自殺者数はインド洋やイラクに自衛隊を派遣する2002年頃から急増する。さらに新防衛大綱では「動的防衛力」「動的抑止力」がキーワードとなり、「存在する自衛隊」から「闘う自衛隊」への改造、自衛隊の「海兵隊化」さえが政府閣僚の口から飛び出している。実戦さながらの軍事演習が日常化され、いつでも武力紛争・戦争へと突入する準備が要求される。隊員にのしかかる負担、緊張は一層高まる。イジメ自殺は決して各隊員間の個人的な問題ではない。米国の戦争に実際に加担し、東シナ海や日本海での武力紛争を準備する武装組織内で起こっている、組織的問題である。しかも一旦「周辺事態」「武力攻撃事態」が認定されてしまえば、「国民保護法」をテコに、市民が治安弾圧と統制の対象になる。市民に対峙するのは、そのような自衛隊だ。
自衛隊員の自殺とそれに対する自衛隊の対応について、私達は厳しい目を向ける必要がある。
(ルーラー)
> 乗員への聞き取り調査も「機密」として、すべて黒塗りで出されてきた。
あの真っ黒な「調査結果」は、人の命よりも「機密」が大事という、軍というものの体質の象徴だと思いました。
自衛隊全てがこのような部隊ではないと思うが、国民の安全を担う組織がこのようなことでは誰も納得できない。私は被害者の遺族に何もできないが、心から応援している。
自分も海上か航空に行こうかと思っていましたけど行ってたら自分もこうなってたのではないかと考えてしまいます。
ドイツや北欧諸国では軍事オンブズマンがいて兵士の苦情や悩みを聞いているみたいですけど自衛隊にもオンブズマンを作るべきではないかと考えています。