Wind of Mind

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アルバム・ジャケットの魅力:ジャズ・フュージョン編③

2006年11月18日 | ジャケット・アート
久々にジャズ・フュージョン編です。
もうすぐ冬、冬の夜、暖炉の火、そしてジャズ。。。

トップ画像はソニー・ロリンズの名盤「サキソフォン・コロッサス」

マイルス・デイビス


ビル・エバンズとジム・ホール「アンダー・カレント」


ジョン・コルトレーン


MJQ


カウント・ベイシーいい顔してます!

大学時代:グリークラブ、アルバイト編③

2006年11月17日 | 音楽のルーツ
裏の受付が終わると、我々はステージに連れて行かれました。
ステージのセッティングの手伝いで、これは嬉しかったですね~
私は小田さんが使うキーボードの組み立てとかをやらされましたが、そのときなにやらひらひらと舞い落ちる一枚の紙切れ・・・
拾って見るとなにやら小さい文字がこちゃこちゃかいてある。
なんだこれ?と思っているとスタッフの人が「あ、それ小田さんのだ、かして!」といって取られてしまいました。小田さんのカンニングペーパー!あ~すぐしまえばよかった~と思っても後の祭りでした。

さて、ステージのセットも終わり今度は表の入り口で荷物のチェックです。
しかしそのちょっとした仕事の合間を縫って私はオフコースの楽屋へ侵入!?

私はオフコースの楽屋の扉をノックしました。
アルバイトもスタッフの腕章をつけているのでどこでも出入りは自由でした。

出てきたのは鈴木さん、お~鈴木さんだ~間近で見ると結構顔が長い。。。
「さ、サインお願いします!」
実は春の連ピクで知り合った女の子がオフコースの大ファンで(一緒にボートに乗れなかったあの娘です。)その子にプレゼントしようと思ったのです。それ以外にも何人かからサインをもらってきてと頼まれてもいましたが。

鈴木さんは気さくで色紙の真ん中にSONG IS LOVE Off Courseと書いて自分のサインをすると「は~い、サインだよ~」とみんなに回してくれました。
ほかのメンバーも次々とまわしていきます。
あの松尾さんも「ふ~ん、○○子ちゃんへか~」とか言いながら書いていました。
4,5枚書いてもらったでしょうか、無事、予定枚数完了!
私は何食わぬ顔で仕事場へ戻りました。

大学時代:グリークラブ、アルバイト編②

2006年11月16日 | 音楽のルーツ
その人は受付の前を通りかかって我々と目が合いました。

S君:「お名前は?」

その人:「マツオです。」

マツオ・まつお・松尾?・・・関係者名簿に名前はなく我々は困って顔を見合わせていると。。。

その人:普通に「あの~オフコースなんですが・・・」

我々:「・・・・えっ?・・・」

あ!ま、松尾さんだ~(そういわれてみれば・・・)

私:「す、すいません、どうぞ、どうぞ!」

松尾さんには悪かったが、本人はさほど気にする様子もなくさっさと楽屋の方へ歩いていってしまいました。。。

S君はまだ分からないらしく、とぼけた顔でイッヒッヒと笑ってごまかしておりました。

後で分かったのですが、S君は、なんとオフコースのことはほとんど知らなかったのです!

いまさらですが、松尾さん、あの時は大変申し訳ありませんでした~
その後のオフコースの大ブレイクを考えるとゾッとする出来事であります。

でも、はっきり言ってあの頃は小田さんと鈴木さん以外の3人はまだメジャーではなく顔と名前まではよく分からなかった、というのが本当のところでした。

まだまだ、つづきます

大学時代:グリークラブ、アルバイト編①

2006年11月15日 | 音楽のルーツ
大学のロビーには掲示板にアルバイトの募集も結構貼り出してありましたが、直接先輩がグリークラブにバイトを持ってきてくれることがありました。
そのほかにも合唱団として毎年「宮様スキー」の開閉会式には「宮様スキー」の歌を歌う特殊なバイトもありました。

さて、1年目も終わろうとしている1979年の3月頃だったと思います。
先輩がアルバイトの話を持ってきてくれました。
何かと思えば、オフコースのコンサートの会場係という話、面白そうなので同期のS君と一緒にやることになりました。

その頃のオフコースといえば、フォーク・デュオから5人のバンドに変わった頃で「愛をと止めないで」がヒットしていた頃でした。
私はそれまでのオフコースはそれほど興味がなく、このバイトもオフコースのコンサートってどんな感じだろう!?という興味本位で特別オフコースが好きだったわけではありません、この頃はまだ。。。

当日、札幌の厚生年金会館に集合した我々は、コンサートマスターらしいちょっと業界的風貌の人から2人で関係者の入り口(裏口)の受付をするように命令されました。
なんか、こういうバイトって初めてだったのでワクワクしたのを覚えています。
関係者の名前の入った名簿と、さらに「いいか、こいつらが着たら絶対入れるなよ!」と、なにやら別の紙を渡されました。
そこには女性の名前がびっしり!要するにオフコースの追っかけのブラック・リスト!

す、すごい・・・いきなりそんなものを渡されちょっとびびりましたが、仕方がないので受付に座って入ってくる人のチェックを始めました。

受付が始まってしばらくするとオフコースの小田さんが二人連れで入場。(多分清水さんと一緒だったと思います。)
おお、小田さんだ~そうか、グループだからといって全員で入るわけじゃないんだ。意外に白髪が多いな~とか思いながら、ふと外を見ると裏口の周りにはOL風の女性がずらりと並んでいます。
おお、OLに人気があるんだな~とあらためてオフコースの人気を実感。

そんな感じで特にトラブルもなく受付も少し落ち着いた頃、小柄な長髪の方が入ってきました。。。

駅弁のお話その12:チキン弁当

2006年11月15日 | 駅弁のお話
今日は東京駅名物、チキン弁当800円です。
新幹線用の広報誌トランヴェールでも紹介されたこの駅弁は深川めしなどと並び、昔ながらの東京駅の名物弁当のようです。
といっても、東京駅で1,000円以下の手ごろで美味しそうな駅弁というのはあまりありませんが。(苦笑)

さて、チキン弁当はその名の通り大きな鳥のから揚げが4個入っていてこれはさめても美味しい。
ご飯はチキンライスというより、ケッチャップライスです。
子供の大好きなコンビでしょうか。

実は私も子供の頃、母親の作ったチキンライスが大好きでした。というか、今でも好きです。
お弁当の器は紙でできたかわいいバスケット型でやはりお子様向け!?
ご飯がちゃんとしたチキンライスならもっと良いのですが、なんとなく時々食べたくなるお弁当です。


大学時代:グリークラブ1年目総集編(後編)

2006年11月14日 | 音楽のルーツ
最終ステージは冒頭にも触れております「雪明りの路」です。

本当にこの組曲は北国の情緒が溢れる叙情的な曲で、演奏もなかなかよかったと思います。
LS君もこの曲は知っていて、最終曲「雪夜」の最後の部分。
吹雪が去ったあとの描写「案外明るくてもう路なんてなくなっているが、静かな青い雪明りだよ」という「青い雪明り」というところが雪国で暮らしたことのない人間にはわからないんだよね。なぜ青なの?白じゃないの?と聞かれるんだ。と言っていた事を思い出します。

確かに、雪明りって青い感じなんです。
あとで、もらった写真でわかったのですが、最後の曲のところで青いライトの演出がありそれがすごくきれいに写っていました。そんなことはまったく気が付かずに歌っていました。と同時に我々の演奏はスタッフのいろいろな方々に支えられて成り立っているのだということも感じた写真でもありました。

定演が終了すると、先輩がさあ、みんなロビーに出るぞ~という一声で、帰るお客さんをロビーで待ち受けます。そして、感謝の意味を込めて愛唱曲を歌って見送るのです。
これは、アフターと呼ばれ合唱のコンサートでは定番の行事。
最後は「ステンチェン」という曲をバックに団長が挨拶をして終演となります。
このアフターの雰囲気はすごく好きで、歌いながら感動がこみ上げ来たのを今でもすごく良く覚えております。

こうして私のグリー1年目はなんとか無事に終了したのでした。

アルバム・ジャケットの魅力:魅惑の70年代②

2006年11月13日 | ジャケット・アート
プログレ編です。

トップ画像はカンサス「永遠の序曲」

カンサス「暗黒への曳航」続けてどうぞ!


カンサス・ライヴ「偉大なる聴衆へ」


ドイツのプログレバンド、タンジェリン・ドリーム「浪漫」


ジェネシス「静寂の嵐」


クリス・スクワイアー(イエス)は大好きなベーシストです。
このソロアルバムのジャケットは何となく好きです(苦笑)。



大学時代:グリークラブ、1年目総集編(前編)

2006年11月13日 | 音楽のルーツ
私にとって大学生活の1年目はあっという間に過ぎていきました。

さて、高校時代の親友2人はといえば東京の大学へ進学したLS君は混声合唱団に、札幌のSS君もあの憧れのU先輩のいる混声合唱団へ入団し頑張っていました。
SS君とは同じ札幌でしたのでお互いの下宿へ遊びに行ったりしていましたが、お盆と正月には3人とも函館に帰省していましたので、3人で会いました。
3人で飲みに行くと大体最後は私の家に来て朝まで語り合うというパターンができあがり、これは卒業するまで4年間続いたかな~
お互いの近況から、合唱の話、女の子の話など取るに足りない話なのですが、いつも時間はあっという間に過ぎてしまいました。
ある時は熱く語り、又あるときはお互いをこき下ろし、そしてある時はぼろくそにけなし合い(苦笑)・・・お互いをたたえ合う・・・なんてことは絶対にしなかった。(笑)
しかし、それはお互いに認め合っていたからこそ本音で言えたことで、(と思っているのですが)3人で過ごしたこの濃~い時間はなにものにも変えられない私の財産なのです。

そして12月、いよいよグリークラブとしての初めての定期演奏会です。

緊張しましたね~緊張したことしか覚えていません。(苦笑)
たぶん、自分の思うようには歌えなかったと思います。
それでも、客演のO先生のステージと最終ステージは印象に残っております。
O先生のステージは多田武彦の「蛙」という組曲で、詩は草野心平。
これがなかなか怪しい今までに経験したことがないような雰囲気のある、そして楽しい曲でした。
普段の練習はサボりがちだった私ですがO先生のときはちゃんと出ていたような気がします。
なによりも先生のボイトレを受けたかったし。。。

強豪レスラー豪華サイン集

2006年11月12日 | プロレス館
1971年ごろのゴングの付録です。
当時の3大世界チャンピオンをはじめ、なんとも豪華な顔ぶれでした。
これが印刷でなければと何度思ったことか。(苦笑)

サインのあとに白紙のページが10枚ぐらい付いていて「あなたの好きなレスラーのサインを!」みたいなことが印刷されていました
このうちの誰でも本物のサインをもらって見比べられたらすごいだろうな~
そんなことをこのサイン集を見ながら思い、胸を膨らませていました。

この後ろのページには上田馬之助選手にサインをしてもらいましたが、インクが乾いてしまいうまく書けず、上田選手が一生懸命にマジックに吐息をかけて書いてくれました。結局それ以降はこのサイン集にもらうのはやめてしまいました。(苦笑)