散歩の閑人:メタ坊っちゃまのYOASOBI?

若気の至りが過ぎてメタボでも、世遊びは辞められない。

横浜開港資料館・横浜ノスタルジア

2011年09月24日 | ☆横浜じゃん

「コクリコ坂から」の時代を見る。
昭和30年頃の街角・広瀬始親写真展を見に行った。

2007年にすでに展示会を行ったものだが、スタジオジブリのアニメ映画「コクリコ坂から」の上映とのタイアップ企画として、初公開写真を加えて再展示された。

「コクリコ坂から」の時代背景は、昭和38年。
展示されている写真は、昭和30年前後の写真であるから、横浜の中心部はまだ進駐軍に接収されたままだ。
物資不足は解消されつつあり、庶民は貧乏生活の中にも明るい笑顔が見え隠れしている。
当時、カメラを持っていて、それもポートレートを撮るなどという人は稀だった。
カメラ本体も、ましてフィルム代、現像・焼付費用はバカにならないほど高かったからだ。
小中学校の卒業写真でさえ、全員配布ではなく、購入希望者のみが手に入れることができる。
そんな時代だった。

あの頃の映像は、それぞれの記憶の中にしかない。
それを写真の中に見つけることができるのだから、今回は、前回にも増して来館者が多いと聞いた。
「あの頃は・・・だったよね」
写真を指さしながら、懐かしそうにワイワイ話ている初老のグループがいた。
同窓会の前に、みんなで集合して、展覧会を見に来たのだという。
10月23日まで。


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2 コメント

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写真の中の人物 (酔華)
2011-09-24 23:38:50
写真の中には子供たちがたくさん写っていましたが、
その子たちは現在、60代になっているはず。
あれから半世紀経って彼らを見つけ出し、
朝日新聞で大きく取り上げられている見て、
感激しましたよ。
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写真の底力 (管理人)
2011-09-25 00:48:25
今は昔、
広瀬始親氏ではないけれど、
戦後、国産カメラが発売されたときに、
月給の3か月分でカメラを買った方を探し出したことがあります。
写真は未整理でしたが、
特徴的なものを大きく引き伸ばし、
展覧会をしたところ、
「私が写っているから焼き増しして欲しい」
と名乗り出た人がずいぶんいました。
また、家にこんな写真があると、
資料提供してくれる人も出現しました。
その一部が「図説横浜の歴史」に採用されています。
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