213頁
(クラリス) 調査のことが気になりますからね… (ジェロームは出てしまっている。)
第四場
アリアーヌ、クラリス
(アリアーヌ) どうしたの? あなた、全然ぱっとしないわよ。
(クラリス) なにより、あなたのご主人が私を受け入れられないことが、よく分かって…
(アリアーヌ) ジェロームはとても神経質で、みんなが彼の機嫌のとばっちりを蒙っているのよ。一時的なものでしょう。
(クラリス) あのシャルボノーのことは、そうねえ… あきらかに私が軽率だったわ。私を恨まないで… あなたの日記のあの箇所は、私がいつかあなたに写しを取る許可を求めたもので…
(アリアーヌ) どんな箇所?
(クラリス) 魂を明確化する苦しみに関しての… とてもすばらしかったわ… その箇所をジルベールに送らずにはいられなかったの… それしか私、現在の彼にしてあげられなくて、(つづく)
214頁
(つづき)彼に関連書物を指摘して、彼のために関連個所を複写するのよ… 彼は私にとても感謝してくれているわ。彼を、ものに感じないひとだと思ってはいけないわ。彼はものすごく憧れの気持が強いのよ。ただ取り巻きがひどくて、その上さらに、彼はとても感受性が強いの。
(アリアーヌ) 分かってますよ、あなた。そのことはもう、とてもしばしば聞いたわ。
(クラリス) 彼は、あなたが私にとって何であるかを、知ってるわ — あなたが私に抱かせる、かぎりない讃嘆を。ほんとうに、崇拝とすら言えるわ。
(アリアーヌ) ほらほら、クラリス…
(クラリス) それで、私、彼に、あなたの本の価値のことを言ったの — あなたの『日記』と、あの英国人の書簡、カトリーヌ… カトリーヌ… この二つは無比の双璧だって。彼は、私の評価をたいへん尊重しているわ。なぜって、彼は私がいつも本心から言っていることを知っているから。ほんとうに、上流階級気取りというものを、私、理解できないわ。そして、あなたのあの作品部分は、彼を感動させたの。彼はちょうどこのところ、かなり苦しんでいたのよ。こういう場合、彼はすぐに、ものを感じとるわ… 彼の父親が胃潰瘍で亡くなった頃だったから… それで、落ち着くとすぐに彼は、その断章を、シャルボノーに見せたの… 彼の友人のひとりだったのでしょう… ジルベールは沢山友人を持っているから… 私は、そのことに我を忘れていて、これはほんとう… そして、あのムッシューが、その断章を自分の新聞に載せる許可を、あなたに求めに来ていたというわけなのよ…
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(アリアーヌ) 絶対にだめよ。
(クラリス) あなたはおそらく許可しないだろうと、私、彼に予想を言っておいたわ。でも、考えてみたのだけれど、あなた、あなたが拒否するのは、私、間違っているような気がするわ。
(アリアーヌ) あなたは完全に分かっているじゃないの、あの本は私の死後にしか出版されないことを。
(クラリス) それがあなたの意思であると、私、彼に言ったわ… 彼は私に応えたの、文字通りに遺作となる前に出版することは、これが初めてのことではないでしょう、って。(アリアーヌ、辛辣に笑う。)なぜ笑うの?
(アリアーヌ) 分からない。
(クラリス) 私の言うことを完全に真面目に聞いてくれる?
(アリアーヌ) もちろんよ。
(クラリス) 自分の死後に出版すること… それは勇気あることだとは、私、思わないの。それは、毛布の下に自分の頭を隠すようなものよ…
(アリアーヌ) あなた、なんておかしなことを言うの! クラリス。
(クラリス) もし、一冊の本がためになるものなら、どうして延期するの? それは恐れからなの? — 何についての? それとも慎みから? ここでは多くの人々が、あなたが本を書いていることを知っているのよ…
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(アリアーヌ) あなたが、そのことを彼らに言ったの?
(クラリス) マダム・ルプリユールの本はいつ出版されるのかご存じですか? と、私、訊かれるのよ。ほら、山荘の小さな書店・フローラが、きのう、私にまた言っていたわ、これで私たちも自分たちのカトリーヌ…を持てるという噂だ、って。
(アリアーヌ) マンスフィールド。
(クラリス) あなたとしては、私にどう応じて欲しかった?
(アリアーヌ) 肩をすくめてもらうしかなかったわね。
(クラリス) その書店が言うには、その本が知られたら、この静養地では結構なことだそうよ。わざわざ訪れる人々が出てくるから。
(アリアーヌ) やめてよ、クラリス、グロテスクなことだわ… あなたの言うことを聞いていると、原稿を破りたくなるじゃないの。
(クラリス) 単純さが欠けているのよ。あなたのご主人がジャーナリズムについて言っていたことは… とんでもなく不当なことよ… どこかの貴族主義者の言葉だわ… もし、人々に、その魂のための糧を少しはあげることが出来るのなら… 私、説明がすごく下手だけど… 私たちの時代のような物質主義的な時代には… ところが彼は、すべてのものは、豪華な小冊子を読む一握りのエリートのために取っておかれるべきだ、と言うのよ。私は、未来は(つづく)
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(つづき)共産主義のものだと思っているわ。ジルベールも私と同じ感じを持っているわ。彼がどちらかといえば右派だったのは、むしろ驚きよ…
(アリアーヌ) ジルベールの見解に寄せられかねない信望に、あなたが幻想をたくさん抱いているのではないかと、私は心配だわ…
(クラリス) 彼は知性ある青年よ、アリアーヌ…
(アリアーヌ) 分かってるわ…
(クラリス) 彼がもっとよく教育されていたら… 彼の両親はすごい責任職にあるのよ。
(アリアーヌ) 私としては、あなたがもう少し、あなたがたの文通を、距離を置いて見るようにしてほしいと思うの。
(クラリス) 私が彼に手紙を書くことに、どんな不都合があるというの? 私は、あなたが私に与えてくれるものの少しばかりを、彼に伝えようとしているだけよ… それが不都合なの?
(アリアーヌ) いいえ、でも、なんだかちょっと軽率な気が…
(クラリス) 解らないわ… あなた、昔のようには話をしないわね。フィリップが、あなたを私にたいして、少なくとも怒らせたのではないの?
(アリアーヌ) あなた、どうかしてるわ。知ってるでしょう、フィリップと私は…
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(クラリス) じゃあ、私があなたをあなたのお兄さんと不和にしたことを、あなたは赦さないのね?
(アリアーヌ) 私たちは不和ではないわ、クラリス。
(クラリス) 私に、あなたはどうしろっていうの? 私は物事を単純に言っているだけ。あなたたちのように、言い方の微妙な色づけを知らないのよ。なんてことでしょう! ひどいことだわ。私、明朝、すぐに発つわ。
(アリアーヌ) だめよ、だめよ、クラリス、子供みたいなことしないで。
(クラリス) あなたは何か心配事を抱えているのね。でもそれについて何も私に言おうとしない。それって親切なことなの? まるで、友情の美しいところは、まさに分かち合うことではないみたいに… あなたはそのことについて素晴らしいことを書いたわ。
(アリアーヌ) おねがいだから、クラリス、これを最後に、もうそんな愚論は私に言わないで…
(クラリス) 連中、あなたに、あなたの返事を電報で打ってくれと要求したわよ…
(アリアーヌ) 私、電報なんて打たないわ。恥を知らないわね… (誰かがコツコツと叩く。)お入りください。何ですか?
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