H先生は私が小学校高学年のときの担任の先生。
ことあるごとに「この小学校は田舎にある」だとか「川崎区の子ども達と違う」といい、いかに牧歌的な土地柄に立地しているかを強調されていました。
素直な小学生には強烈なインパクトを与える言葉もおっしゃっていたっけ。
その中でも忘れられないのは、「ソ連が東京に核を落としたら、君たちはみんな死ぬ。もし生き残っても死の灰が降って全員死ぬ」です。
私が小学校高学年の時はまだ冷戦時代。
ロシアではなくソ連時代です。
先生は核兵器の怖さを伝えたかったのでしょうけれど、私は恐怖に震えました。
今思えば、先生は日教組の勉強会とかに熱心に出ていたのかもしれません。
それと他の政令都市と違い、当時の川崎市は市長が代々革新系。
今は懐かしい社会党が中心の議会運営でした。
さてH先生、核戦争だとか、なんだと脅すような発言が多かったのですが、じつは戦後生まれ。
それを知ったのは中学生になってからでしたが、子ども心に私は「なんだ、川崎空襲も経験していなかったんだ」としらけてしまいました。
それなら中学生の社会科K先生の機銃掃射でお尻にケガした話とか、同じく社会科O先生の軍需工場での労働や空襲経験の方がもとすごくリアルだ、と感じた訳です。
H先生はすでに教員を退職されています。
私は歴史好きなので、長じてH先生が言っていた「東京に核が落ちたら…」がそもそも間違えだと分かります。
今なら「先生の考え方、違うよ」と言えるのに。
東京は首都機能があるので、現実には核弾頭を落とす意味がありません。
相手を屈服させるためならば、首都機能や主権の代表者と戦後処理をしなければならないのです。
ムダに児童を怖がらせる先生の言葉は大変重いです。
今の私は、広島原爆の日、長崎原爆の日のそれぞれにH先生の言葉を思い出します。
そして世界情勢に目を向けて、平和とは何か、を考えるわけです。
8月は戦争と平和を考える慎みの時を持つことをオススメします。