少し間が開いてしまいましたが、チェコの教育思想家コメニウスの続きです。
日本ではほとんど知られていませんが、コメニウスの著作の中で「18世紀には聖書に次ぐベストセラーになっている」と言われたのが『世界図絵』です。作られたのは17世紀ですが、それから200年余りにわたって版を重ね続け、ドイツ語や英語などヨーロッパの各国の言語に訳され、普及しました。19世紀のドイツの作家ゲーテもこの『世界図絵』を愛読していたそうです。
この本は、名前の通り、世界の様々な事象や観念を絵と文章で指し示したものです。図鑑といってもいいし、絵本といってもいいでしょう。コメニウスは、この本を子どもが知識への扉を開いていくための初歩的な教科書として作成しました。
現在の目から見ると、幼い子どもには理解が困難な抽象的な概念が含まれていますし、天動説に従っていたりするなどの歴史的な制約もあり、そのまま今の子どもに与えるのははばかられるでしょう。
しかし、コメニウスがこの『世界図絵』を出版するまでは、子どものための本というものが存在しなかったことを考えると、そこには大きな意義があります。彼は「絵本の父」とも呼ばれています。ルソーもペスタロッチも書かなかった子どものための本を作るということを成し遂げたからです。
この本における絵解きという手法には、コメニウスの哲学的な見地が反映されています。
「あらかじめ感覚の中に存在しないものは、何事も理性の中に存在することはありません」と、コメニウスは『世界図絵』の冒頭の「読者への序言」において述べています。つまり、これまでの教授法が言葉だけのものであったのに対して、ここでは、描かれたものを「見る」という感覚に基づいて様々な事物を理解させようということなのです。
また、絵を見るというやり方は生徒の心に楽しみを呼び起こし、対象に注意力を向け、楽しみながら知識を学ぶことができると、コメニウスは述べています。
『世界図絵』の特徴は、頁ごとに一枚の絵があり、そこにテーマごとに様々なものが描かれています。例えば「人間の身体」であれば、男女の姿が描かれ、身体の各部に番号が記され、文章の中でその番号のついた箇所の名前と説明がなされるというものです。
現在の図鑑では、個々の事物がばらばらに図や写真で説明されることが多いのですが、全体像の中での位置づけが必要な場合は、この手法が生かされています。
コメニウスのスローガンに「すべてのことを教授する」というのがありますが、コメニウス自身は、「あらゆる人たちにあらゆる知識・技術の習得を要求している」わけではないと主張し、百科全書的なばらばらの知識の寄せ集めを教え込むことには反対していました。彼の主眼は知識欲を育てることにあり、そのための基礎としての体系性・実用性・わかりやすさを重視しました。それがこの本の中に具体的に体現されています。(鈴)