徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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ドイツ:難民庇護関連法案第2弾、閣議決定

2016年02月03日 | 社会

2016年2月9日のアップデート:下記の内容で、「家族呼び寄せ制限」について閣議決定後にSPD(社会民主党)側から、そういう同意はしてないという奇妙な議論が始まっており、下の閣議決定は再度検討ということになるようです。

問題となっているのは大人の同伴のない未成年難民の家族(たいていは親)の呼び寄せについてです。呼び寄せ制限の例外項目として記載されるはずだったのが削除されているので、新規定がこの例外グループにとって非人道的な厳しいものとなっているとのことです。議論はまだまだ尽くされていないようです。


本日、2016年2月3日、難民庇護関連法案第2弾が閣議決定しました。連立政権党間の激しい議論の末の妥協策です。

要点は以下のとおりです。

手続きのスピードアップ

難民申請手続きは簡素化され、1週間以内に終了する。申請者が庇護権不認定に対して法的手段をとる場合はその法的手続きは2週間以内に完了するものとする。

申請手続き期間中、申請者は当該収容所に滞在していなければならない。申請者は当該収容所に受け入れられ且つ厳格化された滞在義務を守る場合に限り行政サービスを受けられる。

家族呼び寄せ制限

補完的庇護を受ける申請者による家族の呼び寄せは2年間のモラトリアムが設けられる。「補完的庇護」とは難民認定や亡命が認められるわけではないが、人道的理由により滞在を許されることを指します。

トルコ、レバノン、ヨルダンとは今後指定量について交渉し、その範囲内で家族呼び寄せを優先的に行うことをメルケル首相は強調。

保護手当て改定

難民申請者手当法による日常生活のための手当の月額が改定され、独身者は月10ユーロ減額となる。この際、最低限度の生活の保障は考慮されている。10ユーロは社会統合コース費用の自己負担分とのこと。

祖国送還阻害要因の除去

不認可となった難民申請者は医者の診断書を提出して祖国送還を回避しようとするが、こうした不正をなくすために新法案は新たな基準を規定した。祖国送還は祖国での医療がドイツでのそれと同等でなくても実施されることになる。

生命の危険がある場合や祖国送還によってかなりの症状悪化を起こす可能性のある重病の場合のみ送還が見送られる。今後医師の詳細な診断書が求められるようになる。

代用書類

祖国送還を阻害する要因として多いのは当該人物が身分を証明するパスポートなどの書類を持っていないことが挙げられる。このため代用パスポートを発行する新たな機関が設けられる。

未成年者の保護

臨時収容所や共同宿泊施設などに収容された未成年の難民は今後より強く保護されることになる。収容施設で活動している人員は今後増補版無犯罪証明書の提出が求められるようになる。

新たな「安全な出身国」

大晦日の襲撃多発事件でも問題になった北アフリカ出身の難民申請者はドイツで難民認定を受ける可能性がもともと殆どありませんでしたが、この閣議決定でモロッコ、アルジェリア及びチュニジアの三国は難民庇護法29a条に定めるところの「安全な出身国」に加えられました。この場合申請者自身が祖国が安全ではない理由を証明する必要があります。それが可能でない限り、庇護理由がないものとみなされます。

 

手続きの簡易化は大いに結構なのですが、一体どうやって1週間以内の手続き終了を実現するのか一切不明です。第1弾の難民庇護関連法改正でも簡易化が決議されて、移住難民庁や警察の人員増強が決まっていましたが、人員増強は遅々として進んでいません。2015年度は44万件余りの申請に対して手続きが終了したのは約64%の28万2千件余り(拙ブログ「ドイツ:2015年度難民申請統計」を参照してください)。去年ドイツに入国して今年の2-5月に申請手続きを開始するための初回面談のアポをもらった人たちはたくさんいます。今年になっても難民の流入は止まっていませんので、手続き開始のための面談を待つ時間が短縮されることはまずないでしょう。

しびれを切らして帰国していく人たちも少なくありません。申請手続き開始あるいは終了前に帰国する理由としては、ドイツでの就業ができないことや収容施設の劣悪な環境などが挙げられています。待ち時間の長さ、その間に家族と離れていることを苦にしていることも重要なファクターです。主にイラク出身の難民申請希望者たちが帰国しているとのことです。旅行会社や航空会社にはシリア出身の人からの問い合わせもあるようですが、何分シリアの空港が閉鎖されているので、直接飛行機で帰国することはできません。もし、どうしてもということであればドイツ政府による希望帰国支援を利用すれば可能性はあるかもしれません。

未成年者の保護の強化の動機としては大人の同伴のない未成年の難民が年初の時点で4800人行方不明になっていることが挙げられます。431人が13歳以下です。2015年7月1日時点では行方不明者はまだ1637人でした。ユーロポールの発表によれば同伴者のない未成年難民1万人がヨーロッパ全体で行方不明になっているとのことです。

ユニセフの発表ではギリシャ・マケドニア国境を通過する難民のうち女性と子供の割合が増加しており、現在60%にも及びます。2015年6月の時点では男性が73%を占めていました。
女性と子供の増加の原因として考えられるのは今後家族呼び寄せが制限される可能性が高いためと考えられます。 

有罪判決を受けた難民(申請者)の祖国送還については外交上の問題も国際法上の問題もあります。ドイツで発行される代用書類を出身国に認めさせるために当該国への開発支援を削減するなどの外交圧力をかけることなどが議論されていますが、交渉の結果がどう出るかは相手国にもよりけりですので、一般受けの良い「難民の祖国送還」の実施は現実問題として殆ど効果のない大衆迎合的なアリバイ法案に過ぎません。

世論は確かに反難民に傾いてきていますが、右翼ポピュリズム政党であるドイツのためのオルタナティブ(AfD)総裁フラウケ・ペトリやその代理のベアトリクス・フォン・シュトルヒの「難民に対する武器使用」発言は非常に過激で、さすがに方々から非難を浴びました。現行法では国境警備隊が不法入国者に対して武器の使用が認められているのは侵入者自身が武器を持っている場合に限られます。非武装の難民に対してはいかなる理由であろうと武器使用は認められていません。フォン・シュトルヒ氏に至っては女性や子供に対しても武器を使用して入国を阻止することを肯定するなど、人道主義をどこか遠くへ置き忘れてきてしまったようです。AfDはその意味で実に反人道的であり、差別的です。国境での武器使用は旧東独のベルリンの壁という前例があるため、東独出身の人には(人にもよりますが)抵抗が少ないのかも知れません。
こうした措置の前提となるのが国境の完全封鎖ですが、フランス政府のシンクタンクの試算ではシェンゲン協定の終了はEUに10年間で1100億ユーロ(約14兆3600億円)の損害を与えるとのことです。
現行のシェンゲン協定では各国の特殊事情による国境閉鎖・検問が最長6か月まで認められています。しかしながら、シェンゲン協定の国境規定29条によれば、欧州対外国境の警備が不十分である場合には各国の国境検問が最長2年まで延長することができると定められています。そのためには欧州委員会の「欧州対外国境の警備が不十分である」という公式認識が必要となります。1月の欧州内相会議で6か国が国境検問の延長を要求したので、欧州委員会がそのための法的根拠があるかどうかを審査することになりました。ギリシャの国境警備が不十分であるという批判が上がっていますが、ギリシャ側は非を認めていません。海難救助しないわけにはいかないというのがその根拠です。そのためギリシャをシェンゲン圏から外す議論が持ち上がってきています。バルカンルート上にある国々(マケドニア、セルビア、クロアチア)がシェンゲン圏外であったにもかかわらず、結局毎日数千人単位で通過することができた事実を考えれば、今更ギリシャをシェンゲン圏から外したところで根本的な難民数削減には繋がらないことが火を見るより明らかです。こういう議論は反難民に傾いている世論を汲み上げるためだけにされているものと見るべきでしょう。単なる気休めです。

参照記事:

ドイツ連邦政府の2016年2月3日付けプレスリリース「難民庇護関連法案第二弾閣議決定。手続きスピードアップ、家族呼び寄せ制限
ドイチュラントフンク、2016.01.14日付の記事「難民たちはまた帰国したがっている
ツァイト・オンライン、2016.02.03日付の記事「難民危機:約5000人の難民の子どもたちがドイツで行方不明
ユニセフ、2016.02.02日付のプレスリリース「ヨーロッパに庇護を求める子供と女性増加
ツァイト・オンライン、2016.02.01日付の記事「難民に反対するポピュリズム:ドイツのための選択肢(AfD)はひとりじゃない 
シュピーゲル、2016.02.03日付の記事「シェンゲン協定の終焉:ヨーロッパの国境閉鎖は1100億ユーロの損害」 
ツァイト・オンライン、2016.01.26日付の記事「欧州委員会は国境検問延長を審査」