神の御心(みこころ)によるのであれば、
善を行って苦しむ方が、
悪を行って苦しむよりはよい。
(『ペトロの手紙一』3章 17節)
あなたが悲しい時
その姿を見ておられる神様は
もっと辛いことを知ってください。
あなたが傷ついている時
神様はもっと哀れな立場に立っておられます。
ですから、いつも
心に喜びをもつように心がけなさい。
(R・S・M)
神の御心(みこころ)によるのであれば、
善を行って苦しむ方が、
悪を行って苦しむよりはよい。
(『ペトロの手紙一』3章 17節)
あなたが悲しい時
その姿を見ておられる神様は
もっと辛いことを知ってください。
あなたが傷ついている時
神様はもっと哀れな立場に立っておられます。
ですから、いつも
心に喜びをもつように心がけなさい。
(R・S・M)
同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。
夫が御言葉(みことば)を信じない人であっても、
妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。
それは、あなたがたの、
神を畏れ敬う清い生きかたをみるからです。
あなたがたの飾りは、髪を編んだり金の飾りをつけたり、
服を着飾ったりするだけの
外面的なものであってはなりません。
むしろ、内なる自分を、朽ちることのない飾り、
すなわち柔和でしとやかな心で装いなさい。
(『ペトロの手紙一 』 3章 1節)
「神様と会ったことはなかったけれど
わたしは夫を通して神様を知った。
純愛というものを知らなかったけれど
わたしは夫を通して純愛を知った。
兄の愛、兄弟の愛・・・・・・、
夫はすべての愛をわたしに教えてくれた。」
そのように妻から言われ
「神様より立派な人」として記憶されなければなりません。
そうして妻が
すべての母親が、
すべての新婦、
すべての姉を代表したような立場に立てるように、
その心情を誘発させる夫とならなければなりません。
人格的な価値は相手によって決定されるのです。
(R・S・M)