「共謀罪」が必要かもしれないと考えている方に、ぜひとも考えてもらいたいことがあります。それは「治安維持法」のことです。
治安維持法は、「国体の変革と私有財産制度を否定することを目的とする結社を取り締まる」ことを目的として1925年に制定されました。その後28年には、国
体の変革を目的とする場合は死刑となり、さらに41年には、上記の目的を持った結社を「支援する結社」を組織した者は最高で死刑とされました。
戦前・戦中、天皇制軍国主義と侵略戦争に反対した多くの人々が、治安維持法を根拠に弾圧され、犠牲になりました。法が廃止されるまでの20年間に、数十万人が逮捕、75681人が送検され、虐殺された人が90人、拷問・虐待などによる獄死1600人以上、実刑5162人に上っています(人数は、国会への「治安維持法犠牲者に対する国家賠償法の制定に関する請願」による)。
犠牲者の1人に、『蟹工船』で知られる作家・小林多喜二がいます。1933年2月20日に逮捕され、取り調べ中の拷問により29歳の若さで虐殺されました。警察は死因を心臓麻痺と発表しましたが、遺体は全身が腫れ上がっており、特に下半身は真っ黒に変色していたと伝えられています。
そして、「共謀罪」法は、現代版の治安維持法とも言うべき悪法なのです。
治安維持法は、「国体の変革や私有財産制度の否認を目的とする結社」を組織した者を10年以下の懲役または禁錮、そのような結社を組織することを協議した者を7年以下の懲役または禁錮、としました。
当時の法務大臣・小川平吉は「予備の予備のやうなものまで処罰しろという是は非常に特別な立法」と自画自賛しています。これこそが治安維持法の本質で、今回の共謀罪と共通する核心です。
一方で、当時の政府は、「労働者や思想家たちはあまりにこの法案を重大視し悲観的に考えているようであるが‥‥伝家の宝刀であって余り度々抜くつもりでもない」、「無辜の民にまで及ぼすというごときことのないように」、「決して思想にまで立ち入って圧迫するとか研究に干渉するということではない」、「社会運動が同法案のため抑制せられることはない」と、治安維持法が危険な法律ではない、と躍起になって説明しました。
しかし実際には、治安維持法が国家総動員法、軍機保護法などと一緒になって猛威をふるい、共産党関係者にとどまらず、自由主義者、経済学者、文筆家、思想家、市井の人まで、幅広い人々が犠牲となったのです。
「一般の方々が対象になることはあり得ない」、「国民の思想や内心まで取り締まる懸念は全く根拠がない」など、共謀罪について安倍首相や金田法相が行っている説明は、治安維持法の時とそっくりです。
※共謀罪「一般人も捜査対象」認める 副大臣 法相答弁と「食い違い」(東京新聞4月22日)
※「共謀罪」答弁 副大臣が修正「一般人対象にならず」(東京新聞4月28日)
※治安維持法の教訓、今こそ 「共謀罪」法案、自民内で了承(朝日新聞3月15日)
このような政府の説明が全く信用できないことは、治安維持法の歴史を見れば
明らかです。共謀罪法は、まさに治安維持法の現代版なのです。
(by ウナイ)