朝食が7時半からということで、ホテルの部屋に戻ると祖父母はすでに起床し食堂へ向かうべく準備を整えておりました。
戻ってきたその足で二人を連れ、昨日夕食を取った同じ場所で朝食となります。食堂内は全ての席が埋まるほどに人であふれかえっていました。このホテルはほんと繁盛してますなあ。
朝食後は朝風呂を一杯浴び、9時過ぎにはホテルをチェックアウトします。ホテルの正面玄関付近で、紅葉した木をバックに写真撮影。
これは是非じいちゃんばあちゃんにも見せようと、早朝に行った富士山景観ポイントを案内。早朝来た時よりもさらに人が増えてました。ここでは3人揃って撮影。
次に向かうのは、西湖の北側を経由して本栖湖へ。
(西湖:河口湖に比べて釣り人がけっこういた)
千円札の裏側に書かれている富士山のモデルとなっている場所が本栖湖でありガイドブックに撮影場所の詳細が書かれていましたが、付近を捜索するもなかなか特定できません。
また、車内でもちょっとしたハプニングが起こっていました。
じいちゃんがばあちゃんにあめをくれと要求。
ばあちゃんはあめが入ってると思しきかばんを探しますが一向に見つからず。
とりあえず、本栖湖の湖畔に車を止めて椅子の下や隅っこを見てるもやはりなし。
どうやらかばんをホテルに忘れてきたようです。
…うーむ。
やはりばぁちゃんのことはいつも気がかりです。
ちょっと足を悪くしていることは以前の記事で書きましたが、それ以外にも、ほんとに元気だった頃と比べると話すスピードがスローになり、口調も弱弱しくなっていました。
年を取っているから当たり前といえば当たり前なのですが、そんな現実を直視するたび心がちくっと痛くなるんですよね。
なんていうか、まず、じいちゃんはおいらが物心ついたときからずっと野球を付きっ切りで教えてくれました。
ばあちゃんからは人間はこうあるべきといったようないわゆる道徳を教えてもらいました。
二人とも厳しい人ではありましたが、自分の心には両親以上に親愛の気持ちがあります。小学校2~3年の間は、両親の仕事の都合で茨城で祖父母と暮らしていました。このときからすでに、自分が10年後・20年後には祖父母はいくつで自分はいくつだから、まだまだだいじょぶだな、とかそんな計算もしているくらい。
まあ、ほかのお年寄りから比べると全然元気なほうだとは思いますけど。
それに、おいらが結婚するまではまだまだ死ねない、って言ってくれましたしw
実際今死んでもらっては困りますわ。そうなったらずっと部屋で1人で号泣し続ければならなくなりますからねえwこーゆうときは、大事な人かそーゆう人に側にいてもらわないと、ほんと気が狂っちゃいますなw
ああ、またへんなこと考えてました。
日本の宗教(神道)って八百万神って言われているように誰でも何でも神様にできるんですよねえ。とすると、じいちゃんばあちゃんがたとえ死んだっておいらの中では神様としてずっと居続けられますよねえ。ある一瞬は悲しくても、きっと心は強くなりますよねえ。何か困難なときがきても見守ってくれている!って頑張れますよねえ。
そうか!
なるほど、宗教とは何ぞやと今分かったような気がしましたw
なんか不謹慎なこと考えたかもしれませんが、おいらもじいちゃんばあちゃんもまだまだ元気に生きていきますよ!正月にはたらこ持っていかないといけないしなあ(何の話だ)。
ということで、続くw
戻ってきたその足で二人を連れ、昨日夕食を取った同じ場所で朝食となります。食堂内は全ての席が埋まるほどに人であふれかえっていました。このホテルはほんと繁盛してますなあ。
朝食後は朝風呂を一杯浴び、9時過ぎにはホテルをチェックアウトします。ホテルの正面玄関付近で、紅葉した木をバックに写真撮影。
これは是非じいちゃんばあちゃんにも見せようと、早朝に行った富士山景観ポイントを案内。早朝来た時よりもさらに人が増えてました。ここでは3人揃って撮影。
次に向かうのは、西湖の北側を経由して本栖湖へ。
(西湖:河口湖に比べて釣り人がけっこういた)
千円札の裏側に書かれている富士山のモデルとなっている場所が本栖湖でありガイドブックに撮影場所の詳細が書かれていましたが、付近を捜索するもなかなか特定できません。
また、車内でもちょっとしたハプニングが起こっていました。
じいちゃんがばあちゃんにあめをくれと要求。
ばあちゃんはあめが入ってると思しきかばんを探しますが一向に見つからず。
とりあえず、本栖湖の湖畔に車を止めて椅子の下や隅っこを見てるもやはりなし。
どうやらかばんをホテルに忘れてきたようです。
…うーむ。
やはりばぁちゃんのことはいつも気がかりです。
ちょっと足を悪くしていることは以前の記事で書きましたが、それ以外にも、ほんとに元気だった頃と比べると話すスピードがスローになり、口調も弱弱しくなっていました。
年を取っているから当たり前といえば当たり前なのですが、そんな現実を直視するたび心がちくっと痛くなるんですよね。
なんていうか、まず、じいちゃんはおいらが物心ついたときからずっと野球を付きっ切りで教えてくれました。
ばあちゃんからは人間はこうあるべきといったようないわゆる道徳を教えてもらいました。
二人とも厳しい人ではありましたが、自分の心には両親以上に親愛の気持ちがあります。小学校2~3年の間は、両親の仕事の都合で茨城で祖父母と暮らしていました。このときからすでに、自分が10年後・20年後には祖父母はいくつで自分はいくつだから、まだまだだいじょぶだな、とかそんな計算もしているくらい。
まあ、ほかのお年寄りから比べると全然元気なほうだとは思いますけど。
それに、おいらが結婚するまではまだまだ死ねない、って言ってくれましたしw
実際今死んでもらっては困りますわ。そうなったらずっと部屋で1人で号泣し続ければならなくなりますからねえwこーゆうときは、大事な人かそーゆう人に側にいてもらわないと、ほんと気が狂っちゃいますなw
ああ、またへんなこと考えてました。
日本の宗教(神道)って八百万神って言われているように誰でも何でも神様にできるんですよねえ。とすると、じいちゃんばあちゃんがたとえ死んだっておいらの中では神様としてずっと居続けられますよねえ。ある一瞬は悲しくても、きっと心は強くなりますよねえ。何か困難なときがきても見守ってくれている!って頑張れますよねえ。
そうか!
なるほど、宗教とは何ぞやと今分かったような気がしましたw
なんか不謹慎なこと考えたかもしれませんが、おいらもじいちゃんばあちゃんもまだまだ元気に生きていきますよ!正月にはたらこ持っていかないといけないしなあ(何の話だ)。
ということで、続くw
引き換え、という言葉を引用させてもらえば、君はすでに乗り越えてしまっているからねえ。
それに引き換え、おれはいずれは来るそのときを迎えねばならん。
自分が年を取って物事が色々と分かっている分、思い出が多い分、それもまた辛いだろうからなあ。
まあ、あまりマイナスになってもしょうがないが。
君の言うとおり、達成感はほんとあったねえ。
今回と趣向を変えて来年も考えてるから、苦心するんだろうな、きっとw
っていうか、君らしい指摘ですなあ。爆笑しちゃいましたよw
俺も幼稚園の時から自分が20歳の時はおじいちゃんがいくつでって考えてた気がします。
そんな俺もじいちゃんが亡くなった時は後悔と責念で号泣しました。おじいちゃんに結構酷い態度取ってたんだよね。今思い出しても辛いです。
それに引き換え君はいいことしたよ。今回。こんな孝行はそうそうないよ。自分自身にもかなり達成感があったろうしね。
・・・・。一つ気になったんだけど、祖父母の顔出しはOKなの??許可とったん??