トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「人生で重要なことはたった3つ。どれだけ愛したか。どれだけ優しかったか。どれだけ手放したか」ブッダ

連載小説「あなたの騎士(ナイト)になりたい」第11回

2018-06-18 19:23:55 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
「井上くん、電話だよ。友談社の人だって」
 友談社? どこかで聞いたような気もするが、思い当たらなかった。
「君に訊きたいことがあるって。なんか、女の人だよ」
 葵さんはそう言って、電話を回した。
 僕のデスクの電話が鳴る。いったい何だろう。
「お電話代わりました。井上です」
「マサヒロ……」
「は?」
「久しぶり、マサヒロ……」
「あの、どちら様です?」
「えー、マサヒロってば冷たいんだあ。あたしのこと、忘れちゃったの?」
 マサヒロ、って……僕のことをそう呼ぶのは、両親と、あとは……
 まさか……
「芽衣だよーん。元気だった?」
「なんでここがわかったんだよ!」
 思わず、大きな声が出ていた。
 どうして芽衣(めい)がここに電話してくるんだ? 頭が混乱してくる。
 葵さんをはじめ、みんなの訝るような視線を感じた。
「な、なんの用だい。いまは仕事中なんだよ」
「あたしもだよ、マサヒロ」
「もう関係ないはずだろ? お前とは」
 僕は声を思いっきり小さくして言った。
「あー、そーゆーこと言うんだ」
「とにかく用事を言えよ、用事を!」
「3年前、あなたに捨てられて、あたし泣いたんだからね。一晩中。目が腫れるくらい。おかげで次の日、仕事に遅刻しちゃったんだから。責任とってほしいわね」
「責任って……ちょ、ちょっと待てよ!」
「それなのにあなたは、あたしと別れてすぐに、職場の人と酔った勢いでエッチしちゃうなんて、サイテーだわ」
「なっ……」
 なんで知ってるんだ……?

 友談社とは、中堅どころの出版社だ。芽衣はそこに勤めていたのだ。
「チェス・エイリアンの鳴神美鈴のことを調べていたの。あなたと関係があることがわかったのでね……」
 最初からそう言えよ、まったく……。
「こんなことで、あなたと再会するとはねー、驚いちゃった」
 こっちこそだ。
「チェスの天才少女。グランドマスター級の実力を持ちながら、突如、現役引退を表明。もっと情報が集まれば、面白い記事が書けそうなのよ」
「あのな、悪いけどあんまり面白い情報はないぜ」
「えー、でも、友達なんでしょ?」
「そんなに頻繁には、会ってないからな」
「でも梓ちゃんとは会ってるんでしょ? 妹の」
 げっ、いったいどこから情報が漏れているんだ?
「2人のお母さんが経営してるスナック、ポル・ファボールっていうんだよね。スペイン語で、どうぞよろしく、って意味よね」
 そう言うと芽衣はけらけらと笑った。
 ほんと、昔のまんまだな……。
「近いうちにどこかで会えないかな? いろいろ、積もる話もあるし」
「え? そ、それは……」
「イヤなの? 元カノだから? どうせ気兼ねするような彼女もいないんでしょ?」
「うっ……」
 まずい。完全に芽衣のペースだ……。
「わかったわかった。会えばいいんだろ」
 ここでそっけなく拒否したりしたら、どんな情報を暴露されるか、わかったものではない。
「よかったー、すっごくおしゃれなイタリア料理のお店があるの」
「あのな、あくまで仕事で会うんだからな」
「はいはい。わかってるって。じゃあ今度の土曜日はどう?」
 結局、会う約束をしてしまった。
 電話を切ると、葵さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「なんか訳ありのようですなあ、井上氏?」
「そ、そんなんじゃないっす」

 美鈴が突然チェスをやめると言った理由は、いまだにわからない。
 それだけではない。美鈴の恋人、ラルフも、ほどなくしてチャンピオンの座を譲り、引退してしまったのだ。
 まだまだこれから、という頃だったのだが。
 おそらく芽衣も、そのへんの事を僕から聞き出そうとするつもりなのだろう。
 正直、あまり気は進まなかった。きっと2人でよくよく考えたすえ決めたことなのだろう。できることなら、そっとしておいてやりたい。
 しかし、あのマイペース女の芽衣と話していると、どうも調子が狂う。
 確かに、昔はそこが魅力的ではあったのだが。


(つづく)


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お知らせ

2018-06-18 05:17:50 | 小説・あなたの騎士(ナイト)になりたい
「あなたの騎士(ナイト)になりたい」を読んでいただき、ありがとうございます。

物語はようやく終盤となり、15回で完結の予定です。

ここで、物語の登場人物を簡単にご紹介します。

よろしくお願いいたします。


井上マサヒロ……この物語の「僕」。チェス好きのサラリーマン。

大滝葵……井上の先輩。シングルマザー。チェス愛好会の会長。

賢一……葵の1人息子。

坂口清文……井上の先輩。

鳴神美鈴……「エイリアン」の異名をとるスーパーチェスプレイヤー。

鳴神梓……美鈴の妹。高校生。

鳴神洋子……美鈴と梓の母親。スナック『ポル・ファボール』の経営者。

木下礼治……美鈴と梓の父親。チェスの元日本チャンピオン。木下名人。

尾崎……スナック『アンパッサン』のマスター。

ラルフ・ガーラント……チェスの世界王者。美鈴の恋人。

(実在の人物とはまったく関係ありません)


トロ
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする