[書籍紹介]
スーパーで、商品を盗んだ野々宮志乃は、
万引きGメンから声をかけられる。
咄嗟に志乃は、店の駐輪場にいた箱根勇に、
「あなた」と夫のごとく呼びかけた。
「あなたのせいで万引きと間違えられてるの。
あなたが三日も帰って来ないから」
勇は反射的に夫婦を装い、志乃を助ける。
「うちの妻が、どうやら誤解をさせるような行動を取ったようで」
という、ちょっと奇妙な出会いから始まる
男女の関係を描く。
実は、その数日前、
志乃の勤める店の寝具売り場に
客として勇は訪れており、
食事に誘ったのだった。
窮地を救ってくれた代わりに、
志乃が勇に食事をおごるというのだが・・・
志乃は眼前で夫に死なれた40代の販売員。
勇は離婚して娘とも別れた50代の会社員。
心の傷を抱えた男女の
大人の恋愛を描く作品。
白石一文の得意の分野。
だから、すらすらと読める。
何ら劇的な展開はないのだが、
主人公の男女を取り巻く環境が
次第に読者の心に染みてくる。
勇は大学時代の親友・長谷川と始めた会社を経営していたが、
妻との離婚の慰謝料に充てるために、
会社の株を長谷川に買い取ってもらった。
今は主従の関係で、
新事業の開発のために東京の戸越銀座に赴任している。
長谷川が福岡の本社から訪ねて来て、
実は別れた勇の妻と再婚しようと思うと打ち明ける。
娘の智奈美も知っているようだ。
志乃は、亡くなった夫の母・幸と同居している。
従って、死別した夫のことを常に意識せざるをえない。
最近、幸が昔勤めていた食堂の店主と
不倫関係にあったことを知らされる。
勇は、佐賀の団子屋の東京進出のための仕事をしている。
コンサルタントの鎌田と仕事をしていて順調だが、
鎌田の背信行為が発覚する。
等々という話が並行して進む。
以下、略。
ちょっとあらすじに書くのが困難な小説。
死んだ人間というのはまるで冷めた料理のようだ。
冷めても美味しい人間なんて滅多にいないのだ。
「切れた関係のほとんどは
修復する必要がないんだよ。
そもそも、大事な人間関係なんて
一生のうちで一つか二つで充分なんじゃないかな。
あとは一期一会で一括りにしちゃっても全然構わないんだ」。
半世紀を生きてきて分かったことがある。
卑しい人間というのは顔に出る。
たとえどれほど豊かな暮らしをしていても、
豪邸に住み、高級車を乗り回し、
年中着飾って金目のものに
取り囲まれていたとしても、
それでも卑しさというのは
どうしたって顔やその人の醸しだす雰囲気に
滲み出てくるのだ。
「(俺は〉女の人の真ん中の部分が好きなんです。
「それってどういう部分ですか?」
「美しさとやさしさですかね。
男という生き物には
この二つの要素が
決定的に欠けているんで」
などと、含蓄のある表現が多い。
直木賞受賞作「ほかならぬ人へ」とのつながりについて、
筆者はこう語る。
「ほかならぬ人へ」は、
運命の人と結ばれる純粋なまでにまっすぐなラブストーリーです。
ラストで主人公の宇津木明生は、
最愛の人である東海倫子を亡くして、号泣します。
「かさなりあう人へ」では、
大切な人をなくした人が、
そのあとどう生きていくのかを書こうと決めていました。
人を失ってからの人生が、
ずっと「余生」だなんてことはありません。
その後の人生でも新たな出会いはあって、
前の人と今度の人とはどうちがうのだろうとか、
次こそはうまくやろうとか、
いろんなことを思うはずです。
大切だった人を忘れてしまうのではなく、
その人を思い出し、過去の人々を重ねながら、
今、目の前にいる人と会っている。
折り重なる出会いの蓄積が、
今の自分を作っていることを
「かさなりあう人へ」で描きました。
まさしく大人が読む、大人の小説。
題名のとおり、人と人の重なり合いを描く、
奥深い作品だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます